第13話 : 対決3
「私のものになりなさい。そして、その石共々、私の ”力” となるのです――」
青白い淡い闇の中
上総は、そう言って嗤った――。
「な…にを、言ってるの……?」
座り込んで、敬悟を胸に抱えたまま、茜は信じられない思いで、上総のその言葉を聞いていた。
この男は、何を言ってるの?
意味が、分からない。
「いささか、この現状にも飽きたのでね」
そう言って、何処か自嘲気味に嗤う。
「私は、故郷の星に帰れようと帰れまいと、そんなことはどうでも良いんですよ。鬼部の一族が滅ぼうが、どうなろうが知ったことではありません」
所詮、己はどちらの星にも属さない、コウモリのようなモノだ――。
何処に行こうと、「異端」のモノで在ることには変わりがない。
ならば、いっそ――。
「この世を、支配してみるのも、一興かと思いましてね」
ニヤリ、とその赤い口の端がつり上がる。
それを聞いた茜は、背筋が凍った。
上総の本性は「あの赤鬼」だ。
それが支配する世界など、想像するのも嫌だった。
「頭、おかしいんじゃないの? 私が、思い通りになるとでも思っているの?」
「思ってますよ」
くすくすと笑う。
茜は、胸のペンダントを握りしめた。
それは、茜の心に反応するかのように、微かに振動しながら熱を帯びてくる。
お母さん。お願い。力を貸して――。
「止めておきなさい。例えその石の力を使ったとしても、あなたでは私には勝てませんよ?」
嘲るような上総の声が、茜の癇に障った。
「そんなの、やってみないと分からないじゃない! あなたは、ハーフなんでしょ!? だったら、純血体の私の方が力が在るって言う事じゃないの!?」
「……どんな生き物でも、”亜種” と言うものは、本来の種よりも強い個体になるものなのですよ? 学校で、習いませんでしたか?」
茜は、ぐっと唇を噛んだ。
それは、そうなのかも知れない。
あの赤鬼に変化した上総と戦って、自分が勝てるとは茜自信も思えなかった。
「これは、私の提案です。あなたが、私の言う通りにするのなら、その男は助けてあげましょう」
「えっ!?」
「今、その男は瀕死の状態です。普通の人間ならとうに失血死していてもおかしくはありません。保っているのは鬼部の血を引いているからです。が、それも時間の問題です。あなたが、”はい” と言いさえすれば、今すぐその男の傷を治して、前のように記憶を封印して ”神津 敬悟” として元の生活に戻してあげますよ。もちろん、あなたの記憶も封印しますがね」
「父は……。鬼部の惣領は、どうしたの? あなたが、殺したの?」
今、もし茜の味方になってくれる存在があるとしたら、その人しかいなかった。
「鬼部の惣領と言うのは、一人の個人を指すものではないのですよ。第一世代のリーダーが、自分を含め選りすぐった者の遺伝子を、冷凍保存しました。その、リーダーの遺伝子で明日香に生ませたのが、茜、あなたです。今、この鬼部一族の実質的なリーダーは、私です」
「そ……んな……」
唯一の望みが絶たれてしまった。
なら、私はどうすればいいの?
どうすれば……。
茜は、胸に抱えた敬悟の顔を見詰めた。
もはや、その命の灯が消えかけているのが、茜にも分かった。
「どうします? のんびりしている暇は無いと思いますが?」
上総の声は、何処までも、ゲームをしているかのように楽し気だった。
「分かった……。あなたの言う通りにするよ」
今は、敬悟を助けるのが先決だ。
生きてさえいてくれれば、
生きてさえいれば、
きっと道は開ける――。
茜は、敬悟の頬に唇を寄せると、そっと口付けた。
頬を、一筋涙が伝う。
ゴメンね、敬にぃ。
きっと、たくさん怒られちゃうね……。
ああ。そうか。記憶を封印されてしまうんだから、怒りようがないかぁ。
こんな時なのに、笑いがこみ上げて来る。
「お願い。敬にぃを助けて……下さい」
震える声でそう言うと、茜は上総に頭を下げた。
「だ…めだ……。茜……。止め…ろ」
茜の腕の中で、敬悟が身動ぎをした。
先ほどまで、堅く閉ざされた瞳が、茜を見詰めていた。
「敬にぃっ!?」
驚いて見詰める茜の目の前で、敬悟の顔色が見る間に戻って行く。
「何故だ……? あの傷で、何もしないで回復するはずがない……」
上総の、初めて聞く声音だった。
いつもの、嘲るような余裕が消えていた。
「敬にぃ!?」
「これが、利いたみたいだ」
そう言って、さっき茜が口付けた頬を、指さした。
ふう――と敬悟が、一つ大きく深呼吸をした。
浅かった呼吸が、深く大きくなって行く。
「ん……じゃ、このくらいで、完治する…かな……」
そう言うと、茜を引き寄せ、唇を重ねた――。
「ん……!?」
茜は、突然の事に、頭がパニック状態でどうして良いのか分からない。
「ん……!?」
「何故だ!? 何故、あの傷で動ける!?」
上総が目に見えて、狼狽する。
まさか――この娘、無意識に己の力を使ったのか!?
上総が、茜に言ったことは、半分真実で、半分嘘だった。
確かに、身体能力は、変化した上総の方が勝る。
相手が、クオーターの敬悟ならば、体力、精神能力のどちらをとっても、負けることは無い。
が――、
茜は違う、最も血の濃い「純血体」。体力はともかく、精神エネルギーは上総では遠く及ばない。
だからこそ、こんな姑息な罠を張って茜を、その力を手に入れようとしたのだ。
「け、敬にぃっ!!」
やっと、今の自分の状態を把握した茜が、抱き上げていた敬悟の身体を、ばっと放した。
「でっ!」
さすがに、まだ元には戻ってはいない敬悟が、茜の膝の上にどすんと落ちる。
「お前…なぁ。 これはないんじゃないか?」
いつもの敬悟の、あきれたような、”しょうがないなぁ” と言うその声が、茜はたまらなく嬉しかった。
ゆっくりと、だが確実に、敬悟は立ち上がる。
そして、完全に立ち上がると、上総に向かって言った。
「もう一度、やってみるか? 今度は、簡単にはやられないぜ?」
俺には、勝利の女神が付いているからな――。
戦い勝たねば未来が無いなら、それが誰だろうと、どんな相手だろうと、勝ってやる。
敬悟の目には、もう何の迷いも無かった。
最後の戦いが、始まろうとしていた――。