第二十話『VS狂戦士』
亀更新すいません、忙しくて忙しくて。
ではVS欅。
「お母さん? …あぁ、欅を産んだときに死んじゃったよ」
今まで不思議がっていたことをお兄ちゃんに訊いたときの衝撃発言、忘れるはずがない。
五歳のあたしでも相当ショックだった。何せ純粋な心しか持ち合わせていない程小さかったから。
お母さんを自分が殺したんだって。ずっと罪を背負ってた。
けれど七歳になった頃に死因の詳細を知った。
どうやらお母さんは二十歳を迎えないで必ず死ぬ重病を抱えていたらしく死ぬ前に奇跡的にあたしを産んだみたい。
誰一人もあたしを責めたりなんかしなかった。むしろお母さんの生まれ変わりとも言われた。容姿がまるいっきり一緒なのは驚いたけどあたしはお母さんとは違う。
お母さんに似ているのはお兄ちゃんの方。
優しいし友達思いだし可愛いしお料理上手だし頭いいし、あたしが聞いたお母さんの要素をほとんどお兄ちゃんは受け継いでる。
その中には勿論、体の弱さも。
あたしは二子目だから受け継いでるのは容姿だけ。と言っても頭もお料理も人並みだよ。出来ないわけじゃないから。
お母さんの要素では勝てるものが一つあるかどうか…。多分ない。
だからあたしは戦える者として武術を極めることにしたんだ。
お母さんもお兄ちゃんも出来なかったことを、このお母さんと同じ容姿を持つあたしがやることによって自らの存在を示すことが出来た。
体の弱さを全てお兄ちゃんが受け継いでくれたおかげか潜在されていた力があたしに流れた。
お母さんって元々の能力は高かったのかな、病気で覆われていただけで。
あたしが言うのもなんだけどスペックは高い、物覚えが早いんだ、戦闘のね。あとは反射神経や動体視力、五感が非常に優れている。野生児と思っていい。
魔力量もお兄ちゃん程莫大じゃないけど魔界人のアクア様を少し下回る量。充分過ぎる量だよ。
すぐに成長して人を殺す重みも知って、頑張って翠碧に入れた。
クラスではトップレベルで一ヶ月と短い期間で先生等にも目を付けられた、戦闘学でね。
ハインやトーマとだってそれが理由みたいなもので仲良くなれたし、充実した日々を送っていた。
只お兄ちゃんを護る強さだけを使命として。お兄ちゃんより弱かったら如月欅は存在していても如月桐佳より全て下回った妹だけとでしか自分を証明出来ないの。
…それなのにどうしてお兄ちゃんが突然強くなるのかな…?
留年の理由が戦闘学なのはわかっているけど強くなりすぎだよ。
あのアルマ先輩にまで勝っちゃって大会にまで決勝戦進出、大会は良い結果は残せてないけど戦えるようになった。
病気で戦えないお兄ちゃんはどこに行っちゃったの。
弱いお兄ちゃんを護る為に背負ってきた重みが一瞬にして消え去った気がする。
あたしの力としての存在を…あたしの存在意義を無くさないでよ…
お兄ちゃんがあたしより強くなっちゃったら、あたしは今日まで頑張り続けた意味が無くなっちゃうよ。
力で築いてきた人生が崩れる…、トーマたちとの関係が消える。
「いつまで君は力の在り方を理解出来ないんだい?」
投げ掛ける言葉に顔を上げる。その人はあたしより遥かに高い鉄塔のてっぺんで空を仰いでいた。
直接差す日差しで人物像はわからないけど鉄塔にいることは確認出来た。
「どういうこと…?」
質問の意味が理解出来なく首を傾げながらその人に問う。
「『人を護る力を皆に』。きっと君が一番に護りたい人はこう言うだろうね」
「みんなを護るってこと? 当然思ってるよ」
「じゃあなんで彼が遠い存在になれば存在意義がなくなるんだい? みんなを護ることは存在意義とは別物なのかい?」
「………そんなこと、ない」
顔を俯かせ唇を噛む。
「君は矛盾な娘だね、素直とはまたニュアンスが違ってる」
五月蝿い、やめて。
「やめないよ、君の為を思って言ってるんだ。わがままちゃん」
違う、違う、わがままなんかじゃない。
「君は只、彼に嫉妬しているんじゃないかい?」
「っ!?」
「護りたい対象が努力し強くなり自分が護られる側になる、その現実を受け止めたくなくて存在意義がなくなるからと下らない使命を引き摺り彼を傷付けるんだね。護りたい対象である彼を」
…違う、あたしはお兄ちゃんを護りたいしか本当に、ないんだ…
「なら成長した君が更に存在意義を増やせば良かったじゃないか」
……………
「例えば~、魔王の弟くんと一緒に成長して兄姉を見返すのも面白いとは思わないかい?」
「…ってなんでトーマの名前出したの!? 関係ないじゃん!!」
「君にとっては弟くんは、存在意義に値する者だと僕は思うよ」
トーマが、存在意義…?
