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第4話 : 家出

「う〜ん……。ふっぁああ〜っ」 


 車の心地良い振動を子守歌に、スヤスヤと眠っていた茜が大あくびとともに、目を覚ました。


「お目覚めですか? お嬢様。しっかし、デカイあくびだな……。のどちんこ丸見えだぞ」


 茜はまだ運転免許を持てる年じゃないので、これ幸いとナビゲーターという名の乗客に徹していた。運転手は勿論、敬悟である。


「今朝、早かったからな。もう少し寝ていてもいいぞ。どうせもう3、4時間は掛かるからな」


「え? 3、4時間って、行き先決まっているの!?」


 勢い込んで家を出たはいいものの、”これから何処をどう捜せばいいのかなぁ”と考えていた茜は、驚いて倒していた助手席のシートを起こして身を乗り出す。


「まあな。お前と違うから、当てもないのに無鉄砲に飛び出すかっつうの。ダッシュ・ボード、開けてみな」


「何これ? 市役所の封筒?」


 茜たちの住んでいる地区の市役所の茶封筒がある。中を覗くと白い書類が入っていた。


「家族全員の住民票……? これがどうしたの?」

 

「前に、大学で使うのに余分に取っておいた分だ。お袋さんの所、見てみな」


「お母さんの所?」


 母の生前の住民票なので、勿論、母の名前も書いてある。


 「神津 明日香。……と、現住所と本籍地、が書いてある……えっ!?」


 茜は驚いて声を上げた。

 住民票には通常、前住所が記載されている。

 そこには、母の以前の住所、つまり結婚前の住所が書かれていた。 


「 I 県 T郡 木賀暮町 ……キガクレ町?」


「敬にぃ! これって!」


 偶然の筈はない。

 問題の『石』は母が『守りの石』だと言って茜に身に付けさせていた物なのだ。

 その母の郷里が『木賀暮町』と言うのなら、まず間違いなく『あの声』が言っていた『キガクレノサト』だろう。


 茜の母、明日香は身内がいなかった。

 だから今まで、母の郷里の事が家族間で話題に上った事はなかったのだ。『キガクレ』と聞いても、茜が気が付かなかったのは無理からぬ事だった。


「何だか、拍子抜け……。こんなに簡単に分かるなんて」


 ――ん? 待てよ。


「って言うか、敬にぃ、最初っからこれ知ってたんじゃない! よくも”捜す当てはあるのか?”よ! 人が悪いんだらっ!」



”んもうっ!”とぷりぷり怒っている茜を意に介せず、敬悟は淡々とハンドルを握っている。


「腹が空いたら、後ろにオニギリ買ってあるから、適当に食べな」


 そう言って又、運転に集中する。

 一人で怒っていても仕方がないので、茜は寝ている間に敬悟が高速のパーキングで買ったらしいオニギリにぱく付く事にした。


「ほう、いへはさ」


「飲み込んでから、話せよ。行儀悪い」


 オニギリを頬張りながら何やら、もごもご話し出した茜に、ため息混じりに敬悟が釘を刺す。


「ふ、ふぁ〜ひっ」


 茜は慌てて、まだほの温かいペットボトルのお茶で、ぐびぐびと口の中のご飯を流し込んだ。


「そう言えば昨夜の赤鬼のこと、敬にぃ 覚えてなかったでしょう? あれって、どう言うこと?」


 茜の質問に、敬悟が考え深気な表情をする。


「……多分、記憶の操作とか、そう言うんじゃないか?」

 

「そっかー。鬼が出て来るんだもんね。何でもありそうだよね……」


 ゴクリ――。


 飲み込んだつばの音が、やけに大きく響いた。

 

「ああ。茜の携帯の電源、切っておいたからな。自分が掛けるときだけ、電源、入れるようにしろよ。真希ちゃんはどうやら、携帯を通して操られたみたいだから」


「う、…うん!」


 さすが、敬にぃ! 良いところに気が付くなぁ。と、さっきまで怒っていたのは何処へやら、電源の切れた携帯をマジマジと眺めながら「お父さん、心配してるだろうなぁ……」とのん気に考えていた。


 一人ではないこと、まして一緒にいるのが「一番頼りにしている、敬にぃ」であることが、茜が今一深刻にならずにいる原因かもしれなかった。


 何処かへ小旅行するような、多少の不安感と期待感。そんな何処かわくわくするような感覚が、この時の茜にはあった……。


 車はひたすら高速を北上し、目的地『木賀暮町』へと向かっていた。





「どうです教授。連絡、付きましたか?」


「……いや。どうも、電源を切ってあるようだ」


 先刻から、しきりと携帯で連絡を取ろうとしていた、神津 衛は一つため息を付くと、諦めたように、携帯をパタンと閉じた。


 茜と敬悟の携帯に代わる代わる掛けてみたが、どちらも「電源が入っていないか、電波の届かない――」のアナウンスが、虚しく流れるだけだった。


 勤務先の大学の研究室である。

 十二畳ばかりの室内は、書籍だの発掘品のサンプルだので所狭しと埋もれていた。早朝なこともあって、衛ともう一人、研究室主任の有沢由美ありさわゆみがいるだけだった。


「……という訳で、私は当分大学を休む事になりそうです。申し訳ありませんが、後のことを頼みます」


 由美が神妙に、頷く。


「ご心配なさらずに。こちらは、何とでもしますわ」


 そう言って頼もしく笑った。

 この今年三十歳になる有沢女史は、優秀で有能だ。

 優秀であることが必ずしも、イコール有能とは限らないのが世の常だが、この人に任せておけば心配はいらないだろう。


「宜しく頼みます。何かあったら携帯に連絡を入れて下さい」  




「敬悟君らしくないわね……。そんなに、無鉄砲な事をする人間じゃないんだけど」


 衛を見送った後、由美が一人呟く。

 ここの学生でもあり、考古学専攻でもある敬悟のことは良く知っている。何より、衛の甥っ子で、発掘にも何度も同行している。真面目で、優秀な学生だ。性格もまず立派な物だ。

 シスコンなのが玉にきずだが。


”ちょっと、子供達が家出をしてね……”

 衛はそれしか言わなかったが、何か訳がありそうだった。


「奥様を亡くされたばかりなのに……」


 尊敬する神津教授の為だ。

 講演のキャンセルやその後の段取りや、やらなくてはならないことは山ほどある。彼が戻ってきたときに嫌な思いをしないで済むように、自分のすべき事をするために、由美は研究室を出た。


 


 

 濃密な青い闇の中、何かが蠢いていた。

 近付いて来るものを感じて、それは「ニタリ」と笑ったようだった。 


『早ク来イ。


 我ハ、コノ時ヲ待ッテイタ……。 


 早ク来イ。我ガ、愛シ子ヨ……』 



 その笑いは、哄笑となって、闇に吸い込まれて行った――。








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