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第9話 : 儀式前夜

「神津さん、今日はもう、一度下山しましょう。これ以上は、無理ですよ……。今夜はまた嵐になりそうですし……」


 暮れ始めた空を見渡しながら、申し訳なさそうに話を切り出した『隣町の駐在』こと、渡瀬巡査の言葉に衛は、無言で進めていた足を止めた。


 茜たちを追って来ていた衛は、渡瀬巡査の話から、茜たちが鬼隠れに行ったことを確信すると、登山中の遭難者として届けを出した。

 そして、自らも捜索隊の一員として、山を登って来たのだった。


「しかし、不思議ですね。この石の柱……。鳥居とも違うし、一体何なんでしょうね。私も長年ここに居ますが、山の上にこんなモノが建ってるなんて初めて知りましたよ」


 渡瀬の言葉に、衛はその柱を見上げる。

 大地から生えた大きな石の柱。


 直径二メートル程の円筒形のその柱は、十メートルほどの間隔で垂直に建っていて、その柱と柱にはしめ縄が渡されている。

 それは見る者に一種宗教的なモノ、例えば「鳥居」を連想させたが、勿論既存の鳥居とは確実に違っていた。 


「これは、鬼隠れへの『門』ですよ。鳥居は神域を象徴する一種の門ですから、似ていると言えば言えるのですが、これはどちらかと言えば、『結界』と言った方が良いのかも知れないですね……」


 衛の言葉に、渡瀬巡査が厳つい顔に似合わず意外とつぶらな目を剥いて驚く。


「『ケッカイ』って、仏教だか、密教だかの、あの結界ですか?」


「ええ。あの『結界』です」


『結界』とは、密教で、修法によって一定の地域に外道・悪魔が入るのを防ぐことを言うのだが、町への門がその結界だというのは、どういう事なのだろう。

 渡瀬は、恐る恐る、その結界の下に右手を出してみる――。

 が、別段、どうと言うこともない。

 その脇を、無造作に衛がくぐり抜ける。そのまますたすたと進んで行く衛の後を、渡瀬が慌てて付いて行く。

 百メートルほど行くと、二人の足はぴたりと止まった。 


「か、神津さん……これは、一体?」


 渡瀬の目が、驚愕に見開かれる。


「さっきのが門だとしたら、木賀暮の町は、何処に行ったんですか?」 


 そこには、山の上にあるはずの町の姿は無かった。

 あるのはただ、そこですとんと切り取ったような崖だった。その崖の下にはただ、奥深い峡谷が霞に浮かぶ蜃気楼のように広がっているだけだった。 


 衛には、遭難者の捜索でならあるいは、鬼隠れに入れるかも知れないと言う目論見があった。

 十八年前、自分が鬼隠れの町に入ったのも、発掘中の落盤事故による緊急避難的なものだった。


「……あの時は、明日香、君が助けてくれたんだったな……」


「はっ?」


 衛の呟きに、渡瀬が怪訝そうに聞き返す。 


「いや。何でもないです。……私は今夜は、ここにテントを張ります。明日夜が開けてから、娘達を捜してみますよ」


「ちょっ、ちょっと待って下さい! あなただけを置いて行くなんて出来ませんよ。相談してみますから、待ってて下さいよ!?」


 そう言うと、石柱付近で休んでいる捜索隊の方へ駆けて行く。


「……そうか、明日だな。結界が開くとすると、明日の夜なのだな。分かったよ――」


 何かの声に耳を傾けていた衛が、静かにそう呟くと、捜索隊の方へゆっくりと歩いて行く。

 薄闇に包まれた山肌を、湿気を含んだ生暖かい風が吹き抜けて行った――。


 嵐が、近付いていた――。 


 


「茜様、お体をお流しします」


 広すぎる内風呂の隅っこに、ちょこんと身体を沈めていた茜は、家人らしい女の声にぎょっとしてタオルで胸を隠した。


「け、けっ、結構です! 自分で洗えます!大丈夫です!」


「……かしこまりました。お着替えは、こちらにご用意しておきますので」

 

 しばらく聞き耳を立てていた茜は、人の気配が消えると、ほっと身体の力を抜いた。

 いくら女の人だって、自分の身体を洗って貰うなんてとんでもないと思う。そこは、花も恥じらう十七歳。それくらいの羞恥心は持ち合わせている。


 外さないでいる、胸のペンダントに手が触れる。

 

「……お母さん。私、100%エイリアンなんだって?」


 ペンダントに、問いかける。

 石は黙して何も語らないが、今の茜はこの石が何であるか知っていた。 


 精神体としての要素が強い彼らは、二つの寿命を持つ。

 人間と同じように、肉体の寿命。その寿命は、人間の実に十倍近い。

 千年を生きる彼らを人々は、神とも鬼とも畏怖し、恐怖した――。


 そしてもう一つ、精神体としての寿命。

 彼らは肉体が滅んでも、精神体として生き続けると言うのだ。


 その寿命は、個々の精神体の力の強さに左右される。

 力が強ければ、その寿命は無限だと言うことだ。 


「じゃぁ、じゃぁ、お母さんは……?」


 湧いた疑問の答えは、ごく簡単に返って来た。

 敬悟の指さす先の自分の胸で光るペンダントの石を、茜は呆然と見詰めた。


「えっ? これ? このペンダントが何?」


「そこに宿っているのが、お袋さんだよ。茜を、今まで守っていたのは明日香さんだ。だから、茜に害意のある上総に反応したんだ……」 


 茜の母・明日香は、一族の中でも、最も濃い血と力をもったサラブレットだったのだ。それが、神津 衛と出会い、平たく言ってしまえば、「駆け落ち」してしまったのだ。


 おまけは、その時既に、更に又血の濃いサラブレットの茜が宿っていたということだった。


 そして茜が生まれると明日香は、その力の半分を勾玉の石に封印し、茜を守り続けていたのだ。おそらくは、茜の血統を狙って追っ手が掛かることを予見して。


 本来、一つであるべき力を二分した明日香の身体は、急速に消耗して行った。そしてついに肉体が滅んだとき、その守りがゆるんだ間隙を狙われたのだ。 


 茜は、何故母の死に涙が出なかったのか、やっと分かったような気がした。

 ”実感が湧かない” ”信じたくない” と言う側面も確かに在ったが、母が精神体として自分を守ってくれていることを、本当の意味で死んではいないことを、何よりもその本能で、知っていたのだ。


「……お父さん、人の奥さんさらって、駆け落ちしちゃったのかぁ……」


 呟く声が、浴室に反響する。

 研究一筋で愛妻家。

 気の優しい父にそんな激しい一面があったことが意外でもあり、また、ちょっとうらやましくもあった。

 そこに、どんな恋物語があったのかは知るよしも無いが、茜の知っている二人は、娘の茜が見ても仲の良い夫婦だった。

 いつか結婚して家庭を持つのなら、二人のような夫婦で居たいと、そう思っていた。


 明日の夜『儀式』というのがあり、茜はそれに出ることになっているらしい。

 そこで血統上の実の父、『主』と呼ばれる、木部の惣領と会うのだ。

 そして、直談判しなくてはいけない。

 自分がこれからどうしたいか。

 どう、生きたいか。

 

 めまぐるしく知らされた色々な事実――。

 確かに、ショックだし、いまだに信じ切れない部分もあるが、大事なものはいつだって一つだ。

 それさえ忘れなければ、きっと何とかなる。 


 茜の心は、決まっていた。



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