な、ないない! あるわけない! 護りたいとは思ってるけど存在意義としては……いや、護りたいから…あれ。
深く考えれば考える程顔が熱を帯びてきたことがわかる。
首を横に振り睨むように鉄塔を見上げる。
が、既に鉄塔にはその人の姿は消えていた。
…なんだったの、あたしやお兄ちゃんの人生を知ったように語って言いたいこと言って消えるなんて。
『弟くんは存在意義に値する者』
うぅぅ~、混乱を招くようなこと言って~
トーマが存在意義ならハインだってアクア様だってリース様だって存在意義になるはずだっての。…あ。
……そっか少しわかった気がするよ。これがお兄ちゃんの、いや、生きとし生けるものの存在意義なんだね。あたしより弱いのに背負えるもの全部背負って。
お兄ちゃん…馬鹿、だよ。
悔しいよ、なんでこんな簡単なこと気づかなかったんだろ。小学生でも気づくって。
自分の頬に思いきり拳を打ち込んで血を拭い立ち上がる。
あたしも、変われるのかな。
いや、変わるんだ。
自分を証明しに。
◆◆◆◆◆
「おーい、欅起きろー、起きねぇと服脱がすぞ」
「お前は阿呆か」
「これくらい言わなきゃ起きねぇんだよこいつは」
「…んぅ」
「ほら、お目覚めだ…ってフゴォ!?」
寝起きの欅の右手の人差し指と中指がオレの両目を突き刺した。何故ぇっ!?
目を押さえながらのた打ち回り叫ぶ。
(眼球が潰れた音がした気がするぞ)
「欅ぃ! まさか話聞いてたってのかよ!? だが目潰しは流石にやりすぎなんじゃねぇか」
「………」
回復したオレはぼーっとしている欅の肩を掴む。
「おい、聞いて―――ってお前、どうしたんだよその右目」
特に不思議がってもない欅だが明らかに右目の色が変色していた。翡翠色に。
「大丈夫かよ。オレが勝ったことに驚く気持ちはよくわかるが、まさか決勝戦にカラコンをつけるとは、イメチェンか?」
「違うだろ」
冷静なツッコミありがとよマイケル。
などと言ってると欅が見上げて言葉を発した。
「トーマ、ハイン」
「あ?」
「どうした?」
「ありがとね」
満面の笑みを浮かべてオレらに抱きついてきた。
状況が把握出来ないオレとハインは目を合わせ見開くがいつもと違った笑顔を浮かべている欅を見下ろすと、自然とオレたちは笑って髪を掻き回していた。
「「勝ってこい」」
◆◆◆◆◆
戦闘服に着替え終わり魔力の流れを感じたところで僕は目を開ける。
相手側の待機席からフィールドまで歩いてくるのは欅。
「…あれ、なにか良いことあった? カラーコンタクトなんてつけちゃって、可愛いよ」
「ありがと、人生について悟ったの」
「僕を護ってくれる使命を破棄しに来たのかい?」
「うんにゃ、違うよ。むしろ逆、お兄ちゃんが護りたいもののお手伝いがしたくてね」
「…そっか」
お爺ちゃんに…会ったんだね。
全く、余計なことが好きなお節介さんだよ。
欅の右目は恐らく魔界人の血が強く流れ始めたんだ。
決勝戦の直前で欅に気づかせるとは。
でも、これで欅も考え方が変わった、かな。あはは。
