第三話『姫君の力 後編』
リースとアクアの二界姫君たちの初戦闘。
頑張れリース!。(訂正)
【第一アリーナ】
第一アリーナ。学園から少し離れた場所には三つのアリーナがある、大きさはコロッセオよりかは小さいけれどかなりの面積。しかもそれが三つもあるとなるとものすごい存在感だ。
第一アリーナは一番右の会場で一番大きい、ここの生徒が全員入ってしまうんじゃないかという大きさ。
そんな巨大なアリーナにいるのはたったの51人、1-Bと先生だけ。疎らにもほどがある。
「皆さん、それぞれ席に座ってください、場所はどこでも構いませんので」
アリーナの中心に立っている女性、『ルルー』先生が声を張らせ僕たちに指示をだしてくる。
紫の長い髪を後ろで一つで纏め、瞳は紅色、黒の眼鏡をかけており服装は変わったワイシャツに白いロングスカートでスカートには多くのポーチを提げている。
身長は僕よりかは高いけど160台でスタイルも良く人気も高い。
魔界人で歳は20代前半ってとこかな。
去年の僕の担任で結構友好関係だったりもします。
「とりあえず、一番前かな」
周りに誰もいない一番前の席に座りフィールドで向かい合って立っている少女たちを見る。勿論リースとアクア。
入学式の次の日にいきなり模擬戦なんて、しかも二界のお姫様たちが。
アクアは気だるそうに右手の平を地面に刺さっている銅製の長剣の柄の上に乗せている。
…あれ、あの剣って訓練用の切れ味最悪の『銅の剣』じゃないのかな? どうして最弱武器を彼女が?。
疑問点があるアクアに対して不安点まみれのリース。
まず緊張しすぎてガクガク震えているのが一、僕が手を振ってるのに気づかない、周りが見えてないのが二、そして
「ああアクアさん! よろしくおねがぃっず!? っ~~!」
舌を噛みきるか心配なのかが三、本当に大丈夫だろうか。
「リース、あなた緊張しすぎよ、もっと肩の力を抜きなさい」
「は、はい!」
もっと強張ってるって。
「はぁ、ルルー先生! 少しよろしいですか」
僕が挙手して意見を述べる。先生は困った笑みを浮かべて一息つく。
「なるべく早く済ませてくださいね」
「ありがとうございます」
承認を得た僕は席を立ちリースまで駆け寄る。
周囲の目が痛いけど気にしない。
「リース!」
「ひゃ!? 桐佳さん!?」
アクアと直線上に立つことによってようやくリースの視界に入り存在が気づかれる。
うわ、間近で見たらもっと酷かった!? 痙攣に近い現象、立ってられるのも奇跡に近いぞこりゃ。
ここは無理に動きを止めさせても反って闘いに支障がでる、なら。
「どう? 緊張する?」
「は、はい…」
「だよね、見てる僕も緊張してる」
「桐佳さんも?」
うんと頷く。
「だって大切な友達が模擬戦をするんだよ? 緊張するに決まってるじゃないか」
「な、なるほど」
逆に表情が驚いてるまま固まってるのが恐いねぇ。可愛いけど。
「じゃあ、僕のハンドパワーでリラックスさせてあげるよ」
そう言い僕はリースの頭の上に手を置き優しく撫でる。壊さないように、安心させるように優しくね。
小刻みに震えていたリースの体が徐々に治まり逆立っていた耳がゆっくり倒れた。
「落ち着いた?」
「はい…、でも不思議ですね。桐佳さんが撫でてくれると暖かくなって気持ちが落ち着くんです。優しいものが包み込んでくれるみたいに」
優しいものが包み込んでくれるみたいに…か。
僕はリースの頭から手をどかし微笑んだ。
「じゃ、頑張ってね!」
「はい!」
親指を突き立てながら僕は観客席にもどっていくのだった。
◆◆◆◆◆
桐佳さんが観客席にもどっていく。
私は深呼吸を何回かして頬を強く叩き気を張る。神経を研ぎ澄まし、魔力の流れを読み取る。
周囲の生徒たちが私やアクアさんの名前を叫んでいるけど、無駄なものは一切聞き入れない、シャットアウトだ。
アクアさんが剣を抜き剣先を私に向けてくる。
「私には拳は効かないわよ」
表情一つも変えてくれないアクアさんだけど、
「やってみなければわかりませんよ!」
今日こそは変えてみせる! 二日目だけれど!!
