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第14話 : 対決4

 ひゅっ――と、風が鳴る。

 瞬間、びっと言う音と共に、血が霧のように飛散した。


「けっ、敬にいっ!!」


 上総の右肘から先だけが、赤鬼のそれに変化していた。


 どちらかと言えば細身の上総の肘に、取って付けたように生えている鬼の腕――

 そのグロテスクな鬼の鋭い爪から、引き裂いた敬悟の返り血が、ぽたぽたと伝い落ちた。



「どうした? さっきみたいに、鬼に変化してみたらどうだ?」

 左頬を浅く斬りつけられた敬悟が、流れ落ちる血を手の甲で拭いながら、上総に問う。


「あなた相手に本気を出しては、簡単すぎて面白みがないですからね――」


 だが、そう答える上総の顔には、今までのように嘲るような笑みは張り付いていない。

 それは、彼の余裕のなさを如実に表していた。


「……なら、本気にさせてやるよ」


 だあっ――と、敬悟が上総に向かい駆け出す。

 真正面から飛び込んで行く。

 上総の鬼の腕がそれを薙ぎ払おうと、振り上げられる。


「敬にぃ! 危ないっ!」 茜が思わず目をつぶる。


 敬悟が身を屈めて、振り下ろされた鬼の腕の肘の上の部分を、生身の上総の腕を、下から薙ぎ払い、渾身の力を込めて上総の鳩尾に拳を叩き込む。


 ザンッ――上総が後ろに倒れ込み、げほげほっと苦しそうに咳き込んだ。


「ちっ……」


 上総が血の混じったツバを吐き捨てながら、ゆっくりと立ち上がる。


「全く、計算外でしたよ……」


 ふう、と一つ息を吐き、上総がぎゅっと目をつぶる。


 次の瞬間、開けたその瞳は、真っ赤な鬼の目に変化していた。

 その犬歯が大きく牙のように伸びて行く。

 茜は、それを金縛りに在ったようにただ見詰めていた。


 「これくらいで、充分ですね」


 人の姿に、鬼の右腕。


 赤い双眸に、鋭い牙――


 半人半妖の、上総の姿。それは、鬼そのものよりも、見る者に恐怖心と嫌悪感を抱かせる。人であって人ではないモノ。でも、それは、敬悟の中にも確かに存在するモノでもあった。


「何故完全に変化しない? 出来ないからだろう?」


「……」


 妙な、覇気のなさ。敬悟は、戦い始めてから、上総の微妙な変化を感じ取っていた。

 最初に、鬼に変化した上総に感じた圧倒的な威圧感。

 それが今の上総からは感じられなかった。多分、今の上総が相手なら、自分でも五分に戦える、そんな確信が敬悟にはあった。


「何故、答えない?」


 恐らくは、”一度鬼に変化してしまうと、すぐには変化出来ない” 

 答える変わりに今度は上総が、敬悟に向かってくる。

 びゅっと、鬼の手を振りかざす。


 が――

 敬悟は、それを、ひょいひょいとかわしてしまう。

 原因は、鬼の腕、そのものにあった。


 当たれば、その破壊力は計り知れない。

 前のように、腹部に食らえば、簡単に致命傷になるだろう。

 でも、その腕を操る上総の腕は、人間のものだった。

 おそらくは、その筋力は敬悟とそうは変わらないだろう。

 いくら破壊力が大きくても、当たらなければ、その力を発揮しようがない――

 敬悟はそれを、見切っていた。


「敬にぃ……」


 その様子を見ていた茜は、こんな時なのに、妙な事に感心していた。


(敬にぃって、もしかして、もの凄くケンカ慣れしてる……?)


