第8話 : 鬼神伝説
時は、六世紀初頭――。
夏のある夜、東北の山間部に、空から大きな『光の玉』が落ちた。
それは、大地を揺るがす大音響と共に、一つの山の姿を変え、周囲の地形さえも変え、やがてその地に一つの伝説を生み出すこととなる。
『鬼神伝説』
身の丈は並ぶ者のない程大きく、その姿は異様で皮膚は赤黒く、その双眸は赤く禍々しい光を放つ。
口は耳まで裂け、その凶暴な牙は熊さえも引き裂くと言う。
「頭に、角が生えていたぞ!」 ある者は言い。
「若い娘を、取って食らうそうだ!」 ある者は噂をした。
口伝えに聞いた民話に出てくる『鬼』を彷彿とさせるその姿に、人々は『鬼神様が現れた』と、恐怖した――。
「何故だ!?」
「何故、異種交配でこうも、凶暴性が増すのだ!?」
彼らは、焦っていた。
故郷の星を遠く離れた辺境の宙域で起きた、船のエンジン・トラブル。
救難信号もままならず、不時着した未開の惑星の住民は、あまりに幼い生物だった。
テレパシーやサイコキネシスといった、精神エネルギー面での進化を遂げた彼らに比べて、あまりに粗野で暴力的で野蛮な原住民。それが、彼らの地球人に対する正直な印象だった。
その船に乗っていたのは百人余り、救助を望めない今、彼らに残された選択肢は、何もせずに滅びを待つか、この星の生物として帰化するか、そのどちらかしか無かった。
彼らとて、むざむざ滅びたくはなかった。
だとすれば、残された道は、この星の住民として帰化するしかない。
そんな中で進められた、地球人との異種間交配。
遺伝子的に見て、かなり近い種族であるこの原住民との異種間交配で、どういう訳か、原因不明の『突然変異体』の誕生が続発した。
極端に凶暴性が増した変異体、原住民が言うところの『鬼』の姿を持った個体がかなりの確率で生まれたのである。
それは、血が濃いほど、つまり、彼らの血が多く含まれる個体ほど、顕著に現れた。
やがて、彼らのうちでも、地球人に紛れ帰化する者と、あくまで彼らの血を残そうとする者とに分かれて行った。
前者は地球人の血に紛れ、たまにその血を濃く引いた者が、超能力者や霊能者としてその異能を発揮したが、後者は、船のあるその東北の山間の地で、ひっそりとその血を絶やすことなく生き続けていた。
いつか、故郷の星に帰れることを夢に見て――
「それが、『鬼隠れの里』なの……?」
「……ああ。そうだ」
『荒唐無稽』と言う言葉が、茜の頭を掠める。
『鬼』どころじゃない、『遭難したエイリアン』が出て来た。
もう、茜の理解の範疇を越えていた。
「じゃぁ、敬にぃも、私も、その宇宙人の子孫なんだ……」
何だか、おかしくてクスリと、力のない笑いが漏れる。まさか、鬼から宇宙人が出てくるとは、思いもよらなかった。
「良く聞け、茜」
敬悟が、茜の両肩に手を置き、茜の目を見据える。
「俺は、血の濃さから言えば、四分の一、つまりクオーターだ。上総でハーフ。そして、茜、お前は、『主』と呼ばれる、リーダーを除いて現存する、唯一の純血体なんだ」
「え? なにそれ?意味が分からないよ?」
「……お前は、100パーセント、彼らの血を引いている、と言う事だ」
茜は、必死に敬悟の言葉を理解しようとした。
理解しようとはしたが、どう考えても、意味が分からない。
「100%って、それ……私って、人間じゃないってこと……?」
「地球人の血は入っていない」
淡々と語られる、事の重大さに茜の思考能力が付いていかない。
『お前は、100%エイリアンだ』とそう言われたのだ。
はい、そうですか、と理解出来る訳がない。
「だって、お父さんは? お父さんは、普通の人でしょ……?」
だったら、100%エイリアンなんんてことは、あり得ないじゃない。茜は、そう思った。
「……お前の生物上の父親は、おやじさん、……神津 衛じゃない。18年前、お袋さん……、木部 明日香が、遺跡の発掘中の落盤事故でこの里に身を寄せていた神津 衛と共にこの里を出奔したとき、既にお前は明日香に宿っていたんだ。お前の父親は、『主』と呼ばれる、木部の惣領だ――」
「え?」
思いもよらない敬悟の言葉に、茜は息を呑んだ。
「明日香は、100%の純血体だった。その彼女と、やはり100%、彼らの血を持つ『主』との間に出来た、唯一の完全体、それがお前だ――」
「上総さま」
自室で一人あぐらをかき、まるで瞑想でもしているかのように目を閉じて動かない上総の元に、報告が入る。
「何か?」
「里の結界付近に、人が集まりつつあります。遭難者の捜索だと言うことですが……」
ニヤリと、上総の口の端が上がる。
「放っておけ。どうせ、普通の人間は、ここには入って来れない。事が済むまで騒がせておけ」
「はい……」
明日は、折しも満月の夜――。
「守りの石」
そして、現存する「純血体の娘」
その力を得れば、この世に怖い物など無くなる。
それを使って、この世を支配してみるのも、また一興。
上総にとっては、先人の遺志などどうでも良かった。
見たこともない故郷の星などに、興味も関心もなかった。
「儀式が楽しみだな」
ニヤリと嗤うその口の端に、ぬらりと大きな犬歯が光る。
血のように赤い唇とのコントラストが、余計にその禍々しさを強調していた。