拳を構え体を沈ませ、アクアさんまで大きく跳ぶ。
高速、瞬速。とにかく風を切るほどの速さの跳躍。これは獣界の住人が得意とする高速移動で獣人や竜人の最大武器でもあるのだ。
自分自身ではよくわからないけれど竜人の中では郡を抜いて速いらしい。
私は跳躍をしながら右拳に力を込め引き、アクアさんに打ち込む。
「ふっ!」
私の拳に合わせるようにアクアさんは剣を横に倒し受け止める。
あの速さを知覚した!? それに、守りが堅い。竜人や獣人の力は他の世界の種族より遥かに上回る、力勝負ならまず打ち負けないはずなのに。
打ち込んだ拳を引き地上に着地する。
勿論、その隙を狙ってくるのはアクアさん。
素早く刀身を反しながら右回転で剣を薙いでくる。
この体勢じゃ打ち返せない、瞬時に足に力を入れ後ろにバック転をして回避、その後バックステップで距離をとる。
ふぅ、危なかったです。
「へぇ、やるわね」
口の端を少し吊り上げて感心したように言ってくる。
「ありがとうございます、でも、竜人の速さを捉えたアクアさんも凄かったですよ」
「あの程度ならまだ知覚範囲よ。驚いたけれど。」
言ってくれますね、これでもスピードにしか自信がなかったりするんですよ私。
身を再び沈めアクアさんまで跳ぶ。
今度は彼女の背後に。
「!」
よし、まだ振り向いてもいない、今が攻め時。
右拳に魔力を通す。魔力は威力増大のために流してるだけであって他にはなかなか使いません。
宙で左回転で二回ほど回り遠心力を高め、アクアさんに打ち込む!
「な!?」
が、拳はアクアさんまで届くことはなくアクアさんの前に展開された透明の障壁によって防がれた。
プロテクション、魔術での基本の一つ。シールドタイプはいくつもの種類があってプロテクションは下から二つ目くらいのあまり実用性がない魔術なんですが。
破壊が…できない。
いくら力を込めようがいくら前に押しだそうとするが大きなヒビが入るだけで破壊することができない。
ここは引いたほうがいい。
「遅いわ」
!? 気づけばアクアさんが左手を前に出した体勢で背後に回り込んでいた。速い!
回避は、できない!!
「Icicle Shot」
詠唱と共に手の前に魔方陣が展開され冷気が漂う小さな氷柱が数十本放たれた。
なっ!? あの技は基礎魔術で一本のはず、魔術強化を重ねたっていうんですか。
奥歯を噛み締めすぐに拳を引き上体を捻りながら地面を強く殴る。
すると地面から岩が突き出て氷柱を防いだ。
次々襲いかかる氷柱に徐々に形が崩れ、最後の氷柱で完全に形をなくし崩壊する。
「はぁ、はぁ」
肩から息をしてゆっくり立ち上がる。
アクアさんは息一つきらせてなく剣を握ったまま立っていた。
「竜人はデタラメな動きをするものね。魔術をただ媒介し自らの身体を強化するだけの簡単なことなのに」
「身体強化は、獣界の住民特有の魔術ですよ?」
身体強化。自らの魔術を体内に流し込み一時的に力、機動力、瞬発力を高める強力な魔術。
しかし反面、体力と魔力が徐々に蝕われていくんです。
だからこの魔術は体力があり魔力をあまり使用しない獣界人しか使えないの。
「その割りにはあなた、一度も使っていないわね。強化魔術」
会場の生徒たちが驚く、当然私も。
「気づいて…いたんですね」
「えぇ。最初の一撃で」
そう、私はまだ一度も身体強化をしていない、拳に魔力を通しただけで体には流してはいないんです。