「茜っ!」


「は、はいっ!!」


 突然、敬悟に名前を呼ばれて、茜は文字通り飛び上がった。


「いいか。良く聞け」


 上総の攻撃をかわしながら、敬悟が言う。


「この洞窟の何処かに、結界をコントロールしている場所がある。それを見付けて、壊せ!」


「え……?」


「多分、最初に飛ばされた ”青い闇” 、あの振動音の発生源、そこがそうだ!」


「青い闇……」


「で、でも、敬にぃ!」


「行け! 俺は大丈夫だ。お前はお前が出来ることをするんだ!」


「行けっ!!」


「は、はいっ!」


 茜は、洞窟の更に奥へと駆け出す。

 自分に、出来ること ――

 そうだ、私は私に出来ることをしよう。


 ――敬にぃ、死んだりしたら、許さないよ――


 ほの明るかった空間が、どんどん暗くなって来る。

 それは、あの「青い闇」に酷似していた。


 


「結界を破壊させて、何になるんです? この里の者は、ただ故郷の星に還りたい、そう願っているだけですよ? それを壊してしまえる理由が、あなたにあるんですか?」


 びゅっ、びゅっと鬼の腕で空を切りながら、上総が問う。


「あるさ。俺は、茜を守りたい。そのためには、あんたのように、何百年も生きてる鬼にウロウロされては困るんでね。結界がなくなれば、あんただって普通に年老いて死ぬんだろう?」


 敬悟が、上総の足をひょいと払う。

 ざっと倒れ込む上総に馬乗りになると、上総の右肘の上をがっちり押さえ込み、そののど仏をぐっと掴み上げる。


「ぐぅ……」


 上総が声にならぬ声を上げて呻く。


「いくら鬼でも、ここを潰されれば死ぬだろう?」


「や……れ……殺…せ」


 交錯する鋭い眼光――

 それは、確かに似た光を持っていた。


 ドン――


 上総の鳩尾に、敬悟は思いっきり拳を叩き込む。

 呻くこともなく、上総は気を失った。


「そう簡単に、人殺しができるかっつうの……」


 はぁはぁと、荒い息を吐きながら、敬悟が呟いた。

 茜の方が心配だった。

 何せ、「ドジでおっちょこちょい」だからな。クスリと笑いが漏れる。


びゅっ――――風の音と共に、ピッと言う、血の溢れ出す不気味な音が響く。


「な……」


 敬悟の背中に鬼の爪でえぐられた傷が、斜めに走っていた。

 溢れ出すおびただしい血。

 敬悟は、激痛に顔を歪めながら、膝を付いてしまう。


「甘いのですよ、あなたは。それでは、何も守れはしない――」


 気絶したと思った上総が、敬悟を見下ろしていた。


「これで、終わりです。成仏して下さい」


 鬼の腕が敬悟の頭部を目掛けて振り落とされる。

 ズン――

 どぼどぼと音を立てて、溢れ出す赤黒い血。

 だが、その血だまりに倒れ込んだのは、敬悟ではなかった。


「随分……器用な真似をしてくれる……」


 そう言って、上総は笑った。


 それはいつもの嘲る様な嗤いではなく、心からの笑みに敬悟には見えた。 

 はぁ、はぁと敬悟が荒い息を付く。

 その右腕は、鬼のそれに変化していた。

 上総と同じ、赤い鬼の腕――

 とっさに起こした、メタモルフォーゼ。

 その変化した敬悟の鋭い鬼の爪は、上総の身体を貫いた。 


「行け……結界の発生装置は、そのまま宇宙船の自爆装置に繋がっている……。それが壊されれば、この洞窟は、崩落する……。行け……」

 

 そう言うと、上総は静かに目を閉じた。


「おい……」


 敬悟が、その身体を揺さぶる。

 変化していた上総の腕と顔が、人間のものにすっと、戻って行く。


「な……んで……」


 何故、涙が出るのだろう――?


 何故、こんなに悲しいんだろう――?


 上総は、いずれは倒さなければならない敵だった。

 茜を守るには、それしか選択肢はなかった筈だ。 


 それでも、後から溢れ出す涙の訳を、敬悟は分からずにいた――。







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