「これでお兄ちゃんを容赦なく潰せるね。あたしの為に、覚悟してよ!」
「ふっふっふ、欅。今の僕は昔の僕じゃないんだよ。いくら欅といっても瞬殺はされないから」
「その言い様だと負けるのを前提としているよね」
「あたり前、実力の差を知っているから。普通に戦ったら勝てるわけないし。普通に戦ったらね」
「お兄ちゃんの試合は見てないからねぇ、見てればよかったと今更後悔した」
「あはは、お互い様だよ」
「そのおかげで」
「だからこそ」
「「本気で殺れるッ!!」」
互いに身を沈め僕は柴剣を握り欅は黒の双剣を握り、跳び剣を打ちつけた。
『いやだから宣言してないから!! って園長もいないしっ!?』
◆◆◆◆◆
アリーナ外、そこでは曾祖父と風音が肩を並べて空を仰いでいた。
「欅ちゃんにも手を出したね」
「予想外でしたか?」
「あぁ、私としては欅ちゃんには関わってほしくはなかった」
「相変わらず桜ちゃんが好きなんですね」
曾祖父の言葉に静かに頷く風音は仰ぎながら腕を組み低く唸る。
「…桐佳ちゃんが死なないか心配だ。欅ちゃんは仮にも人間を殺してきている娘だ、…はぁ、今年の一年には驚かされることが多すぎる」
「逆に心強いじゃないですか。あと桐佳ちゃんは一回殺された方が起動しやすいんで」
「いつから君は残虐キャラになってしまったんだ、昔は可愛かったのに」
「長生き、してますから」
あははと笑う曾祖父につられ風音も鼻で笑う。
「といいますか、欅ちゃんが殺されないかという心配はしないんですか?」
曾祖父の質問に愚問だなと言いたげな表情を浮かべる風音。
右手を胸の前に出し拳を強く作る。
「問答無用で桐佳ちゃんを退学めさせる!」
貴女も貴女ですねと言いたげな苦笑いを浮かべる曾祖父。
「世界は、変わったな」
「えぇ、ガラッと変わりましたね」
◆◆◆◆◆
柴剣を納め飛針を十数本放つが空間自動障壁により欅ちゃんと接触はせず目の前で弾かれる。
軽く舌打ちをし桐佳さんは一~三索を高速で組み込み左にステップ。双剣の一撃をかわす。
反撃を試みようとするが欅ちゃんが身を捻りもう片方の剣で斬り上げ、判断を正し身を下げ回避。続く蹴りや剣の舞いを厳しくも流しとおす。
低い体勢の一閃、これを最善の判断を下し腰の小刀で外側から剣を弾き飛ばした。
事前に危険を感じ取っていた欅ちゃんは斬り上げの衝撃を手放すことによってゼロにしていた。
桐佳さんが反撃をしたのに流れは変わらず新たに空間から鋼の斧を引き抜きながら横薙ぎに振るう。
回避は間に合わない。ならば時間を稼ぐしかない。
平和、一盃口の二翻の障壁を高速展開。翻が低ければ低いほど展開の早さは速くなるのでほぼノータイムで展開が出来た。
斧が障壁により妨げられるが瞬時に粉々に砕かれる。
しかし横薙ぎを避けるには充分な時間、右に跳び攻撃を回避出来た。
間一髪の回避で一息つきたい桐佳さんですが欅ちゃんは一切止まってくれません。
走りながら斧をフルスイングで投球、女の子の力とは思えない速さで桐佳さん目掛けて飛んでいく。攻め込みが上手い…!