「瞬速の割りに火力がなく重みもなかった。身体強化は体力と魔力の消耗が激しい、あなたほどの素質ならば二十分は流していられる。模擬戦程度の戦闘なら二十分で片はつくけれど敢えて使用しない。さてはリース、あなた身体強化ができないのね?」
「う…、そ、そんなことないですよ」
図星です。正確に言えば使えるけど使い慣れてない、ですね。どうも暴走気味になっちゃうんですよね。
拳を作り構える。
「策があるのかは分からないけれど、今のあなたじゃ私には勝てないわよ、永遠に」
アクアさんが剣を構え左手で刀身に触れ小声で魔術を詠唱。
すると剣に電撃が走り始める。
電撃付加。これも基本魔術で魔術師タイプの人なら必須の魔術。
結局アクアさんは攻撃もできて防御もできて補助もできるオールラウンダーということなんでしょうか。
身を沈め跳んでくるアクアさん。
「ご忠告、感謝しますっ!」
いや、これから少しずつ手の内を探っていけばいいんだ。
呼吸を整え、再び力強く地を蹴りだした。
◆◆◆◆◆
拳と剣を交じり合わせてる少女たちの戦闘の中、如月 桐佳は心底動揺していた。
顔色は優れていなく頬からは汗が垂れ左手を顎に当てている。
戦闘状況やリースのことで焦っているのではない、桐佳はアクア・ディードの存在についてで恐れ、驚愕していたのだ。
なにも知らない少女だと思い込んでいた、魔界の姫君などと平気だと思いリースを止めず戦いというフィールドに立たせてしまった。
しかし、その考えが裏目になってしまった。
「アクア様の魔術、とてもお美しくて凛々しくございますぅ」
「流石は基礎固めの姫ってことだな、どれも強力な魔術になっている」
近くの観客席に座っていた生徒たちが感心したように称えている。
(そう、僕としたことが完全に忘れていた)
(彼女はかの有名な魔術師、先代魔界の姫の弟子で有能な魔術師。上級魔術を使わず基礎を固めた魔術で相手を翻弄するスタイル、各基礎魔術は一般の魔術師の上級魔術に匹敵するほどだとかなんとか)
(あの最弱武器は強すぎる力を抑えるために持っているストッパーらしい。実際アクアが持っている剣の重さは数十キロなんだと)
(戦闘は速く済ませる質で一撃で終わりにすることから変な異名がつけられてるけど今はどうでもいい)
リースの猛攻を剣や障壁で防ぐアクア、一見リースが押し気味だと見えがちだが実はそんなことはない。リースはアクアに踊らされているのだ。
リースが岩をも砕く矛ならアクアは合金の盾。いくら突こうが傷一つつかない崩れない、絶対防御。
(アクアはわざとリースの攻撃を受けているんだ、あることを狙って)
「あっ!!」
会場が一斉にざわめき始め俯かせていた顔を前に向ける。
「まずい!?」
視線をリースに向ける。
リースは膝をつき荒く肩から息をしていた。表情は苦虫を噛み潰したようで苦しそうだ。
桐佳が一番恐れていることがついに起こってしまう、アクアの戦略によって。
(長期戦に持ち込み相手の体力を削りに削り反撃する、カウンター戦法)
(元々体力が他の種族より高い獣界のお姫様だけど、削られれば消耗しいつかはばてる。よく見るとリースはまだ戦闘経験が浅く、相手の手の内が読めていない)
(…これは非常にまずい展開になってきたかも…)
腕を組み首を捻り唸る桐佳。
(うーん。僕にできることと言えば応援することだけ、か。ううん、応援ができるだけ十分!)
