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まただ。
聞きたくもないことに限って聞こえてくる。私がほしいのはそんな声じゃない。
見た目や噂だけで勝手に変なポジションにつけてはそれを鵜呑みにして色眼鏡で判断する。誰も本当の私を見ようとしない。
イヤホンから流れてくる音楽よりも彼らの話し声の方に耳を傾けていることに気づいたとき、またげんなりした。
他人の声なんて聞こえない方が楽なのにどうしても聞こえてきてしまう。いつしか私の耳はそうなってしまった。意識しないでいれば済む話。でも何かに怯えて生きることに慣れてしまった。慣れたくなんかなかった。それを簡単に払拭なんてできっこないし。他人と比べても劣等感しか出てこない。そんなことはわかっている。でもそこに意識がいってしまうし、それに抗うことができない。いつも愛想を振りまいているからガラスのハートの持ち主だってことに気づかれない。本当は甘えたいし、弱音だって言いたい。素直になりたい。でもなれない。
どんなに笑顔で接していたってその奥は無表情。心の奥は泣いていて、孤独という名の無色の箱から抜け出せない。
そんな自分とはいい加減お別れしたい。けれどどうすればいいの?
ねぇ、誰か教えてよ。
(榧木マジかわいいよな。校内イチじゃね?)
そんなことないから。
校則ぎりぎりの範囲で他の子よりもちょっとだけメイクを頑張っているだけ。目を大きく見せたり口元に潤いを持たせたり。
お水だって多めに飲むようにしているし、カロリーだって過剰摂取しないように気を使っている。
(いや、都内イチだろ?頭も良いし愛嬌もあるし。芸能界入れるんじゃね?)
愛嬌振りまいていたら平和でしょ?
作り笑顔でも笑っていたらみんなイヤな気持ちしないでしょ?
本当の私なんて誰も知らないくせにみんな表面だけで判断する。今もこうして『ブラック凛ちゃん』が脳内で毒を吐いていることなんて知りもしない。
なだらかな坂道を登りながら歩く学校までの道のり。すぐ後ろを歩いていた男子たちが私の顔を一瞥しながら通り過ぎていく。もちろん誰一人知らないけれど。
(やっぱかわいいよな)
(スタイルも良いし)
どこがよ。背も低いし、おっぱいだってないしお尻だって小さいし。
それなのに足だけ太いし。
(出しゃばらないところも良くね?)
(わかる。私ってかわいいでしょ?みたいなアピールしないところがいいよな)
それは陰キャなだけだから。
目立ちたくないし、カースト上位のギャルたちに目をつけられたら面倒なだけだから。
(彼氏いんのかな?)
(いや、さすがにいるだろ)
(お前聞いてこいよ)
(はっ?なんで俺なんだよ)
(この前、榧木と付き合いたいって言ってたじゃん)
(それはお前もだろ)
私と付き合ったって幻滅するだけ。
みんなの前では良い子を演じているけれど、それは人に気を使っているから。空気を壊さないように、イメージを崩さないように気を配っているから。
本当の私は引きこもり隠キャのアニヲタ。
知らないDMは全部無視するし、仲良くない子以外連絡先を教えない。だから友達と呼べる子なんて片手で数えられる程度。
(でもさ、あいつ誰とでもヤるって噂じゃん)
(マジ?じゃあ俺もヤレるかな?)
(お前じゃ無理だよ。童貞なんだし)
(いや童貞じゃねぇし)
(榧木に筆おろししてもらえよ)
(だから童貞じゃねぇし)
(じゃあ、いつ卒業したか言ってみろよ)
男ってどうしてこんなキモい会話しかしないわけ?ルッキズムに囚われた輩たちって本当うざい。勝手にビッチにすんなし。私だって選ぶ権利くらいあるから。
(そういえばお前ら去年の後夜祭の話知ってる?)
