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第2話 : 青い闇

 

 ――あれ?

 ――ここは、どこだ?


 目を覚ました茜は、自分のいる場所が何処なのか分からずに、きょろきょろと周りを見渡した。

 ゆっくりと起きあがる。


 そこは、不思議な場所だった。

 暗闇では、なかった。


 でも、周りに何があるのか分からない、言うなれば濃密な「青い闇」


 両手を前に突き出して、探ってみる。

 じりっ、じりっと、進んでみるが、その手には何も触れなかった。


「敬にぃーっ」


 呼ぶ声が、恐怖にかすれる。


 あの時……。

 あの『鬼』を見て、青い閃光に意識を焼かれる瞬間、聞いたのは間違いなく、敬悟が自分を呼ぶ声だった。

 なのに、どうして敬悟はいないのだろう?

 今、自分がいる場所が、何処なのか分からないことよりも、敬悟がいないことの方が怖かった。


――まさか、あの鬼にどうかされてしまったの!? 


「敬にぃっ!」 


 返事はない。

 無限とも思える静まり返った空間が、ただ広がっているだけだった。


「神津 敬悟! 返事しろーっ!」


 張り上げた声が、吸い込まれるように消える。


「何で、いないのよぅ……」


 心細さに、泣きたくなる。


 幼い頃から一人ぼっちが、大嫌いだった。

 きかん気が人一倍強い子供だった反面、人一倍寂しがり屋でもあった。

 一人が怖いと言って泣く夜は、いつも隣に敬悟がいた。


『大丈夫だよ、茜ちゃん。僕がいつも一緒にいるからね』


 そう言って、いつも茜が寝付くまで、手を繋いでいてくれた。

 いつの頃からか、さすがに年頃になってそう言うことはなくなったが、子供の頃から刷り込まれた頼り癖は、そうそう抜けるものではなかった。


 無意識に、胸のペンダントを握りしめる。


――だめだ、落ち着け。考えるんだ。

  今、どうすればいいのか。

  今、出来ることを考えるんだ、茜!


 ふぅ、と一つ大きく深呼吸をする。

 弓道の試合の時、弓を射る瞬間、いつもそうするように精神を統一する。


 ――そうだ、見えないのなら、聞けばいい。


 そう思い当たった茜は、耳をすます。


「あれ? この音……」


 低い、微かな振動音が聞こえた。


 地面に手を当ててみると、確かに微かだが地面も震動している。この震動が大きくなる方へ行けば、何か分かるかも知れない。


 地面の震動を手のひらでたぐるように、這い進んで行く。


 人間、進む方向性が決まると図太くなるらしく、「こんな格好、人には見せられないなぁ」などど、呟く余裕が出てくる。

 どれくらいそうしていただろうか。音が大きくなるにつれて、周りがほの明るくなって来た。

 それでも、周りに何かが見える訳ではなかったが――。


「いったい、どんだけ広いのよ!?」 


 奇妙だった。

 明るさは確実に増して来ているのに、相変わらず、周りがどうなってるのか把握が出来ない。

 よほど、広大な空間なのか、もしくは……。


「何もない、なんてことないでしょうね!?」


 嫌な汗が、背中を伝い落ちる。

 一瞬、自分が異次元にでも、迷い込んでしまったような気がしたのだ。

 少なくとも、手のひらに感じる地面は普通の土だ。壁や天井は見えないが、おそらく、そんなに突拍子のない物であるはずがない。


 突然、視界が開ける。


 青い闇の中、そこだけが、スポットライトを当てたように浮かび上がり、人がいた。

 明るい色の長い髪が、目につく。


 ――髪の長い、女の人?


 茜は、ホッとして立ち上がり、制服のスカートをぱんぱんと払いながら、声を掛ける。


「あのー、すみません」


 何とも間の抜けた会話だが、他に声の掛けようがないから仕方がない。

 女が、ゆっくりと茜の方へ、顔を向けた。


「えっ……?」 


 驚きのあまり、茜は言葉が出ない。


 振り返ったその人は、茜の良く知っている人物だった。

 色素の薄い茶色の、優しくウェーブのかかった綺麗な長い髪。

 柔らかい、その髪の感触が好きだった。


 でも、そんなはずはない。

 その人のはずがないのだ。


「お、お母さん……?」


 声が、かすれる。


 女がニッコリと微笑えんだ。

 その優しい笑顔は、見まがうはずもない、母、明日香のものだった。


――ああ、そうか。

  お母さん、死んでなんかいなかったんだ。


  だから、私、泣かなかったんだ。


「お母さん!」


 駆け寄ろうとした茜の足が、ピタリと止まった。


 ニィッ――と、女が笑ったのだ。 

 上がった口の端から、白い、大き過ぎる犬歯が覗く。

 禍々しい程の輝きを放つ双眸。


 それは、あの鬼と同じものだった――。


 あまりの恐怖で、金縛りにあったように動けない茜に、母の顔をしたそれは言った。


「石ヲ、返セ」と。


 ――また石?


   何のこと?


   私、そんな物、持ってない。


 訳が分からず首を振る茜の胸に、突然灼熱感が走る。

 驚いて反射的に胸に手をやると、ペンダントに触れた。

 

「熱っ!?」


 触れた手に伝わる熱に驚いてペンダントを見詰めると、青白く発光している。

 瞬間、それがあの「閃光」に変わる。 


――ああ、あの光、このペンダントだったんだ……。

 


 再び薄れ行く意識の下で茜は、ぼんやりとそんなことを思った。









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