表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/9

第六話 捜査開始

「連続殺人事件?」

 僕は思わず訊き返し、結城と顔を見合わせる。結城は驚きよりも、不安の強そうな顔をしていた。テレサを一瞥してからリリスに向き直ったが、テレサは眉一つ動いていなかった。

「それはどういうことなんだ?何故そう思う?」

「現場を見たでしょう?まず普通の黒ミサは死体が残っているうちにやらないと意味がないのよ。でも魔術の痕跡がない」

「じゃあ奴等は一体何が目的で……?」

 リリスは人差し指の第二間接を唇の下の部分につけて少し考えてから答えた。

「目先のことを言うと血のついた逆十字の磔台ね。更に話を進めると、磔台で魔方陣を描くことが目的」

 リリスは磔台をホワイトボードに書きながら言った。

「もちろんこれも残ってないと意味ないけど」

「じゃあ死体と同じじゃないか。しばらくしたら片付けられてしまう」

「そこがネックなのよ」

「……どういうことだ?」

 僕はこめかみを掻きながら言った。

「だから次の事件はすぐに起きるわ。また死体を磔にしてね」

 リリスが手の裏で磔台の絵を叩く。

 僕は少し考えてから、やっと言っている意味を理解できた。


「なるほど、人外が起こした事件でただでさえ手ががりが少ないのに証拠品を易々と片付けたりはしない。二件目の事件が起きてまた死体が磔になったりしたら余計に動かせなくなる」

「一応磔が取り除かれないように策を打ってあるとは思うけどね。で、それを利用して魔方陣を完成させるのが犯人の目的ね」

「……完成したらどうなるんだ?」

「悪魔が召喚されて峯馬市が大変なことになるわ」

「……大変なことって……?」

「辺りの人間が理性を失って悪魔に操られてしまったり、未知の病原菌が蔓延したり……可能性としては色々あるけど」

「あまり考えたくないな……」

 部屋全体が重い空気に包まれる。

「それで、章達は何か分かったことはあった?」

 ……何も無かったとは言いづらい。

「いえ、特にはありませんでした」

 テレサさんが抑揚の無い声で言った。テレサさん、流石です。

「そう……まぁ仕方ないわね。私達天使にとって黒魔術は専門外だし。章も章だものね」

「おい、章も章ってなんだ」

 リリスはただ笑っている。殴っていいかな。

「役に立てなくてごめんなさい……」

 詩織は何やら下を向いてしゅんとしている。いや、別にお前のせいじゃないよ、と言おうとしたら先にリリスがフォローを入れた。

「い、いや、全然気にしなくていいのよ」

「はい……」

 リリスが珍しく焦っているように見えた。詩織とは相性が悪いな。


「ところで、大事な話を忘れてないか?」

 詩織はきょとんとしている。テレサさんは通常運転だ。リリスもきょとんとしている。いや、待て待て。

「二件目の事件はどうやって防ぐんだよ」

「あ、そうか!」

「あ、そうね!」

 いや、待て待て。結城が気付かないのは分かるが、何故リリスも気付かない。こいつ人の命をなんだと思ってるんだ。


 こうして連続殺人対策会議が始まった。


「最終目標は、犯人逮捕だね」

「そして、儀式の完成を阻止することね」

 結城は頷いた。

「何か未然に防ぐ方法はないのか?」

「詩織ちゃんの能力なら可能かもしれないわね」

「魔方陣を描くんだっけ?それに従えばいいんだろ?でも距離とか分からないし……」

「いや、ある程度予想は出来るわ」

「そうなのか?」

「ええ、地図を見て」

 ホワイトボードに地図が映し出された。

「昨日事件が起きたのはここね」

 リリスは赤ペンで×印をつけた。

「私の予想が正しければ、次に事件が起こるのはこの二ヶ所のどっちかね」

 リリスは地図上に、一件目の事件現場から南南東方向と南南西方向に700mほど離れたところにそれぞれ○印を付けた。

「何故そう言えるんだ?」

「この儀式は磔が作り出す陣が大きければ大きいほど効果があるんだけど、あまり離れすぎていると逆に効果が得られないのよ。そのバランスを考えた最高の距離がこれ。666mね」

「なるほど!これなら詩織が結界を張れば……。いや……今の詩織にそれだけの力があるのか?お互いに能力覚醒したばっかりだし……」

「詩織ちゃん、今張れる結界の大きさはどれくらい?」

「うーん……」結城は考えている。

「ここから、近所のスーパーくらいかな」

 ある意味分かりやすい。結城らしい答えだ。

「つまり、半径100メートルが限界ですね」

 テレサさんがフォローを入れる。

「維持にはどれくらい喰うの?」

「あ、えーっと……」

 結城が狼狽えている。これは恐らくテレサさんに訊いたのだと思うが……。

「最大出力なら一日に二時間までです」

「分かったわ……」

 リリスは何かをぶつぶつ言いながら考え出した。

「リリス、何を考えているのか話してく――」

「……どう考えても現状じゃ助けるのは無理ね……」

「そんな……人が殺されるのを黙って見てろっていうのか!?」

 あれ……おかしいな……俺ってこんな正義感ある奴だったのか……?