(おい、話逸らすなって)
(二日間で五人から告られたらしいぞ)
(だから話逸らすなって)
学祭なんて嫌い。
カースト上位の子たちが互いを主張しあい結ばれる。そうして普段から光を浴びている子たちの光がさらに強くなる。陰キャからしたらこんなイベントただ窮屈なだけ。
うちの高校は学生数が多いからこの二日間は校内が人で溢れかえる。人混みが苦手な私からしたら窮屈なんて言葉じゃ片付かない。
一番嫌いなのは後夜祭。
早く帰ってだらだらしたいのに、次から次へと校舎裏に呼び出して気持ちを伝えてくる。
私のことを想ってくれるのは嬉しいけれど、それはすべて的外れ。だって内面じゃなく外面の私に恋しているだけだから。ベールを剥がそうともせず、手の出しやすそうな私を選んではワンチャンオッケーがもらえればと思っている。
男子たちは年末のイベントに向けてカノジョを作りたいだけ。
恋人とハロウィンを過ごし、クリスマスと年末を過ごす。そういう思惑でいるのは見え見え。私はそのターゲットの一人になっただけだから。どうせ背の低い童顔女子は簡単に手を出しやすいとでも思ってんでしょ。
私なんかより可愛い子はたくさんいる。
A組の遠藤さんはたぬき顔でふわふわしていて可愛いし、D組の松本さんなんて背も高いし大人っぽくて綺麗だし、三年生は美人だらけだし。
(お前も告ってこいよ)
(はぁ?なんでだよ)
(榧木と付き合えたら自慢できるぞ)
人を勝手にマスコットみたいにしないで。自慢したその先に何があるわけ?チヤホヤされて羨望の念を浴びて悦に浸りたいだけじゃん。
男なんてみんなそう。大して話したこともない人と付き合うほど軽くないし。
でもたまに思うの。こんなに穿った見方せずにまっすぐ素直に相手のこと見られたらもう少し違う景色が見られたんじゃないかって。もっと自分の気持ちに素直になれたらどれだけラクなんだろうって。なんて思いながらも思考と行動が乖離している自分自身に辟易する日々。
ほんと性格の悪い自分が大嫌い。
(でもさ、最近あいつと噂になってね?)
(B組の閏間だろ?)
校内で人気のあるクラスメイトの閏間 潤くんは爽やかでポジティブで周囲を明るく力を持っている。そんな人。
去年学園祭で行われたミスターコンテストでは一年生ながらベスト4に入った。今年はきっと優勝するって噂が流れている。まっすぐで飾らない彼は私みたいな猫被りとは真逆の人。
彼の知名度は全学年で高く、うちのクラスでは王子様キャラで通っている。誰かを好きになったことのない私が唯一気になっている人でもある。どうして気になっているのか訊かれたらうまく説明できないけれど。
人気者だからなんて曖昧だよね。でもどうして人気なの?
顔が良いから?誰にでも優しくていつも笑顔だから?それもあるけれど何か違う気がする。よくわからないけれど、目で追っている自分がいるし、常に頭の中にいるのは事実。
(潤なら仕方なくね?あいついいやつだし昔からモテるし)
(お前たしか同中だったっけ?)
(うん。あいつ小学生のときから人気あったからな。イケメンだしダンスも歌もうまいし)
(逆に完璧すぎて手出せないやつだろ?)
(先輩には可愛がられるし後輩思いだし、怒ってるところなんて見たことない。サッカー部でレギュラーだったとき、あいつのプレーを見たくて他校から女子たちが覗きにきてたくらいだから)
彼が昔サッカー部だったことを耳にしてしっくりきた。休み時間に外でサッカーをしている姿を何度か見かけたことがあるけれど、素人の私が見ても上手だなって思ったし、何より楽しそうにしていた。
普段の笑顔とは違う少年のような屈託のない笑顔が印象的だった。
去年の体育祭のときなんて彼の活躍でサッカー部のいる二年生や三年生のクラスにも勝って準決勝まで行った。
「お前なら次の10番を背負える選手になれる」とか、「うちのユニフォームを着てプレーして欲しい」とか言われてスカウトされていたけれどすべて断ったみたい。
そんな閏間くんはなぜか私と同じ部活に入っている。二年生になって彼が転部してきたとき、少しでも彼の近くにいたいと願う女子は多く、入部希望の子は後を絶たなかったみたいだけれど、残念ながら店員オーバー。だから文学部に入っているというだけで他の女子から煙たがれる子もゼロじゃない。
ここ私立黎星学園高校は必ず部活に入らないといけないという少し古い考えの校則が残っている。私はとくに入りたい部活がなかったから消去法で文学部に入った。運動は苦手だし、何かと拘束されるのも好きじゃない。でも本を読むのは好きだからこの自由な部活を選んだ。
活動と呼べるものはほとんどなく、各々が好きなジャンルの本を読み書きしてレポートを出す。ただそれだけの時間。
部長の夏目先輩も顧問も良い人だからもっと出たい気持ちはあるけれど、バイトもしなきゃいけないから現実は週に二回くらいしかいけていない。
一方閏間くんもバイトをしながらとはいえ、ほとんど毎日部室に通っているらしい。でもどうしてサッカー部じゃなくて文学部を選んだのだろう?あんなに楽しそうにプレイしていたのにサッカー部に入らないのは何か理由があるのかな?