対して桐佳さんは動く様子を一つも見せませんが右腕を天に翳し、思い切り振り下ろす。
すると欅ちゃんと同じ斧が空間から展開され飛んでいる斧を上空から叩き落とした。互いの斧は粒子に還元する。
驚き眉間にしわを寄せるが攻めることを止めず先程の双剣を再展開、一気に間合いを詰めながら正面に六つ六角形を描く形に魔方陣を展開、銀のナイフを直線に放つ。
普通なら左右に回避するのが常識。けれどあの飛来物は追尾性能を兼ね備えている、左右に避けたら確実に重傷を負う。仮に避けたとしても欅ちゃんの攻撃が残っているのだ。
厳しい状況下に置かれた桐佳さんだが苦しい素振りを全く見せなく左手に持っている短刀に魔力を流し前方に投げる。
短刀は初め真っ直ぐに飛行していたが次第に不可思議な動きをし始めた。
それは法則を無視した動き。ジグザグに動きナイフを落とし宙返り、突き刺す動作でまたもナイフを落とす。
最早永久誘導、ナイフを落とすまで動きを止めないハンター。別ならば佇んでいる桐佳さんの意思がナイフを自在に動かしているのか。
全てのナイフを打ち落とし欅ちゃんの首元に飛んでいく、が結局弾かれる。
その代わりようやく欅ちゃんの動きを止めることに成功した。
その様子を見て深い安堵の息を吐く私。震える体を抱き抱え心を落ち着かせた。
「ウェポンスキル、精密動作と天才的知能を持ったお兄ちゃんには楽なスキルね。正直動きすぎてビックリだよ」
「ありがと。僕が言うのはなんだけど話してる暇があるのかなっ!!」
空間から剣や槍、ナイフを広範囲に展開、そのまま欅ちゃん目掛けて一斉発射させた。今度は桐佳さんの反撃だ。
「言うようになったね。でもトーマの真似なら」
なっ…、欅ちゃんの周りにも空間が展開され同じ様に放たれ武器の打ち合いが起こる。
「あたしだって出来るよ!」
最後の一本が宙で弾かれ地上に崩れ落ちた瞬間に互いに地を蹴りだし剣を抜く。
火花が絶え間なく散り自分の剣が折られては次の剣を取り出し打ち付け折られの繰り返し。元から装備している桐佳さんに対して空間から幾つも武器を取り出す欅ちゃんは有利。技術面でも有利、引き抜くときの隙を一切作らないのだ。
普段の桐佳さんならば体力上昇の副作用が起こり動きが鈍っていい状況なのですが未だ動けるなんて。
桐佳さんのナイフでの上段下段斬撃を同じく弾き胸辺りにエルボーを打ち込もうとする欅ちゃん。当然弾くところだが桐佳さんは迷わず身を沈めた。
何かを感じたか、欅ちゃんは身の危険を感じ両手をあごの下に移動させる。
左手の肘を固め反し平を上に突きだしあごを防ぐ両手を打ち上げた。
苦い表情を浮かべ衝撃で後ろに下がる。
(これは…中国拳法ッ!?)