席を立ちリースの名前を叫ぼうとした矢先、ポケットの携帯が鳴り響いた。
◆◆◆◆◆
リース・マロウは強い。
安定はしていないが拳の威力は化物級。
今は軽く受け流せるが安定すればもう剣では受け止められない、障壁も破壊される可能性がある。
可愛い顔してなんて凶暴さ、甘くかかったら腕が飛ぶわこれは。
手も麻痺して剣を握る感覚がなくなってるし、やせ我慢はするものじゃないわね。
私は小声で詠唱、誰にも気づかれずに感覚を失った手を回復させる。
さて、リースが遅くなってきた今、反撃ね。
「動きが鈍ってきたわよ、リース」
刃を反して横薙ぎを払う。
「ははっ、まだいけますよ!」
苦しそうだけど笑顔を絶やさないリースはその場にしゃがみ込み斬撃を回避した。
へぇ、この娘まだ動けるの、しぶといわね。けど
「足下が留守よ」
リースが驚き足下を見たときには遅かった。
私が彼女の足下に設置したのは青の円形の魔方陣、攻撃を受け流していた際に設置しておいたのだ。
「Icicle Impact!」
詠唱が終わると魔方陣から氷結した氷柱が突き出て、氷柱はリースの右太股に突き刺さる。
「っ!?」
鮮血が飛び散るが冷気により凍りつく。
「出血は止めておいたわ、もう右足は使い物にはならないけれどね」
目尻に涙を浮かべながらも右拳で氷を砕き距離をとるリース。
「うぅ…、ぐぅ…」
顔色を悪くして右の太股を押さえつけてる。
…まさかリース、まだ血に慣れてないとか言わないわよね。明らかに血に恐怖している表情だ。いつ壊れてもおかしくないような。
観客席の生徒たちには一界の姫の太股に氷柱が突き刺さるという光景は残酷すぎただろう、みんな顔を青くしている。
だがこれは仮にも戦闘、『闘争』なのだ。喧嘩じゃない、殺し合いなのだ。
この世界に来た理由が遊びと言い張る者はクズ、来る意味がない、一般的教育を受けたほうがまし。
世界のために強くなるということは死と隣り合わせになることになる。自由だった人生も束縛されてしまう。
率直に言うが生半可な者は早々に辞めたほうが自分のためになるのだ。
私のように後悔してからじゃ遅いんだ。
「リース。あなたはどうして苦を選んだの? 戦いを好まない者、楽しく生きられたでしょう。あなたの優しさはこんな場所ではなくてもっと違う場所で活用できたはずなのに」
我ながら人には甘くなってしまうわね、反省はしないけど。
時間が経ち自我を取り戻したリースは首にかけているアクセサリーを握りゆっくり立ち上がる。
…右足が回復してる。なるほど自然治癒能力か。
「そう、ですね。確かに私は戦いを好みませんし、ましてや血を見ることも慣れてません」
アクセサリーを握る手を緩め自分の掌を見ながら微笑む。
「ですが私ももう後悔をしたくないんです」
「…そう、強いのね」
自然と口元を上げて笑ってしまった。
リースも私と同じだったのね。既に後悔をしていて翠碧に入ってきたのも後悔をしたくないため。
「でも、思いだけじゃなにも護れないわ。時には力や考えも必要になってくる。そして今はちょうど力が試されるとき」
「っ!?。ぅぐ!?」
突然リースの表情が変化したが、気にしない。
私は剣の峰を反し刃にしリースに向け地を蹴り出す。
「それを示してごらんなさい!」
袈裟懸けで剣を振るう。
それをリースは体を右に倒し回避する。
続く横振りの斬撃もしゃがまれて回避される。
この状態だと反撃をされやすくなるので大きく後ろに飛び左手をリースに向ける。
(リースの動きが俊敏になった…。ここはどうでるべき、遠距離の魔術か近接の物理か)
「lightning Spear」
今は牽制をして体勢を立て直すのが一番安全かと。なら、詠唱開始。
空間から黄色の魔方陣を複数展開させ、電撃を纏った雷槍を指示通りに放て――――なかった。
なぜなら私の胸に拳がぶつけられていたから。
気づけば地面を転がり会場の壁に背中から強打。