次の部活動や学園祭のときに勇気を出して訊いてみようかななんて思ったけれどきっと無理だろうな。
いつも誰かに囲まれている彼が学園祭で一人になるなんて滅多にないし、わざわざそんなことを訊くために話しかける勇気なんてない、
部活中も彼は何かを必死に読みながらメモしているから話しかけにくい。
**
5月の朝は少し冷える。
日中はシャツ一枚でいけるのに、陽の登らない時間帯はブレザーだけじゃ身体があったまらない。
昨日の夜は突然襲ってきた睡魔に負けて寝落ちしてしまった。そのせいでアラームの設定より早い時間に起きてしまって少し眠い。何度も襲ってくる欠伸と闘いながら教室の扉を開けるとすでに先客がいた。
「おはよう」
閏間くんだった。
いつもの爽やかな笑顔の裏側にぎこちなさを感じた気がした。
「お、おはよ」
そっけない態度で返事をしてしまった時間を戻したい。
そういえばこうして教室で二人きりになることなんてはじめてかもしれない。一年のときはクラスが違ったし、二年になって同じクラスになれたと思ったら彼を狙う女子たちが集り出し、気づけば取り巻きのようになっていた。
その取り巻きの主軸の子たちと仲の良くない私がその輪に入る隙なんてなく、こうして遠くから見ることしかできていない。どうしよう、ちょっと気まずい。というか緊張してきた。前髪大丈夫かな?ニオイ大丈夫かな?校則違反だけれどアトマイザー持ってくればよかった。私の席は彼の斜め後ろ。対角線から見る彼の後ろ姿はどこか儚く寂しげに見えた気がした。
彼はいま何を考えているんだろう?
もしかして私のこと?
なんて痛いこと思ってみたりしたのは一瞬で、すぐに冷静になった。同じクラスになって一ヶ月も経つのにまともに話せていないやつのことなんて興味があるはずない。
いまが彼と話す絶好のチャンス。
言葉を探すも何も浮かばないまま、かすかに吹く風が窓を打ちつける音だけが流れる。まるで二人の距離をさらに遠ざけているように。
同じクラスになってから彼の存在の大きさを目の当たりにする。
何か行事になると率先してクラスを引っ張ってくれるし、問題が起きると双方の言い分を聞いてまとめあげる。そんな彼がまぶしかった。
少しでも近づきたいと思いながらもこうして見ていることしかできない恋愛下手な自分にイライラする。
「榧木ってさ」
急に話しかけられ、全身がビクッとなった。
私の名前を知っていたことに驚きつつ、動揺した姿を見られたくないから目を合わせないようにした。
「C組の藤沢と仲良いよね?」
隣のクラスの藤沢 麻未は中学時代からの親友で私の家庭事情やこのひねくれた性格を理解してくれる唯一の人。明るくて言いたいことハッキリ言えるまっすぐな子。
一緒に同じ高校に行こうって約束して無事入学できたのにまさか別々のクラス。しかも二年連続で。
「そうだけど」
麻未と閏間くんにつながりなんてあったっけ?
そんな話聞いたことないけれど。
「そっか」
それだけ?
何か訊こうとしたんじゃないの?
まさか麻未のこと好きだったりして。
(藤沢ってどんな人がタイプなの?)とか(藤沢と仲良くなりたいんだけど協力してくれない?)みたいなこと聞かれて仲介役に回ったらどうしよう。
もしそうなら私は二人のキューピッドにならないといけないの?
麻未が幸せになってくれるのは嬉しいけれど、相手が閏間くんだったらちょっと複雑かも。
しばらく続く沈黙の時間はまるで時が止まっているように永く感じた。
「藤沢から何か聞いてる?」
必死に脳内の記憶を巡らせた。でも何も思い出せない。
麻未と閏間くんの話をするときは妄想が9割だから。
「ううん、何も」
「そっか、ならよかった」
何かを噛み締めるように見せた安堵の表情。
何か知られたくないことでもあるのかな?
