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第四話 もう一人の魔法使い(改3)

1.


 そういえば家に帰る途中、近所の家のクラスメイトに会った。

 髪は肩くらいまでの長さで、下の方で二つにまとめており、一応ツインテールと呼べるんじゃないかという髪形。瞳は茶色く、垂れ目だ。

 何やら僕の方をじろじろ見てくるので、そういえばこんな奴クラスに居たなと思いつつ、どうしたと聞いてみたら、

「え……あ、いや……」

 と、どぎまぎして、家の中に逃げ込んでいった。

 何やら不審な態度だったので、少々気になったが、何しろ疲れていたので、頭の片隅に置いておいて、無心で風呂に入った。


 身体を洗い終わり、浴槽に浸かった所で、さっきのことが再び頭に浮かび上がってきた。そんなに僕が外に出ることが珍しかっただろうか? いや、僕は本が好きだが引きこもりではない。割と街には出ている。夜中に出歩いていたからだろうか? いや、高校生が夜に歩き回って何だというんだ。

 そんな考えても仕方のないことをうだうだと考えていた。おっと、このままではのぼせてしまう、出ようと思った頃には、結論が出ていた。 

「まぁいいや、気にしないことにしよう」

 寝間着に着替えてタオルで頭を念入りに拭きながら僕は独り言のつもりで言った。


「何を気にしないの?」

「うわあっ」

 ついすっとんきょうな声を上げてしまった。いつの間にかリリスがドアをすり抜けて入ってきていた。

「なんだリリスか……急に出てくるなよ吃驚するだろ」

「あら、それは悪かったわね。で、何を気にしないの?さっきの子のこと?」

 相変わらず妙な所で鋭い。

「そうだよ。まぁ考えても仕方がない、って結論になったけどな」

「あの女の子、じーっと見つめてたのは章じゃなくて多分私よ」

「え?」

 僕は怪訝そうな顔をしていたと思う。

「いや……見える筈ないだろ?」

「そうなんだけど、目が会ったもの」

 まさか、そんな筈は。でも、偶然リリスの方を見ていたにしても、目が会うことなんてあるんだろうか?


 もしかして……。

 もしかしたら……。

「とにかく、もう一度あの子に会うことをおすすめするわ。もしかしたら、思わぬ収穫があるかもしれない」

「でも会うとして、どう話を切り出すんだ?」

「それは自分で考えなさい」

 自分から提案しておいてそれはないだろ……まぁいいや。もう慣れた。

「さて、夕飯食べに行くか……」

 僕はリビングに向かった。

 はて、何か言い忘れたことがあるような……。


 その後僕はご飯を食べながら、言い忘れたことを思い出した。

 “姉貴の居るリビングには入ってくるな”

 これを言い忘れたばっかりに僕は胃が痛くなるような状況で胃に物を詰め込むことになったのだった。

 夕食を食べ終わると倒れ込むようにベッドに入り込んで、寝た。


 目を瞑った次の瞬間に、朝がやってきたような睡眠だった。体の疲れは取れていたので、特に気にはしなかったが、なんだか軽く損したような気分になった。

 朝食を食べながら、僕はリリスに話し掛けた。

「今日は確か結城に会いに行くんだったな。修行の方はどうするんだ?」

「今日はあの子との話が済んだら、基本の修行だけして後は自由時間でいいわよ」

「珍しいな。そんな悠長にしてていいのか?」

「たまには休みも必要よ。それに、技術っていうのは休んでいるうちにも成長するものよ」

「そういうものか……」

 僕は朝食を食べ終わると、身支度をして結城の家に向かった。


 チャイムを鳴らすと、結城のお母さんが出た。

「あら、どちら様?」

 下の名前、何だっけ。いや、名字でいいか。

「結城のクラスメイトの挺水です」

「詩織ー!クラスメイトの挺水君だって」

 そうか、詩織っていう名前だった。


 しばらく待つと、結城が入れ代わりで出てきた。

「わざわざ訪ねて来るなんてどうしたの?」

 僕はリリスを指差すと、

「こいつ、見えてるんだろ?」

 と言った。結城は真顔でじっと僕を数秒見つめると、

「中、入る?」

 とだけ言った。


 結城の部屋の中に入ると、年頃の普通の女の子の部屋という印象を受けた。でも異性の部屋だからといって、興奮はしなかったし、気を引くものは無かった。部屋の端に居る「あれ」を除いて。招かれるままクッションに座ると、結城が小さなテーブルを境にして座った。

