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第15話 : 青い闇の果て

 

 はあ、はあ、はあ――。

 息が上がる。自分の心臓の音しか聞こえない。


 茜は、ひたすら走った。

 辺りがだんだん濃密な「青い闇」 に支配されると、今度は、手探りで歩いた。

 洞窟の奥――。そこは紛れもなく、あの「青い闇」 だった。


 途中までは、確かに普通の薄暗い洞窟だった。だが、あるところを境に、空間が変わった。

 岩肌は見えなくなり、歩いている地面しか認識出来ない、まるで無限の闇――。

 後ろを振り返ってみても、同じ無限の闇が広がっている。茜は一瞬にして自分がどちらから来たのか、分からなくなった。


 ゾクリ、と恐怖感が沸き上がる。


「ああ、もうっ!」


 後ろなど振り返った、自分のドジさ加減と方向音痴を呪ったが、そんなことをしていてもどうにもならない。こうしている間にも敬悟は戦っているのだ。


 ブルブルと頭を振り、気持ちを切り替えると、おもむろに着ている白装束の裾を ”えいっ” とめくり上げ、地面に四つんばいになり、両の手のひらで、微かな振動音を手繰って行く。


「ううっ。私って、とことん進歩がないなぁ……」


 恐怖感を紛らわせるように、そんなことを呟きつつ、はい進んで行く。

 と、突然、出した右手の下の地面が無かった。


「きゃあっ!?」


 右手を踏み外して、ぐらりと体が傾く。

 左手を必死に踏ん張ったが、勢いが付きすぎて踏み止まれない――。ぐるん、と天地が逆転する。

 ダメだ、落ちる! とっさに、両手で頭を庇う。


 ぱあっ――と、青い閃光が走ったような気がした。


「あ……れ?」


 痛くないぞ? そんなに大きな段差じゃなかったのかな? 


 頭を覆っていた手をゆっくり外し、恐る恐る目を開けると周りは、ほの青い光で満ちていて視界が開けていた。

 遥か下の方に、何か金属質の妙にこの場にそぐわない物が見える。


 え、下の方……?


「あ、あれ?」


「ドジもここまで行くと、もう何も言う気が起きないな……」


 誰かが、茜の右足首を掴んでいた。と言うより、落ちていく茜の足を掴んで助けてくれたのだ。

 茜は、血が上りつつある頭を、声の主に向ける。


「敬にぃ!?」


 敬悟が、崖っぷちに身を乗り出して、茜の右足首を掴んでいた。もちろん、着物でそんな状況になれば、見事な姿になる。腰の所まで捲れ上がった裾。むき出しの腿――。


 一瞬の空白の後、悲鳴と共に、茜が着物の裾を持ち上げようとワタワタと身じろぎをした。


「ばっ!ばかっ! 暴れるなっ。今、引き上げるから」


――そんなこと言ったって!


「お前、少しダイエットしろ……」


「失礼ね! これでも標準体重よっ」


 少しうんざりした様子で呟く敬悟の言葉に、茜がむくれる。が、そんな場合じゃないことにすぐ気付く。薄青い光の中でははっきりと見えないが、敬悟の全身は明らかに血で染まっていた。


「け、敬にぃ、ケガしてるの!?」


「大丈夫だ。もうほとんど塞がってるよ」


 実際、あれほど酷かった出血は止まっていた。さすがに痛みはあるが、上総の鬼の爪で引き裂かれたはずの深い傷は、あらかた塞がっていた。四分の一、自分の体に流れている鬼の血のなせる技か――。


 黙り込んでしまった敬悟に、茜がためらいがちに尋ねる。


「敬にぃ。上総は……?」


「……死んだよ」


 死んだ――。上総が。あの残酷な恐ろしい鬼が、死んだ――。

 同情なんか、しない。

 しないけど。


「敬にぃ……」


 茜は、敬悟が泣いているような気がして、両の手のひらでその頬にそっと触れてみた。


「茜?」


 涙が流れているわけではなかった。

 でも、心はきっと、血の涙を流している。


 敬悟は、「神津敬悟」 という人間は、相手が例え半分が鬼だとしても、人を殺めて平気な人間じゃない。


「敬にぃ……」


 茜は背伸びをすると、両手を伸ばした――。


「う、うわっ? こら何するんだ! ジャリジャリするぞっ!?」


 茜は、敬悟の頭をぐりぐりかき混ぜていた両手をはた、と止めた。


「あ、ゴメン。這って来たから、手、砂だらけだった。あはは」


「ったく……」


 敬悟が頭をぷるぷる振りながら、一瞬、別のことを期待した自分に苦笑いをする。


「しかし、これだけ深い崖だと降りようがないな」


 落差が二十、いや三十メートルはある。飛び降りれるような高さではない。よしんば降りられたとしても、上がっては来られないだろう。


 上総は、結界の発生装置と宇宙船の起爆装置が連動していると言っていた。発生装置を壊せても、退路を確保出来なければ何にもならない。


「あの中心にある丸い金属の固まりみたいのが、発生装置なの?」


「ああ。多分な」


 どうする? 茜を先に逃がして、自分だけで何とかするか――。いや。そもそも、すんなり外に出られるのか?

 敬悟が自問自答する。


「ねぇ。さっきから気になってたんだけど、この青い光、何なのかな?」


「何って、そのペンダントだろう? 気が付いてなかったのか?」


「へっ?」


 茜が間の抜けた返事をしながら、自分の胸のペンダントを掴む。

 とたんに、視界が闇に包まれ、茜は慌てて手を放した。


「そっか……。お母さんが助けてくれてるんだ――」


 ビィィーン。


 ペンダントが不意に振動を始めた。熱を帯び始めているのが茜にも分かった。


「な、何? 急にどうしたの!?」


「茜!!」 


 びゅんと唸りを上げて、黒い大きな影が茜のいたあたりを掠めた。敬悟が引き寄せなければ、直撃を食らっていただろう。


「何!? 何なのっ!?」


 二人の目の前で、黒い影が渦を巻いて一塊りになる。


 付いては離れ、やがてその影は大きな、それも桁外れな大きさの人影に変貌した。その頭には、鈍く光る真っ赤な双眸。そして、その頭頂部には一本の鋭い角が生えていた。


「お、鬼!? 上総の他に、鬼がいたのっ!?」


「いや、少なくてもこの里にはいないはずだ……!」


 茜を背に庇い、じりじりと後ずさる敬悟にも焦りの色が隠せない。

 目の前にそびえ立つような異形の影、その大きさは上総の比では無かった。敬悟の身長が、膝の高さにも満たない。

 

『帰れ! 我らが意志を阻む者は、去れ!』


『去れ!』


 それは、一人の発する”声” ではなかった。言わば、たくさんの意識の集合体。


 二人は、じりっ、じりっと崖っぷちに追いつめられてしまう。

 カラン、カランと淵が崩れて落ちていく。


『去れ!』


「きやぁあっ!!」


 黒い影が二人をなぎ払う瞬間、敬悟は茜を抱え込むと後ろに、深い崖へと飛んだ。


 ヒュウ――。


 風を切る笛のような音と共に、二人は深い崖下へと落ちていった。







体調不良のため、前話投稿から大分期間が空いてしまいました。

読んで下さっている読者の皆様、本当に申し訳ありませんでした。

最終話まであとわずかですが、最後までお付き合い下さると嬉しいです。

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