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第17話 : 帰宅

 チリン――。


 何の音だろう? 鈴の音?


 チリン――。


 ああ、そうだ。ペンダントがチェーンにぶつかる音だ。


 あれ?

 でも、ペンダント壊れちゃったんじゃなかったっけ?


 

 茜は、ぼんやりとした意識の下、目を開けようとするが、どうしても開かない。ただ、とても懐かしい波動を感じ取っていた。

 優しい暖かな心地よい波動。


 そう、まるで――。


「お母さん……」


 そこは白い空間だった。何も無いただ白い空間。

 そこに、茜と敬悟は横たわっていた。


 傷だらけの二人の身体を、白い華奢な手が優しく撫でる。

 すると、不思議なことに、傷が最初から無かったように掻き消えて行く。


――茜。


――敬悟。


――良く頑張ったね。偉かったね。


――もう、良いのよ。もう、全て終わったの。


――さあ、お帰りなさい。あなた達の生きるべき世界へ。待っている人たちの元へ。


 チリィーン。




「いたぞ! 生存者だ!」


「タンカだ。タンカを早く」


 次に茜達が目を開けたとき、タンカに乗せられて、近くの民家に運ばれるところだった。

 結界の発生装置が破壊されたことにより、木賀暮の町に入れた捜索隊は、そのまま洞窟崩落現場の救助隊となった。

 洞窟の崩落であちこちケガをしていた筈の二人だったが、どう言う訳か、かすり傷一つ負っていなかった。

 その訳を、茜は分かる気がした。


「お母さん」


 お母さんが、助けてくれたんだよね?

 茜は、以前と同じように、胸に輝いている青いペンダントを、ぎゅっと握りしめた。


「茜! 敬悟!」

 人垣をかき分けて来る、懐かしい父の顔が見えた。

 家を出てからほんの数日しかたっていないのに、まるで何年も離れていたようなそんな気がした。


「お父さん……」


「親父さん……」


 心配げに二人を乗せたタンカをのぞき込んでいた父・衛の表情が二人の無事を確認して、ふっと和む。


「仕方の無い子供達だ。あまり心配をかけさせないでくれ。胃に穴があきそうだったよ」

 そう言って、ごちん、ごちんと、二人に軽いげんこつをお見舞いした。




 翌日、茜と敬悟は、麓の病院で『健康体』のお墨付きを貰い、すぐに退院許可が出た。

 元々、かすり傷一つ無かったのだから当然ではあった。


「さあ、家に帰ろう二人とも」


 病院の駐車場で、車に乗るように促す衛の言葉に、『否』と、敬悟が首を振る。


「敬悟?」


「俺は、一緒には行けません……。理由は、茜に聞いて下さい。今まで御世話になりました」


「なっ? 何言ってるの、敬にぃ!」


 深々と頭を下げた後、一人で行こうとする敬悟の腕を衛が掴んだ。

 その力は強くも弱くもなかったが、振り払って行く事が敬悟には出来なかった。


「お前が本当の『神津敬悟』ではないことは、最初から分かっていたよ」


「えっ!?」


 茜と敬悟が同時に、驚きの声を上げる。

 

「敬悟が家に来たとき、明日香が言ったんだよ」

 衛が穏やかな笑みを浮かべた。


『ねえ、あなた。この子は本当の敬悟君じゃないけれど、きっと茜の良いお兄ちゃんになってくれるわ。これは私の予言。だから、この子は神津敬悟として育てましょう』


 まるで最高の悪戯を思いついたように、楽しげに笑った妻。

 最愛の女性の言葉に、衛が異を唱えるはずもなかった。


「お前は、神津敬悟だよ。今も昔もね。育てた私が言うんだから間違いないさ」


 はい、とうなずく敬悟の瞳から一筋涙が伝い落ちた。


「そう。そう。間違いない!」


 茜が明るい声を上げる。


「……俺は、お前に育てて貰った覚えは無いぞ」


 そう言って顔を上げた敬悟の目に、もう涙は無かった。


「茜の『オムツを替えた』覚えはあるけどなっ!」


 そう言い放つと、敬悟は車に向かって駆け出した。


「敬にぃっっ!!」


 茜が、ふくれっ面をしてそれを追って行く。


 衛はその様子を見て、ため息をつきながら「やれやれ……」と呟いた。



 

 遠くでアブラゼミが一斉に鳴き始める。


 七月、今日も暑い一日になりそうだった。




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