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たまに父さんから手紙が届くことがあるが、一通も開いていない。

中身を見るのがこわいからじゃない。僕にとって父さんはもういないもの。そう思うようにしたから。手紙を返す気は毛頭ないし、面会なんてする必要もない。

父さんがあんな事件を起こさなければ僕たちは普通に生活できていたし、母さんが病んで死ぬことだってなかった。

無期懲役から元の世界に戻れる確率は年間で1%にも満たないらしい。すなわち終身刑と同意。これから先、父さんが死ぬまで娑婆(しゃば)の空気を吸うことはないだろう。

一度の過(あやま)ちが周囲の人生を壊してしまう。

血のつながった家族が一つの命を奪った。その事実は変わらないし、被害者の家族はそれを一生忘れない。

だから残った僕らが背負っていく必要がある。


「アキは昔から物事を深く重く考える節があるからね、ポジティブなときは良いけど、そうじゃないときは心配になるくらい考え込んじゃうでしょ?」


そう、昔はもっと無心で良くも阿呆(あほう)だった。

毎日が楽しければそれでいいと思っていた。でもあの日以降誰かと向き合うのがこわくなり、人に心を拓くことができなくなってしまった。

自分では仲が良いと思っていても、事件のことを知ればきっと離れていってしまう。そう思うと恐怖心で前を向くことができない。だから心を拓(ひら)くというものがどういう状態なのかわからなくなってしまった。何がこわいって、父さんと同じ猟奇的な一面を持っていて、ふとした瞬間にそれが現れるんじゃないか。そう思うと何もできなくなってしまう。

自分のことは自分が一番わかっているなんてそんなことない。世の中には自分が何者かわからず自分探しの旅をしている人だっている。こうして体内に潜んでいる裏の自分がいるのではないかとビビりながら生きていくことが自分の宿命なのかもしれない。


「たしかに父さんのしたことは絶対に赦(ゆる)されないけど、私たちがすべてを背負う必要はないんじゃない?それがストッパーになってアキの人生すべてを無駄にする必要なんてないよ」


頭ではわかっている。でも、そう思うたびに被害者のことが浮かぶんだ。

一夜にして二人の命を奪った父さん。

それによって自ら命を絶った母さん。

お詫びすることを受け入れてくれない被害者の家族。

こびりつくそれを取り除くことなんてできやしないし、してはいけないと思う。


「僕は姉さんほど強くないから」


姉さんのように思ったことを口に出せて、ストレスを溜めないように上手く立ち回れたらどれだけ楽だろう。でも僕はいちいち気にしてしまう。誰かと目が合うだけで、『人殺しの息子』と思われているんじゃないかって思ってしまう。大袈裟(おおげさ)で面倒くさい性格なのはわかっている。でも、そんな簡単に直せたらこんなに苦悩していない。


「アキは固いのよ。もっと肩の力抜きなって」


そんなに軽く捉えられない。

人生は一度しかないのに未来を他人によって奪われてしまうんだから。しかもその加害者が実の父親なのだから。


「それより姉さんはどうなの?」


「どうって?」


「結婚の予定とかないの?」


二人きりの家族になってから姉さんとの会話は増えた。

でもそれは仕事の話がほとんどで、僕が姉さん自身のことを聞くことはあまりしない。

いつも思ったことはストレートに言う人だけれど、そもそもプライベートなことを自分から話すようなタイプじゃないから。


「結婚しても良いことあんまないでしょ?自由は奪われるし、ストレス溜まるし。好き同士で一緒になったのにその想いが薄れていって、不倫して、仕舞いには別れる。それに、ウチの家庭事情を話した上で一緒になってくれる人なんていないから」


ちょっと意外だった。

単純に興味がないだけだと思っていたけれど、僕と同じでどこかそういうことを諦めているように聞こえた。

年々結婚願望のない人が増えてきているのは事実だけれど、興味を持っているのならそれを諦めないでほしい。僕だって姉さんには幸せになってほしいから。

姉さんはよく勘違いされる。少し強面で数箇所から垣間(かいま)見えるタトゥーに変化球を投げない発言が酒好きで子供嫌いそうって思われがち。でも実際は違う。酒は全然飲めないし、子供だって大好き。音楽家になる前は保育士になりたいって言っていた記憶がある。

姉さんは僕と違ってあの事件のことを引きずっていないと思っていたが、そうじゃなかった。

二人ともあの日から時間が止まったままなのかもしれない。家庭が崩壊したこともそうだが、一番は大好きな母さんがいなくなってしまったこと。それが何より辛かった。あの日のことは忘れないし、忘れちゃいけない。

駅を降りて家に着く。

僕らの住むマンションはオートロックもないし、たまに雨漏りもするようなボロいところ。唯一のメリットは静かで防音に強いことくらい。

作曲家として認知されつつあるいまの姉さんの収入ならもう少し良いところに住めるのに、それをしようとしない。地方遠征も多く、そもそも家に帰ることが少ない人だから寝泊まりさえできればそれでいいそうだ。何より贅沢をすることに対してどこか抵抗があるのだろう。

僕自身もタワマンに住みたいとか戸建てに住んでみたいという願望はあまりなく、どちらかというと穏便に平和にいきたいというのが強い。質素な生活が長く続いたことによって富裕層に対する憧れが強くなる人もいる。でも、僕はそんな柄(がら)じゃないから。

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