「麻未と知り合いなの?」
「昔、同じ塾に通ってた」
閏間くんと麻未が同じ塾に通っていたなんてはじめて聞いた。
その後話を広げる間もなくクラスの子が登校してきて閏間くんにからんでいた。今度麻未に訊いてみよう。
ー次の日の朝、いつものゆるやかな坂道を歩いていると、後ろから抱きつかれた。その勢いでイヤホンの紐が麻未の指に引っかかって少し耳を痛めた。
「凛、おっはよ」
「おはよ。朝から元気だね」
根暗な私と違って麻未は明るい。
襟足くらいのセミロングに少し日に焼けた肌は運動部に見られがちだが小さいころから吹奏楽をしていて、将来はプロのフルート奏者になることを夢見ている。
高校でも吹奏楽部に入っていて、部活後帰宅してからも練習しているくらいストイックだからなかなか一緒に遊べないのは寂しいけれど、いつか親友が舞台の上でフルートを演奏している姿を見てみたいと本気で思う。
「相変わらず小動物みたいでかわいいね」
「もう、頭くしゃくしゃしないで」
なんて嫌がりながらも私は親友と過ごすこの時間が好きだ。
麻未は話し出したら止まらないタイプで、とにかく明るくてポジティブ。どんな私も包み込んでくれるし、嫌なことはハッキリと言ってくれるから一緒にいて心地いい。私に無いものをたくさん持っているし、何より自分を隠そうとしない。ダメな一面も曝け出せる勇気と力を持っている。だから麻未といると素でいられるの。
他愛ない話をしながら校門をくぐり、ローファーから上履きに履き替えていると、そこに閏間くんが現れた。
「お、閏間。おっはよ」
「おはよう」
爽やかな笑顔の裏に距離を感じたのは私だけ?
麻未は気にも留めていない様子で私に話しかけているけれど、閏間くんは何かを警戒しているようにも見えた。
もしかして麻未に気があるのかな?だとしたらものすごく複雑。麻未はすらっとしていて美人だし、この飾らない明るさは敵を作らない。私が持っていない魅力。
「榧木もおはよ」
『も』って何よ。ついでみたいな扱いをされた気がしてちょっとムカついた。
「おはよう」
腹が立っていることが声に乗って発していた。
閏間くんは少し怪訝な表情を浮かべている。
「潤、おっは!」
後ろからクラスメイトの沖崎くんが登校してきた。
入学時からいつも一緒にいる一人で、閏間くんと一番仲の良い男子。
底抜けに明るくて誰とでも分け隔てなく話せる人。
「おっは」
「潤、聞いてくれよ。昨日、姫川 まりんからDM来たんだけど」
「誰だよそれ?」
「知らねぇの?メルティー・エンジェルのセンターの子だよ!」
当の本人以外そのアーティストのことを知っている人はいなかった。
二次元なのか三次元なのかもわからないけれど、彼は良くも悪くも目立つ子で、少し抜けていて面白いキャラで知られているからイジられキャラでもある。
「やばくね?俺にもついに春が来た!」
「それ、本物じゃないだろ?きっと騙されてるって」
「いや、絶対本物だから。ほら」
スマホの画面を見せながら証拠をつきつけようとしている。でも、閏間くんはまったく信じていない様子だった。
「ついに俺のお妃が現れた!」
「おまえが言うとややこしいよ」
たしかに『沖崎』くんが『お妃』と言うとややこしい。
この人は朝から元気な人だなと思いつつ、先に歩いていく彼らの背中を見つめていた。その背中を見ていると、なんだか胸が締めつけられる気がした。
出会ってからもう二年も経つのにまともに会話もできていない。ただこうして見つめるだけの日々にヤキモキする。
「ねぇ、麻未って閏間くんと同じ塾通ってたの?」
以前閏間くんから言われた言葉を思い出し訊いてみた。
私の質問にキョトンとした様子の麻未。
「あれ?言ってなかったっけ?てっきり知ってると思ってた笑」
呆れた。麻未っていつもこんな感じ。
能天気というかオプティミストというか、本当に私の親友なの?ってくらい小さなことを気にしない。ペシミストの私にも少しそのポジティブさを分けてほしい。
「でもしゃべる機会あんまなかったんだよね。席離れてたし、いつも男子同士で集まってたから。そのときから明るくて爽やかなやつだなとは思ってたけど、途中から急に来なくなったの」
「どうして?」
「サッカーに集中したかったんじゃない?詳しくはわかんないけど、他にも途中から来なくなった子けっこういたしあんま気にならなかった」
中学時代、二人は同じ塾に通っていた。でも閏間くんはある一定の時期から急に来なくなったそうだ。
「まさか同じ高校にいるなんて思わなかったよ。閏間のことだからてっきり強豪校に行くと思ってたし」
ウチの学園の近くにはサッカーの強豪校がある。
全国大会にも出たことがあり、プロも輩出している高校のようだ。けれど彼はウチに来た。しかもサッカー部には入らず文学部に入った。
「高校に入ってから話してないの?」
「クラス違うしね。そもそも連絡先知らないし。たまに廊下ですれ違うくらい」
接点はそれだけ。でもそれだけだったらどうしてあんな質問してきたの?私の麻未が仲良いかを確認してきた意図がわからない。
彼と麻未の関係は本当にそれだけなのかな?