「お互いに、改めて説明する必要はないよね」

 結城が言った。

「見れば分かるだろ?」

 僕は部屋の端に視線を移した。

「そうですよね、そこの天使さん」

「はい……そうですね」

 部屋の端には体育座りをした大人しそうな天使が居た。黒と赤の瞳をしていて、垂れ目ともつり目ともいえない目をしている。青い髪をしており、おでこを出しつつ七三で分けている。服はシスター服を着用しているが、頭には何も被っていない。


 彼女は立ってからペコリと頭を下げると、自己紹介をした。

「初めまして、テレサと言います。章さん……ですよね?」

 僕は少し驚いた。

「僕の名前を知っているんですか?」

「ええ……詩織から話は聞いています」

「僕の話を?」

 はて、特に学校でも私生活でも絡みはない筈なのだが。何の話だろう。

 それを聞くと、詩織は何故か慌てた様子を見せた。

「あの、気にしなくていいから……」

 そんな反応されると気になってくるじゃないか。訊かないけど。


 続いてリリスが自己紹介した。

「私の名前はリリス。よろしくね、詩織ちゃん。それにテレサ」

「はい」

「はい……よろしくです」

 初対面からこれか……リリスは俺以外にもこういう態度のようだ。

「じゃあ私も改めて自己紹介するね。私は結城詩織。挺水君とは高校でクラスが一緒だよね」

「あ、ああ……そう……だね……僕は挺水章。改めてよろしく」

 最近リリスと姉貴とくらいしか会話をしていないので若干口調が安定しない。

ふと結城の後ろを見ると、テレサさんはいつの間にか体育座りに戻っていた。

「それじゃあ、情報交換といきましょう」

 早速、リリスが話を切り出した。

「まず、詩織ちゃんが魔法使いになった経緯を教えてくれる?」

「はい。あれは雪の降る特別寒い日のことでした……。」


2.


 朝起きて、今日は随分寒いなぁと思って、雨戸を開けたら雪が降ってて……。天気予報見てなかったから、ちょっと嬉しかったんです。昔みたいに、雪で遊ぶことはもうしないけれど。道には雪が積もってて、今日は雪かきしないとなぁなんて思って、ふと庭を見たら、雪の上に何か落ちてるんです。目を凝らしても二階からじゃよく見えなくて。暖かい服を着て、外に出て確認してみると、本だったんです。しかも結構分厚い。中の内容を確認してみると、全然読めなくて。でもこんな素敵な本なのに、このまま外に置いとくと汚れちゃうからなと思って、一旦部屋に置いておくことにしました。持ち主が現れたら、すぐに返そうと思って。

 そしたら、部屋の中から声がするんです。でも、不思議と怖くない。だから……と言っては少しおかしいかもしれないんですが、思わず返事をしちゃいました。好奇心がくすぐられて。

 そしたら色々と話始めたんです。途中で私の質問に答えつつ、テレサは話を進めていきました。

 正直、凄くわくわくしました。お伽噺みたいなことが実際に起きてるんです。私は話を聞いてすぐに了承しました。

 程無くして私は晴れて魔法使いになった訳ですが、私が得た能力は、私が期待していた能力ではありませんでした。

 私の能力は、結界を張ることによって、その中に入っているものの動きが把握できる能力だったんです。私が憧れてた、もう少し派手な能力ではありませんでした。

 結界を張れば、魔法戦争に関する大体のことが分かります。例えば、竜人が何処に居るかとか、時に取り残された空間への入り口の場所とか。魔法使いの居場所だけは特定出来ないんですが……。


