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第10話 : 夜祭りの儀式

 遠くで雷鳴が響いた――


 キラリと光る稲妻が、山の輪郭を一瞬浮かび上がらせる。 


 今にも、雨が降り出しそうな夜の道を、茜は歩いていた。

 儀式用の、まるで昔の白装束のような、純白の着物を着せられた茜の先を行くのは上総と、男子禁制だという儀式の席まで茜を案内する、『お付き』の中年の女性が二人。

 足下を照らす明かりは、お付きの持つロウソクの頼りない炎だけだった。

 茜の後ろには、敬悟がぴったりと寄り添うように歩いて行く。 


「こ、こんな天気で、外でお祭りをやるの?」 


 得体の知れない『夜祭りの儀式』とやらに不安いっぱいの茜は、何とか気持ちを引き立たせようと、どうでも良いような話題を振った。


「祭りと言っても、一般の祭りめいたことをやる訳ではないですし、茜様の行かれる儀式の席上は、洞窟の中ですから、例え嵐になっても心配いりませんよ」


 笑いを含んだ声で、上総が答える。

 何気なく振った質問の答えに、茜はぎょっとなった。 


「ど、洞窟ぅ!? 洞窟の中に入るの?」 


 まるで死に装束のような着物を着て、ロウソクの明かり一本で真っ暗な洞窟に入って、どんな儀式をやるって言うんだろう?

 茜は、背筋を嫌な汗が流れるのを感じた。 


「儀式って、昔の元服みたいな物だって言ったよね?具体的にどんなことをするの?」


「何も難しい事はありません。成人した直系の者が代々続けてきた、形式的なものです。それに、中におられるのは、茜様の父君です。『みそぎ』の為に籠もっていらしたが、やっと親子の対面が出来るのです。ゆっくり、積もる話でもなさったら良いのですよ」 


 切り立った崖の一角が、ぽかりと口を開けていた。

 何の変哲もない洞窟。その変哲の無さが余計に不気味さを増していた。 


「さあ、ここからは男子禁制です。どうぞお付きの者に付いて行って下さい」


「う、うん……」


 上総に促された茜は、後ろにいる敬悟を振り返った。

 敬悟は何も言わず、ただゆっくり頷いた。

『行って来い』そう、瞳が言っていた。


 これは誰に代わって貰うことも出来ない、茜自信が解決しなくてはならない問題だった。木部一族を束ねる惣領、その父に会って、茜の生き方を認めて貰わなくてはならない。でなければ、決して、元の生活には戻れないだろう。 


「行って来るよ」


 そう言って茜は歩き出した。


「昨夜は、今生の別れは済みましたか?」 


 闇夜に光る稲妻に照らされた上総の赤い唇が、ニヤリと浮かび上がった。 


「……どう言う意味だ?」 


「言ったでしょう、『せいぜい別れを惜しんでおくのですね』と。それに、あなたは一体、儀式がどのような物だと思っているんですか?」


「……」

 敬悟は、言葉に詰まる。

 敬悟とて、子供の頃にこの里を出てから、それまでの記憶を封印され、神津敬悟として今まで生きてきたのだ。


 茜の母、明日香の葬儀の夜、赤鬼に変化した上総にその封印を解かれるまで、自分が神津敬悟以外の、それも、その血に人外の物が混じっていようとは、夢にも思わなかったのだ。

 

 自分の正体を知った時、敬悟の思いは一つだった。 

『どうしたら茜を守れるか』

 それだけを、考えた。


 逃げ切れないと悟った敬悟に出来ることは、茜をこの里に導き、そして、元凶を絶つこと。茜の父である惣領を説得する。もし、それが叶わなければその時は―― 


「儀式と言うのは、直系の者同士の契りの儀式を言うのですよ」


「な…に?」


 上総の言葉に敬悟は、背筋が凍った。 


「中にいるのは、木部の惣領……茜の父親だろう !?」


 だからこそ敬悟は、茜に直接的な危害は及ばないだろうと考えたのだ。

 

「我々に、人の世で言う『血のタブー』は無いのですよ。いかに濃い血を残すか、それが第一優先事項です」


「狂ってる……」


 楽しそうに話す上総に、敬悟が吐き捨てるように呟く。


「そう、狂っているのですよ。異星人間の混血などと、考えたのがそもそもの間違いなのです。でも、私は彼らに感謝していますよ。おかげで、こんな面白い身体に生まれ付いた……。私が、いくつだと思います?」


「さあね……」


 敬悟が、気のない返事をしつつ、洞窟にちらりと視線を走らせる。茜と一緒に入って行ったお付きの女二人が出て来ると、上総に会釈をして元来た道を帰って行く。

 敬悟を、焦燥感が襲う。 


「いかに元々長命な種族とはいえ、それは母星にあってのこと。この星では、普通の人間とさして変わらない。でもこの里に生きる者は母星での寿命とそう変わらない。なぜだか分かりますか?」


「……結界か?」


「そう、結界です」


 上総が愉快そうに笑う。


「この里は、特殊な空間でシールドされています。それはこの空間を母星のそれと同じに保っています。だからこそ、私は五百年も生きているのですよ」


「中身はよぼよぼのジィサンだった訳だ」


 敬悟が上総の隙を狙って、洞窟に飛び込もうとタイミングを計る。

 上総の言う事が真実なら、茜を早く連れ戻さなくては、手遅れになる。

 

「おっと、あなたを行かせる訳にはいきませんよ」


 敬悟の意図を見透かしたように、上総が洞窟の前に立ちふさがる。


「あなたの役目は、『茜を導く者』。その役目は十分に果たしてくれました。礼を言いますよ」

 上総が着ていた上着をゆっくりと、脱ぎ捨てる。

 男にしてはあまりに白皙の青いほどの肌と、思いの外均整の取れた肢体が現れた。

 

「でも、もう不要です――」


 上総の眼に、鋭い光が宿る。それは、赤い炎となってゆらゆらと揺らめいた。

 敬悟が身構える。

 

「ふふっ。試してみますか? 見掛け通りの二十年ほどの年齢でしかないあなたが、五百の齢を生きる私に勝てるかどうか」 



 上総の輪郭がぶれて行く。


 みしり、みしり――


 ぼきぼきぼき――――ごきり


 骨が歪む音が不気味に響き渡る――

 筋肉が膨れ上がり、隆起する――

 そして、めりめりと音をたてて、その頭上に、一本の角が生えた―― 


 そこに現れたのは、あの日、明日香の葬儀の夜、茜の部屋に現れた赤鬼の異形の姿だった。 


 メタモルフォーゼ――


 人が、人で無いモノに変化するその様を、敬悟は身じろぎも出来ずにただ、見詰めていた。

 



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