「落ち着いて、“現状じゃ”“確実に”助けるのは無理ってことよ」

「何を言って……」

「詩織ちゃんの能力が次の段階までいったら可能性はあるわ」

「……リフレインクロニクルか?」

「その通りよ」

 結城を見ると自信なさげだ。

「どうした結城?」

「私、読み進めるの、章君みたいに早くないから……間に合うかどうか……」

「まだ夜までは時間があるわ。それまでに、一章読み進めればいいの。……出来るわね?詩織ちゃん」

「が、頑張ります!」

「じゃあ私達は邪魔になるわね。お暇しましょうか、章」

「そうだな」

 こうして僕達は帰路についた。


「それで、僕達はどうするんだ?」

 太陽の日差しが温かい。

「章も家に帰ったら読み進めなさい。これから戦いが多くなると思うから」

「でも、こんな調子でいいのか?結城は読むのが遅いみたいだから分かるけど、僕ならリフレインクロニクル、もっと早く読み進められるぞ」

「あまり早く読み進めるのも良くないのよ。ある程度鍛練を積んでから次の段階にいかないと、体が劇的な変化に耐えられないから」

「なるほど、そういうことなのか」

 ふんふん……。

「ところで、まさかとは思うが……」

「どうしたのかしら?」

「また入り込んじまったか?」

 うるさいくらいの静寂が辺りを包み込んでいる。まだ真っ昼間なのに、この静けさは異常だ。

「みたいね。でも丁度いいわ。鍛練だけじゃ足りないことを学びなさい」

 リリスはにやりと笑った。


「じゃあリリス、早速索敵をしてくれ。僕はその間魔法防御を練る」

「あら、手慣れたものね。二回目の癖に」

 リリスは悪態をつきながらもちゃんと索敵をしてくれているようだ。

 いつまた奇襲されるか分からないので、油断は出来ない。僕は気を張りつめながら魔法防御を練り、リリスを背にして辺りに目を巡らせる。


 すると、いきなり何処かの家の倉庫が僕目掛けて飛んできた。

「うおおお!?」

  僕は咄嗟にその飛行物体を水流で弾き飛ばした。

「どうしたの!?」

「いきなりあっちから倉庫が僕目掛けて飛んできて……」

 リリスは僕が指を指した方向を見つめている。透視を使っているのだろうか。

 するとその方向から、轟音が聞こえ始めた。

 何かを壊している?

「こりゃ滅茶苦茶な奴が相手ね」

「相手はどんな能力を持った奴なのか、分かるか?」

「見たところ、身体能力を高める能力でしょうね。近付けたらまずいわよ。遠距離で戦いましょう」

 リリスはさっきの方向を見つめたまま、話を続ける。

「でも何で逃げたんだ?」

「さぁ?何でかしらね。確かに一対一だと長距離攻撃が出来るこちらが有利だけど、怪力ならいくらでもやりようがある気がしないでもないわ。とりあえず追いかけましょう」

 えーっと、音がしたのはこっちだったかな……。

「章、こっちから行くわよ」

 あれ、おかしいな。確かにこっちだったような……。

「何考えてるの、罠の可能性があるでしょう。行くわよ」

 僕はリリスに案内されるがままに、付いていく。


 しばらく歩いた頃だった。

「居るわ。あそこね。待ち伏せてるわ」

 あれ、あそこって確か……。

「貸し倉庫のあるところか……厄介だな。いくらでも投げるものがある。どうする?死角をついて倒すか?」

「そうね。それがいいわ、と言いたいところだけど、そうもいかないわね。相手は身体能力を高める能力。かなり敏感よ」

「ならどうするんだ?」

「逆に正面から行って油断させるわよ」

「それから?」

「それは……」


 ……。

 …………。

 ………………。


「それで本当にいけるのか?」

「やるしかないわ。行きましょう」

 会議が終わり、作戦が始まった。

 僕は出来るだけ安全に近づくため、小石を色々な方向に投げて竜人の気を引きつつ、倉庫前に接近した。そして僕はついに倉庫の前まで来た。

「小癪な真似をする奴だ。だが正面から来たのは不正解だったな」

 竜人は近くにあった貸し倉庫の一つを投げてきた。さっきの倉庫より大きく、縦三メートル、横五メートルといったところだろうか。倉庫が綺麗な放物線を描く。そして、この世界には不相応な轟音が鳴り響いた。後ろを見ると、退路が断たれたのが分かった。