こんなの気になり出したらキリがないのはわかっているけれど、彼のことになるとどうも正気でいられない。これって好きって感情なのかな?
「なんか、私にだけ距離を取ってる感じがするの」
実際は大して話したことなんてない。
ただの思い込みから生じたものなのだろうとは思いつつ、気になって仕方ない自分がいる。
「そう?閏間っていつもあんな感じじゃない?爽やかの代名詞みたいなやつじゃん」
たしかに爽やかの代名詞みたいな人だ。いつもグループの中心にいるし、彼のことを悪い噂を聞いたことがない。
「ってか閏間と凛って同じクラスでしょ?」
「そうなんだけど、いつも誰かと一緒にいるし」
「でも部活も一緒でしょ?」
「文学部はそんな空気じゃないよ」
文学部は部長の夏目先輩を除いて大人しい子が多い。
部員数が少ないのもあるけれど、部活終わりにご飯に行くこともないし、必要最低限の会話しかしない。そんな文学部に彼がいること自体おかしいんだ。ただでさえ自分の世界に入り込みやすい部活に学園の王子様みたいな閏間くんがいたら部活に集中なんてできない。
「普通に話せばいいじゃん。人によって態度変えるようなやつじゃないでしょ」
彼と話すことがどれだけ勇気のいることか陽キャの麻未にはわからないだろうな。
「凛ってば奥手すぎ」
その通りなのはわかっている。他の人からしたらそんなこと気にしても仕方ないじゃんってことも気にしてしまう。だって、誰とでも分け隔てなく話す彼が私にだけは態度が違うのだから。どうしてそうなったのか思い当たる節がなくてモヤモヤする。
未処理の感情をそのままにしておけるほどあっけらかんとできる性格でもない。
「凛ってちょっと思い込み激しいところあるでしょ?あんまり自分の中に留めないで私に話してよ」
本当そう。打ち明けようと思っても考えこんだらブレーキが利かなくなってどうしたらいいのかわからなくなって結局病んでしまう。
麻未のようにもっと楽観的に生きられたらどれだけラクだろうって思うけれど、一人でいる時間が長いからどうしてもこうなってしまうの。
「ってか好きになったんなら一言相談してよね?」
いや、好きだなんて一言も言ってないよ。
「仕方ない。私が背中を押してあげましょう」
だから違うってば。
そんな自慢気に言われてもツッコむ余裕ないよ。私はただ彼から距離を取られているんじゃないかって不安になっただけ。相変わらずおせっかいなんだから。
「いい?心恋のままじゃ相手には伝わらないよ」
もう、心恋なんて古語の授業で先生が言ってた言葉使わないでよ。けれど麻未の言う通り、想うだけじゃだめだよね。
どこかで勇気を出さないといけないとは思いながらも正直言うとこわい。仮に気持ちを伝えてフラれたら修復できる自信ないし、そこまで親密な関係じゃないから私のことなんて何とも思っていないに決まっている。そもそも彼のこと好きなのかどうかもわからない。
好きという感情ってどういう状態なんだろう。
『これは恋心です』『あなたはいまその人のことを好きになりました』みたいな心の通知機能があればいいのに。