「なるほど……つまりあなた自身は戦闘的な能力を持っていないと?」

 リリスが言った。

「そうなんです。だから、戦闘能力を持った、他の魔法使いを探していたんです。まさかこんなに身近に居るとは思っていませんでしたけどね」

 結城は笑いを含めつつ応えた。


「……今まで、よく生き延びたわね」

「ええ……。それで、結界には二種類あって、広い範囲に広げられる“探知”用の結界と、狭い範囲にしか広げられない“護身”用の結界があるんですが、守るだけじゃ倒せませんから、襲われた場合は助けが来るのを待つしかなかったんですよね……」

「魔法使いになったことを後悔してる?」

 詩織は少し考えてから応えた。

「後悔は……してなかったと言えば嘘になります。でも、今はしてません」

 リリスは小気味良さそうに微笑むと「そう」とだけ言った。


 一段落したので、今度は僕が魔法使いになった経緯と能力の説明をした。そうすると、ある疑問が浮かんできた。

「そう言えば、何で詩織はテレサさんと一緒に行動してないんだ?リリスに一緒に行動してないと危険だって聞いたんだけど」

「それは詩織の場合……私と一緒に行動した方がより危険だからです……」


 今までずっと静かにこっちを見つめていたテレサさんが話し出した。

「戦闘能力を持たない詩織は、他の魔法使いを見つけるまで、生き残ることが使命でした……。私が一緒に居ると、竜人にはっきりと気付かれてしまいます……。ですから、私は詩織と一緒に外には出ないことにしたのです……。詩織にもそう伝えました……」

「でも、それでも助けを呼びに行くことぐらいは出来たんじゃないですか?」

「私の能力によって、詩織の様子はいつでも視ることが出来ます……私の場合、実際に一緒に居ることがなくても、的確な指示とサポートが可能なのです」

「なるほど……それは、どんな能力なんですか?」

「詩織の周りの様子を視たり、詩織の視界をジャックしたり出来ます……この能力が使えるのは、人間の魔法使い……詩織や章……にだけですが……」

 僕はやっと納得した。


「詩織ちゃんの能力はまだ制限がかけられてるみたいね」リリスが言った。

「ええと……はい、多分そうです」

 結城は分かっているようだったが、僕にはよく分からなかったので、リリスに訊いてみた。

「この能力は一度発動したらある程度発動し続けないといけないの。だからその精度や能力の幅が広がると、魔力の消費が激しくなってしまうの。だから最初は能力が制限されるようになってるのよ。魔力不足で困らないようにね。でも今まで何度も能力は発動させてるみたいだし、魔力の量も増えてきてるでしょうけどね」

「なるほど……そうなのか」

 僕は二度目の納得をした。


「でも、今後は竜人に襲われた時の心配をする必要はなくなるわね。困った時はいつでも呼んでちょうだい」

 リリスは言った。いや、実際に戦うのは俺だろうが……。

 心なしか結城は軽快に、返事を返した。

「良かった……」

 結城は安堵の表情を浮かべながら、たった一言、ぼそっと、そう言った。


 他人の俺の前でこんな顔を見せるなんて……と僕は思った。

 今まで見えない敵にビクビクしながら暮らしていたのだろうと思うと、胸が締め付けられるような思いになる。考えてみれば僕も同じ境遇だが、武器があるのとないのとじゃ心持ちが違うだろう。今までこいつが感じてきた不安は、計り知れないものに違いなかった。


「そう言えば、テレサはどうするの?」

 結城が、テレサさんに訊いた。

「私は、今まで通り、ここに居ます……けれども、章と協力して敵を倒すようなことがあったりしたら、その時は呼んで下さい……僭越ながら何か章さんにアドバイスが出来るかもしれませんから……私は普段詩織と行動を伴にしない代わりに、詩織の能力強化に日々励みます」

「そっか。分かった」

 結城は素っ気なくそう言った。そして横目で僕を見てから、顔を背けた。


「どうした?」

 僕が訊くと、

「え?ううん、何でもないよ」

 と笑顔で応えた。

 そして、少しの間、沈黙が流れた。


「じゃあ今日の会談はここら辺でお開きにしましょう」

 リリスがそう提案して、会談は終わった。

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