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第6話 : 鬼隠れの里

「ちょっ、ちょっと、敬にぃ〜〜〜〜!」 


「……どうした?」


「少し、休もう〜。私、もうダメ……」


『ここが木賀暮に行く入り口だ』と言って教えられた、人一人が通るのがやっとのような細い山道を、日の出とともに登り初めて4時間あまり。だんだん険しくなる道に、茜が音をあげ始めた。


 運動部だとは言っても、『弓道部』。何時間も山登りが出来る根性と体力は、元々持ち合わせていない。その上、『もしも』の為に用意した食料や何やらが、背負ったリュックを重くしていた。


 敬悟が腕時計を、ちらっと確認する。

 午前10時。先刻休憩してまだ30分しかたっていなかった。


「もう少し、がんばれ。もうそろそろの筈だから。それに、ここは『熊』が出るそうだから、急いだ方がいい」


 少し遅れていた茜が『げっ』と言う顔をして小走りになる。

 動物は嫌いな方では無かったが、さすがに『熊』とご対面は御免被りたかった。


 熊笹が両側から生い茂る、道とも言えない道を無言で登る。先を行く敬悟の背中を目標に、半ば機械的に歩いていた茜は、敬悟が立ち止まったことに気が付かず、その背中に鼻から激突してしまった。


「痛った〜い! どう……」 どうしたの? と聞こうとして、上げた視線が固まる。 


 いつの間にか、風景が変わっていた。登り切った先に突然台地が開けていて、そこに奇妙な物が建っていた。


「な、何これ?石の鳥居?……」


 大きな石――。


『巨石』と行って良い程の大きな石の柱が大地から生えていた。

 直径は二メートルはあるだろうか。それは十メートルほどの間隔で垂直に建っていて、その柱と柱にはしめ縄が渡されている。

 茜は、『鳥居』を連想した。 


「結界だな……」

 

「えっ?」

 敬悟の呟いた『ケッカイ』と言う言葉の意味が分からずに聞き返す。 


「いや、何でもない……。恐らく、これが『鬼隠れ』の入り口だ。迎えが来ている」


「ええっ!?」


 茜が驚いて、もう一度『鳥居』を見直すと、その向こう側に人が立っていた。

 男だ――。

 遠目にもそれと分かる程白皙の、髪の長い若い男――。

 茜には、敬悟とそれほど年が違わないように見えた。 

 敬悟が茜の手を、ぎゅっと握る。その手が、震えているような気がした。


「敬にぃ?」


 茜は、訝し気に敬悟の横顔を見上げた。前を見たまま歩くその厳しい表情がいつになく怖かった。


「茜、一つだけ言っておく……」


「え?」 


「誰も、信用するな――」 まるで吐き捨てるように呟く。

 

 誰も、信用するな?

 

 どういう意味か聞き返そうとする茜の言葉を遮るように、ぐいぐいと敬悟が手を引いて行く――。


 鳥居の前まで来た時、鳥居の向こう側で近付いて来る茜たちをジッと見詰めていた男が、初めて口を開いた。

 低いトーンの落ち着いた声が、静かな山の空気を揺らす。


「お待ちしておりました。私は、この町の木部一族の当主に仕えています、木部上総きべかずさと申します。生憎、主は不在ですが、おもてなしをするようにと言い付かっています。さぁ、どうぞこちらです」


 にこやかに二人を促す。


――うわ…。色、白い。って言うか、凄い美人……。


 茜は、遠目にも際立っていた男の肌の白さとその美貌に目を奪われた。

 すっとした切れ長の目は明るい鳶色で、鼻筋の通った端正な顔をしている。その唇は、肌の白さを強調するように真っ赤だった。

 茜も敬悟も家系なのか色白な方だが、男の肌の白さは群を抜いていた。


 ぽかんと男に見とれつつ、敬悟に手を引かれてしめ縄の下をくぐった瞬間、言いようの無い感覚が茜を襲った。


 空間がぐにゃりと、歪んだ――ような気がした。

 一瞬の、無重力感。

 そして『目眩』に似た感覚の後、すっと体が軽くなる。


 あれほど疲労していた身体が、何もなかったように回復していた。


 何……? この感じ――。


「さあ、どうぞ」


 にこやかに笑う男の唇の赤さが、茜には、まるで血の色のように思えた。


 


 


 意外だったのは、『鬼隠れ』の町がごく普通の町だったことだ。

 確かに古びてはいるが、道路も狭いながら舗装されていて、建っている人家もごく普通の物だった。

 忍者映画に出て来るような『隠れ里』的なものを想像していた茜はきょろきょろと周りを見回す。

 畑には農作業をしている人達がいて、茜たちに気付くと軽く会釈をした。


――普通の町だよ、ね……。本当にここがあの鬼の言っていた『ギガクレ』なの?