「かっ!?」
激しい衝撃と痛みと共に口から血を流す。
今の一撃で肋骨が二本に左腕が折れたか。
(それにしても今の一撃、今までの攻撃を遥かに越えている)
右手で支え上半身を起こしリースを見る。
…あぁ、なるほど、己の資質に目覚めたってわけね。
「……」
彼女は今、身体中に魔力を流し込んで強力な身体強化を行っている。魔力が身体中から漏れて目に見えてしまうほどのありえない量を。
なにが彼女のストッパーを外したのか、今のリースには自我がほとんどない。要は暴走しているのだ。
これは本格的にまずいわね。会場にいる人たちはリースの暴走に気づいていない。むしろ私を見ている人が多いだろう。
ということは私がリースを止めなきゃいけないってことね。
「はぁ、入学早々厄介事に絡まれたものだわ」
鼻で笑い動く右手を左腕に当てて詠唱、翡翠色の光が左腕を覆う。これは治癒魔法。
光が消えた後左腕を適当に動かす。よし、骨も繋がった。
軽く一息つき立ち上がる。ルルー先生に大丈夫だと視線を送り試合続行、剣がないので拳を握り構える。
知っている人もいるだろうが一応解説。私は元々魔術師タイプで接近戦はいつも魔術生成した武器で戦っているの、あんな使いにくい武器なんかじゃなくてね。
銅の剣はただのハンディキャップ、あとは筋トレ用。
数十キロあるあれを振り回すのは正直過酷だけれど、その分手を離したときに得られる経験値が高くて結構愛用しているわ。
あの暴走したリースよりかは身体能力は劣るけどそれでも化物レベルなのは確実、自信はあるわ。
「さて、腕が飛んでも止めないといけないわね」
下手をすればリースの拳で首が飛びそのまま即死の場合もあるし内臓が破裂するかもしれない。
もう模擬戦とは言えなくなったわね。
でもここで止めなきゃ誰が止める。友達である私が目を覚まさせなきゃいけないんだ。
「Shield Wall、Vanity Pain、Energy Eater」
早口で唱える魔術、左からシールドを体に張った防御魔術、一定時間痛覚を無くす、活力を削る。接近戦をしてくるリースに対応するために必要な魔術を重ねがけする。
そして最後に。
「Call、Crimson Lance」
空間が歪み歪みから紅色の槍が一本姿を現し思い切り引っこ抜く。
デザインは柄の部分が捻れているようで穂の部分が柄より赤みが増していて鮮やかさを出している。
クリムゾンランス、炎の魔術属性で生成した私が愛用している武器の一つ。
全長1.8mで重さは軽い。
手首を使い素早く槍を回し両手で構える。
「……」
さて、どう魔力を抜かせにいこうかしら。思いきって突っ込むのもありね、突っ込まれるよりかはましだと思うし。
そうと決まれば私は地を蹴り出しリースに急接近する。リースが最初私にやってきた瞬速を越える速さで。
会場の人はもう私を知覚することはできない、ルルー先生を除いて。
「はぁっ!」
リースの手前で止まり左振りの斬り上げを振るう。
が、いとも簡単にバックステップで躱される。やっぱり知覚されてたか。
ならば次の動作に移行、槍を引き穂先をリースに向け六回の五月雨突き。
これも踊るようなステップで回避される。
六回目の突きを終えたところで一旦距離を置こうと槍を引こうとしたが。
「…」
リースはそんなに優しくなかった。
槍の穂を蹴り上げてきたのだ。
電流が走るような痺れが身体中に走り槍を離してしまった。槍は大きく宙に舞う。しまっ…。
視線を前にもどしたときには私の体は後ろに吹っ飛んでいた。あぁ、やっぱり。
不恰好に転がるのは避けたい、腹筋に力を入れ体勢を前屈みに持ち直し爪先で地面を引き摺りなんとか止まることができた。
「…っぷ」
逆流してくる血液、吐きたくないので気合いで飲み込む。
痛覚を無くしておいて正解だった、プロテクションを体に張り守りを固めたけれどかなりのダメージを受けた気がする。
「アクアさん!?」