欅ちゃんは今こう思ったでしょう、私も思ったから。
強い踏み込みで間合いを詰めながら姿勢を落とし右回しの足払いを払う。
体勢を立て直しきれていない欅ちゃんは無理に後ろに下がる。
「しまっ!?」
跳んでから気づいても遅い。桐佳さんは既に足元の術式を踏み距離を詰め拳を引いていたのだから。
引いた拳に雷の属性魔術魂を三つ付加し
「雷火砲拳ッ!!」
欅ちゃんがギリギリで張った障壁を軽く破壊し腹部を打ち抜いた。
吐血しながら垂直に飛び地面に二回体を打ち付け砂埃が舞ったとき完全に静止する。
「やった! やりましたよ!」
「今のは利いた筈です!」
拍手をして喜ぶ私とサラちゃんでしたがアクアさんだけは不敵な笑みを受けべながら腕を組んだ。
「残念ながら狂人はあんな一撃じゃあ障害にもならないわよ」
「? 障害にもならない…ですか?」
フィールドを指差したので目を砂埃に移す。
「……満ちるよ、戦う者として血が滾る。」
「「!?」」
そんな…。私たちは何を見ているんだ。欅ちゃん、人間だ。
人間なのに、あれは化け物だ。
口の周りは血塗れ、翡翠色だった瞳は赤ではない血の色に、髪も先端辺りが赤や不可思議な色に染まっていた。
自分で言うのもなんですが私の暴走に近い臭いを発している。獣寄りじゃなくて、人間寄りの禍々しさ。
様子がおかしいを遥かに越えている。
捻っていた首を正し元の雰囲気に戻る欅ちゃんは辛そうに、悲しそうに微笑みながら口を開いた。
「変わらない闘争なのにね、みんなの為だと思うと背中が重い。戦いに生きてるって感じ」
胸に手を当て目を瞑る欅ちゃん。
対して驚きもしない桐佳さん。
「それは多分、自分を主張出来るようになったからだと思うよ」
「主張はしてたよ、自分を拒んでいただけでね」
「僕の所為なのかなそれは」
「ううん、全部あたしの所為だよ。ごめんねお兄ちゃん、あたしのワガママに付き合ってくれて。お兄ちゃんがあたしを嫌ってた理由がわかった」
「あはは、いいよ、僕は欅の本当の笑顔が見れたからもう満足。使命を一つ果たせたんだから」
赤くなりながらも頷き微笑む欅ちゃん。
「言っちゃうけどあたしって相当頭のネジが飛んでたんだね。さっきまでのあたしがいたらきっと殴ってた」
「僕もだけど、欅はおかしかったかもね。でも薄々自分でも存在意義が増えてたことに気づいてたんじゃないかな?」
「うん、無意識に気づいてたんだ。認めたくなかっただけで」
苦笑する欅ちゃんに私も少し視線を落とす。
私も…似ていたから。
「にしても欅、急に大人びたね。考え方一つで悟り開いたみたいで。あ、やっぱトーマくんのおかげかな?」
不意打ちでの一言に真っ赤になる。そこまで赤くなってどうかしたのでしょうか? 風邪…なわけないですし。
「なっ!? もう! どいつもこいつもトーマトーマって。トーマ死ねっ!!」
「あんまりだ!?」
驚愕の表情で叫ぶトーマさんにうっさいと理不尽な言葉を放つ欅ちゃん。…ってよく見たらまだトーマさん裸じゃないですか!? アクアさんの目からハイライトが失ってきてますよ。
咳き込み真剣な表情に戻る欅ちゃん。
「中国拳法。いつの間に拳法を習ったかは知らないけど型はよく出来てるよ」
「さっき習ってね、上手な先生に教わったんだ、君も知ってる人にね」
首を傾げる欅ちゃんだが思い付かないと判断し口元を拭いその血を両手で重ね開く。すると間から空間とはまた違った異空間に近い闇から長刀を引き抜き構える。
全体的に黒で刃が赤、柄頭には何かを入れる差し込み口がある。か、カッコいいです!
(いかにも厨二臭いわね…)
目を輝かせながら長刀を見ていると長刀を逆手に持ち変え狂気染みた笑みを浮かべ。
自らの腹部を突き刺した。………え?
『は? …ちょ、え?』
唐突すぎる展開についていけない。
観客は熱が引く人、目を塞ぐ人、硬直する人。人それぞれだけど笑う人は誰一人いなかった。
体内から逆流する異物を耐え一歩二歩と後ろに下がり足腰に力が入らず倒れる。
「おっと、大丈夫?」
でも男の人が私を受け止めて立たせてくれた。黒い髪にトーマさんに近い身長を持った青年。
ありがとうございますとお礼を言うと笑い真っ先にアクアさんに挨拶をした。
この人を知っているアクアさんはどうもと言いフィールドに目を移す。そうだ、欅ちゃんが!