 あまりの町ののどかさと変哲のなさが、茜の不安を嫌でも仰ぎたてる。

 上総の手前、その話をするのもはばかられ、茜は隣を歩く敬悟の服の裾をつんつんと引っ張った。


 敬悟は茜にちらっと視線を送っただけで、何も言わずすぐに前を向いてしまう。そのまま無言で上総の後を付いて行く。


――敬にぃ?


 いつもとは明らかに違う敬悟の反応に、茜の不安感はますますふくれ上がって行った。 


 案内されたのは大きな日本家屋だった。


 ――うわっ……。時代劇みたい。


 家と言うよりもはや『お屋敷』と呼ぶにふさわしいその重厚な門構えに茜は、修学旅行で見学した武家屋敷を思い出した。


 家の周りをぐるりと囲う板塀。

 その中心にある茅葺きの大きな棟門をくぐり、手入れの行き届いた庭木の間をしばらく歩くとやっと玄関に到着する。


 待ち構えていた家人の女性に案内され、その広大な屋敷の一番奥の部屋に通された。

 二十畳はあろうかという大きな和室だ。上総に促され、その中央にある大きな座卓の手前側の席に、茜と敬悟が並んで座る。


「意外ですか? 茜様」


 笑いを含んだ声で、上総に聞かれて、茜はとぎまぎしてしまう。そして、ふと奇妙なことに気が付いた。


――あれ? 私まだ名乗っていないよね?


「あの……。どうして私の名前を?」


 茜は気付いていないが、『茜たちを迎えに来た』と言うこと自体が異常だった。なぜ今日、あの時間に茜達が来ることが分かっていたのか。


「存じていますよ。貴方は、私どもがご招待したからみえたのでしょう?」


 ニヤリ、と上総の赤い口の端が上がる。


「え‥‥?」


 上総のその笑みに、茜はいつかのあの赤鬼の影を見て、ぞくりとした。

 姿形は全く違う――

 あの鬼は身長は二メートルはあった。上総はせいぜい180センチは無いだろう。それに骨格が違いすぎる。

 茜は、それでも、「同じモノ」だと感じたのだ。


「あ…なた、あの時の――」


 思わず胸のペンダントを握りしめる。

 ペンダントは、微かに振動していた。ほのかに熱を帯びてくる。


「お止めなさい。ここからは、逃げられませんよ?いつぞやは逃がしてしまいましたが――」


 口は笑っているが、その目には柔和さの欠片もない。

 それが、陽炎のように赤みを帯びてくる。

 恐怖心に駆られて思わず立ち上がって後ずさると、その背が「とん」と何かにぶつかった。

 びくっとして振り返ると、いつの間にか立ち上がっていた敬悟がいた。


「け、敬にぃ! この人、あの時の鬼だ!姿は違うけど、絶対そうだよ!」 


 その手を必死に引っ張って部屋を出ようとする茜に、上総の冷たい声が飛ぶ。


「無駄です。その男は、貴方を助けてはくれませんよ」 


「えっ?」


 意味が分からずに、茜は動きが止まる。 


「その男は、あなたの従兄の『神津 敬悟』ではありません。本当の神津敬悟は、十六年前の事故で母親と共に死んでいます」 


「えっ?」


 何を言っているのか、茜には理解出来なかった。

 無言で立ちすくんでいる敬悟の顔をのぞき込む。

 息が止まった――。


 その瞳は、赤く禍々しい光を放っていた。

 それは、上総のそれと同じ物だった。


「け、敬にぃ!?」


 掴んでいた茜の手を敬悟がゆっくりと、外す。


「うそ…でしょう?」


 信じられずに、呆然とする茜に追い打ちをかけるように上総の言葉が続く。 


「ああ、貴方の親友の高田真希。彼女を鬼人化させたのは、彼ですよ」


 とっておきの話をするかのように、楽しげに話す上総の言葉に、もはや茜は発する言葉を失っていた。


『誰も、信用するな――』

 

 あの時、敬悟の言っていた言葉を、茜は、麻痺してしまったような心の片隅で思い出していた。


 






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