「だ、大丈夫ですよ先生。これは今朝食べたトマトが逆流してきただけですから」
「トマトが逆流!?」
腕で口についている血を拭い、
すぐさま横に飛ぶ。
刹那、黄色の閃光が元々私がいた場所を通過した。勿論リース。
竜を通り越して化物に進化してるわよ。
右足を軸にして体を回転させながら着地、右手を前に差し出して再びクリムゾンランスを展開し握る。
閃光は私の回避を理解した後すぐに折り返し突っ込んでくる。
「まったく、休む暇もない」
左手で髪を掻き上げて溜め息を吐く。
関係は深くないけど私たちは友達、もう少し優しくしてくれないのかしら。
リース、あなたは本当に強くなりたいのかしら。醜い姿になってまで力が欲しいのかしら?。
試合が終わったら訊いてみますか。
「っぐ、重っ…」
宙で左回転の遠心力を加えた回し蹴りを強度を上げた槍の柄で受け止める。
流石は姫竜、良い血筋の持ち主ね。
「でも、そろそろ反撃がしたいところ…だわ!」
握る槍の込める力をさらに高め押し返す。
足が弾かれて宙で無防備になったリースに私は槍を構え右足を軸にし右に一回転、そのまま槍の柄を
「はぁぁっ!!」
リースのお腹に打ち込む。
「っ!!」
苦い表情を浮かべたリースは結構な距離を飛んでいく。
直線に地面から激突して砂埃がリースの姿を隠すように舞い上がる。
が、砂埃から再び黄色の閃光が走り出す。
止まることを知らない特急電車のように。
これじゃあ術式を組む時間がない…。
「ぐっ…」
次々襲いかかる猛攻に私はただただ守りに徹することしかできなかった。
肘うちを、パンチを、蹴りを。
徐々に体力が削れてきた中、反撃のチャンスを待つ。ただ、反撃のときまで。
(耐えろ、耐えぬけ。今はじっと身構えているだけでいい、隙がでたら反撃ができる準備をしていればいいんだ)
小振りのパンチを横にステップで回避、着地を狙ってきた足払いを槍を使ってタイミングをずらし回避、回避、回避。
「はぁ、はぁ」
あれからどれほど避け続けていたんだろう。五分か十分か、はたまたたったの一分だろうか。
気がつけば私にかかっていた魔術はすべて解除され残ったのはクリムゾンランスだけ、体力も精神力も底を尽きていた。
それに対してリースは変わらず猛威を振るっている。体力、魔力共底が尽きないのかしら。
突きのような拳を平手で弾く、しかし休まずリースはその場で飛び縦に一回転、右拳を落としてくる。
あれは食らったら即死、死んでも回避! とにかく大きく後ろに飛ぶ
拳が打ち込まれると地面に亀裂が走り抉れ礫が飛び散った。
「うっ!?」
想定外の事故、対処不可能の襲撃に襲われた。拳くらいの礫が額に当たったのだ。
(あ…、これは…)
…意識が、失いかけてきてる。
当たりところが悪かった。
思考が薄れかけてきて集中も一切なくなり握っていたクリムゾンランスが形を保てなくなり粒子化した。
力いっぱい体を動かしてるつもりなのに、体が動いてくれない。
スーパースローの世界。私が礫に当たって地に倒れるたった数秒の時間なのにまるで時が止まったみたいだ。
(…リースの暴走は、…すぐに止まる。エナジーイーターをしながら受け流してたのは、…魔力や精神力を抜くため)
(ふふ、…一界の姫がこんなだなんて、格好つかないわね…)
(…まったく、あの学園長には…困ったものね。昔から人に厄介事を押しつけるんだから…)
リースを見るとゆっくり立ち上がり再び拳を構えていた。最後の追い打ちってことかしら。
(…対処法がないのなら、素直に受けるのが理に適うってもの、いくらでも打ち込んで来なさい)
(ふぁぁ…、眠いわ。今日は良い夢が見れそうね)
〝グチャ〟と、なにかが潰れる音と共に私は意識を失った。
ア「あれ、私死んだわ。」
リ「あわわわ。取り返しのつかないことをしてしまいましたよ。」
桐「とりあえず教会に行ってくるよ…。」
ア「まぁまぁ、次回『後悔』を見ればどうなったかわかるわよ。」