慌てふためく私に男の人が笑いながら頭をポンポンと叩いて驚きの台詞を言い放つ。
「あ~欅ちゃんなら大丈夫だよ」と。
「だ、大丈夫ってお腹に剣を刺したんですよ!? 致命傷じゃな――」
〝ズブッ〟と剣が抜ける音に言葉を止め振り返る。
そこには突き刺した穴に治癒魔術をかける欅ちゃんがいた。特に苦い表情を浮かべずに、当たり前のように。
「欅ちゃんはね、あの状態になると痛覚を全てシャットアウトするんだ」
◆◆◆◆◆
「で、自らの血をその子に塗ることにより性能を増す欅用の武器、『陰』。痛覚を無くすその状態と合わせれば好きなだけ血を与えられる。変わらないね、君のスタイルは」
絶句するリースとは正反対で桐佳は苦笑いで呆れていた。欅の戦闘を知る者であれば当たり前の反応なのだろう。
再び血を拭い血を含んだ唾を吐く欅は心底気分が良さそうに笑う。
「痛覚を戻した瞬間が一番恐いんだけどね。全く、変な病気持ったものだよ」
「お互い様だね」
空間から箱を取り出し索子を抜き筒子の一~三を新たに差し込み体内に戻す。
あれは動体視力の強化。反射神経を抜いてまで動体視力を上昇させるのには彼なりに考えがあるのだろう。
雀牌の存在に気づいた欅は感心の声を漏らす。
「変わったアイテムだねー」
「因みに体力上昇はこの子のおかげなんだよ」
「へ、へぇーそうだったんだ、道理で体力があるわけだ」
ここの生徒なら全員にこの情報が流れてるはずなんだけどなと言いたげに首を傾げる桐佳。
「じゃ、そいつを破壊すればお兄ちゃんは能力が激減するんだ」
意地悪そうに笑い長刀を回し。
「簡単だっ、ね!」
右に薙いだ。
(来るッ!!)
身を倒すように落とす。すると元いたX座標地に刃が走った。
あれは、鎌鼬。刃の先に多量の魔力を込め飛ばす応用スキル。並大抵の技術では刃から魔力を引き離すことが出来ないからだ。引き離す為には魔力を瞬時にOFF、ONと切り替えしなければならないらしい。
瞬時とはいえ魔力を全てシャットダウンするのは人類にとっては死に近づくのと同じ。魔力を失えば人は死ぬ、ここは魔術が生命となる世界だから。
アクア曰く慣れれば楽らしい。実際欅は
「次ぃ!」
連続して十字に斬ってくる程の実力者。
「っ!」
避けきれず左腕をかする、かすったのに桐佳の左手からは鮮血が飛び散った。
右に転がり込み飛針を二十数本投げ欅に距離を詰める。
自動障壁は正常のときのみの能力、痛覚を消している今なら通る。
欅の一振りなら全て弾くことが出来る、加えて鎌鼬を飛ばしてくる筈だ。先読みをしている桐佳は回避の体勢をとりつつ間合いを詰めてく。
長刀を頭の上に構え飛針を……違う、欅はそんな甘い戦闘者じゃない。
(さっきからの違和感は……まさかっ…!?)
なんと欅は飛針をもろに食らったんだ。にやりと悪魔のような笑みを浮かべながら。
気づいたときには遅かった。左腕をとられた、左腕を斬られたんだ、根本からすっぱりと。
爺「あはは、なんだか昔を思い出すなぁ」
ア「貴方の子でしょうが、どんだけ呑気なのよ」
爺「大丈夫大丈夫、僕なんて五体不満足になったことあるから」
ア(おっそろしいわね…)
爺「でも桐佳ちゃんも凄いよ、見て、桐佳ちゃんの左腕」
ア「…………。ふふ、あいつも狂人ね」
爺「なんてったって僕の自慢の子だもの」
次回『狂戦士VS狂人』