「こうなればもう、俺の独壇場だな。まぁ奇襲を仕掛けられたところで、返り討ちにしていただろうけど」

 竜人は両手に貸し倉庫を抱えた。

「俺は持つのは得意だが、待つのは苦手だ。一気に決めさせてもらうぞ」

 竜人は両手の倉庫を同時に思いっきり投げると、自分自身も突っ込んできた。

 僕には手が二つしかないので、水流で3つ以上のものは弾き返せない。なら、どうするか?


「今よ!」

 リリスの合図で、僕は両手の水流を思いっきり地面に叩き付けた。体が宙に浮く。

「……何だと?」

 竜人が歩みを止めた。動揺しているのだろう。チャンスだ。

 僕は浮遊感に身を任せながら、竜人に照準を合わせ、両手を重ねて渾身の激流をお見舞いした。

「水激動!」

 水流は竜人に直撃した。

「ぐっ……!」

 竜人はその強靭な足で水流を全て受け止めたように見えた。

 まだやれてないのか?


 刹那、足に激痛が走る。着地に失敗したのだろう。ギリギリまで竜人に水流を当てていたのだから。立っていられずに思わず崩れ落ちる。しかし同時に、竜人も崩れ落ちるのが見えた。

「よく頑張ったわね。竜人は瀕死よ」

「耐えられたのかと思ったんだが……違ったのか?」

「足は無事でしょうね。でも踏ん張ったせいで内臓にかなりダメージを受けたと思うわ。下手に踏ん張るより素直に吹っ飛ばされて空中で体勢を立て直した方が良かったわね」

「お前はどっちの味方なんだよ」

「事実を言ったまでよ。そんなことより、ちょっと足見せなさい」

 リリスが魔法を使って身体を治してくれた。

「悪いな」

 僕はリリスに一言感謝すると、倒れている竜人に近付いていった。

「一応意識あるか確かめないとな」

「う……」

「え!?」

 竜人に意識があったので僕は思わず身構えた。


「……安心しろ。もう動けない」

「……」

 素直に信じていいものか。

「章、この竜人が言っていることは本当よ。動けるはずがないわ」

「……お前は何を考えているんだ?」

 僕は竜人に目を向けて言った。

「最期くらい、優雅で終わりたいじゃないか」

「……残念ながらお前の最期はまだ来ないよ」

「……新人類側にも、物好きな奴は居るんだな」

 ……。

 まずい。

「さっさと勾留して、行くわよ」

 リリスは頑丈そうな手錠を持ち出した。

「天界に行った時に持ってきたわ。使って」

 僕は無言で竜人の手と足に手錠をかけた。

「……出口は何処にある?」

「おい、手錠を外せ」

「何?」

 リリスは素直に手錠を外した。何なんだ?

「……手を出せ」

 僕は疑問に思いながらも、手を差し出した。竜人が人差し指で手のひらを突くと、出口の場所が頭に入ってきた。

「……こんなことが出来るのか」

「魔法が使えるとは、こういうことなのよ」

 なるほど。初戦の竜人は魔法が使えなかったな。

「手錠をかけ直して、さっさと行くわよ」

 何故かリリスが急かす。

 僕は急いで手錠をかけ直し、リリスと共に時に取り残された世界から脱出した。

「そういえば最初に倒した竜人は今どうなってるんだ?」

「多分仮死状態になってるでしょうね」

「仮死状態?」

「ええ。肉体にはやっぱり食べ物からの栄養が必要なのよ。でもその一方で魔力――生命エネルギー――が無限に供給されているから、死ぬわけでもない。気体になってる可能性もあるけどね」

「え?気体に?」

「あら、もう竜人が気体生命体だって話はしたわよね?」

ああ、そういえばそんな話あったな。

「だから普段は人には見えないんだけど――幽霊だって思っておけば大体正解よ――時に取り残された世界でだけ肉体が得られるの。でも肉体から離れたらもう終わりなんだけどね……」

 リリスとそんな話をしながら、僕達は帰路についた。まだ知りたいことは沢山ある。少なくともそれを知るまでは、僕は死なない。あいつは、笑ってくれるだろうか。いつか、この話を……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