第12話 : 対決2
「私どもは、これより先には入れません。茜様お一人でどうぞ――」
そう言って、行ってしまったお付きの女性達。
その姿が消えたのを恨めしげに見詰めていた茜は、意を決したように、洞窟の奥を睨んだ。
ごくり――
つばを飲み込む。
手にしているのは、渡されたロウソクの頼りない灯りだけ。
それはむき出しの、ごつごつした岩肌にゆらゆらと不気味な影を刻む。
「怖くない。怖くない。なんて言ったって、私は100% エイリアンなんだからっ」
ぶつぶつとそんなことを呟きながら、怖々、進んで行く。
いつもなら、こんな時はすぐに敬悟を呼んだ。
幼い時から、暗闇が無性に怖かった。
怖いと泣く幼い自分を、いつだって優しく包んでくれた、大好きな従兄。
繋いだ手の温もりが、いつだってそこにあった――。
でも――
今は、頼れない。頼ってはいけない。
「でも、何だかあの時を、思い出すなぁ……」
初めての異変があったあの夜――
赤鬼に変化した上総にペンダントを取られそうになって、飛ばされた青い闇。
あれは、ここではなかったか?
分からない。
あの時は、岩肌は見えなかったし、限りの無い空間のように感じた。
あれ自体が、現実だったのか、夢だったのかもそれすら確信がなかった。
と、行く先がほの明るくなって行く。
「うわぁ……。こんなトコも、あの時と一緒だぁ……」
これであの振動音が聞こえれば、そっくりそのままだ。
行き着く先にいるのは、鬼部の惣領、自分の父親のはずだ。
母に似た鬼女……。そんなモノがいるはずない――。
茜は、震える手で母のペンダントをぎゅっと握った。
視界が急に開ける。
そこは、ほのかに淡い青い光で満たされていた。
不思議な、青い光。
光源が何処にあって、何なのか分からない。
岩自体が発光しているのかも知れない。
どれくらいの広さだろうか?
端から端まで50メートルくらいかも知れないし、200メートルあるのかも知れない。
ただ、とてつもなく広いと言う事だけは分かった。
ゆっくりと、視線を巡らす。
男が、いた――
その「広場」の中央あたりにある、ちょうど能の舞台のような場所。そこにその男は、胡座をかいて座っていた。
茜の着ている白い装束とは正反対の、黒い装束――
母や茜と同じ、色素の薄い茶色の明るい髪――
肌の色も男にしては白皙の、あまりに白い肌――
それが、鬼部一族の、「エイリアンの末裔」の身体的特徴なのだろうか。
まるで瞑想をしているかのように、両目を堅く瞑って微動だにしない。
茜の気配に気付いているのかいないのか、ただ、静かに座っている。
茜は、意を決して声を掛けた。
「あ、あの……。木部さん、ですよ……ね?」
緊張の余り、声がかすれる。
反応が無い――
「あのっ! 木部さん!私、茜です!」
聞こえなかったのだろうと、今度は大声を上げる。
それが、その空間の中で、うゎんうゎん、反響した。
が、やはり何の反応もない――
茜は、怖々、近付いてみる。
でもやはり、目の前に来ても、その男は動かない。
(まさか、この格好のまま、眠っているとか?)
不安になって、触れてみようと、手を伸ばした瞬間、
男が消えた――
「ええっ!?」
びっくりして手を引っ込める。
すると、又、何事も無かったかのように、男が現れる。
「な、何これ……!?」
触れようと、手を伸ばすと、男はかき消すように消えて、手を戻すと、又現れる。
茜は、前に見たSF映画を思い出した。
「ホ…ログラフィ……てヤツ!?」
「おや、早々とバレてしまいましたか。駄目ですよ、若い娘が、気安く男の身体に触っては」
笑いを含んだ声が後ろから聞こえて、茜は心臓が飛び出すかと思うほどびっくりした。
「上総!?」
そこには、上総が立っていた。
外では雨が降り出したのか、全身がずぶぬれで、水が滴っている。
そして、その手は、真っ赤に染まっていた――
「な……に? それ?……血…?」
嫌な予感がして、声が震えた。
上総は、儀式が終わるまで敬悟と一緒に、、洞窟の入り口で待っているはずだ。
その上総が、ここに、いる。
「ああ。これですか?」
上総が、右手をかざすと、指先からしたたる赤い液体を、目を細めて ”ぺろり” と舐め上げる。
「そこに転がっている者の、血ですよ」
楽しげなその言葉に悪寒を感じながら、上総の指さす先に、ゆっくり視線を巡らす――
思ったように、身体が動かなかった。
自分の目に映っているものが何なのか、すぐには理解が出来ない。
「け……い…にぃ……?」
そこには人間が転がっていた。
一目でそれと分かる、赤い血――――
その全身がおびただしい血で染まっていた――――
「敬にぃっ!?」
呪縛が解けたように、茜が駆け寄る。
生きているようには、見えなかった。
顔色は、青いのを通り越して、紙のように白い。
血が全て流れ出してしまったかのように、生気が感じられない。
茜は、座り込むと、血まみれの敬悟を抱きかかえる。
「敬にぃ!!」
「敬にぃっ!!」
その茜の必死の声に、微かに敬悟が、反応をした。 堅く閉じていた瞼が微かに、開く。
「あ……か…」
そこまで言って、力尽きたようにまた目を閉じてしまう。
「何を、したの……?」
声が、震える。
「敬にぃに、何をしたのっっ!?」
それは、恐怖の為じゃ無かった。
敬悟を傷つけられた、そのことに対する純粋な怒り――――
その爆発しそうな激情に、茜は、心の奥底に眠っていた膨大な精神エネルギーが渦を巻き、外に吹き出そうとしているのを感じていた。