超耳袋 捌――木更津CAT'S EYE
終電だった。
水谷誠司とアーシュは、郊外からの帰り、空いている車両に並んで座っていた。車内は静かで、蛍光灯が少しだけ明滅している。
見慣れないアナウンスが流れた。
「――次は、きさらぎ駅」
誠司は顔を上げた。
そんな駅名は聞いたことがない。
電車は減速する。
窓の外に、ホームが見えた。
駅名標は古い。白地に黒い文字。
“きさらぎ”
乗客はいない。
ホームも暗い。
「降りる?」
誠司が冗談めかして言う。
「降りない」
アーシュは即答した。
ドアが開く。
冷たい風が入り込む。
遠くのホーム端に、人影のようなものが立っている。
白いシャツ。
動かない。
発車ベルが鳴らない。
数秒。
誠司は立ち上がらない。
アーシュは、袖を軽く引く。
「乗ってよう」
ドアが閉まる。
電車はゆっくりと動き出す。
次のアナウンスは、聞き慣れた駅名だった。
誠司はスマートフォンで路線図を確認する。
きさらぎ駅は、どこにも載っていない。
翌日、同じ時間帯に信号トラブルで一時運転見合わせがあったとニュースで知る。誠司たちの乗った列車も、遅延していたらしい。
あのホームが何だったのかは分からない。
幻覚かもしれない。
別の駅名の見間違いかもしれない。
ただ、降りなかった。
俺とアーシュは
~ TRUE LOVE 4EVER ~
次回
「超耳袋 玖」




