理由
「――おっはよー、百桃……って、あれ?」
「おはよう、彩未。でも、どうしたの? 鳩が豆鉄砲を食ったみたいな表情して」
「……えっ? あ、いや、どうしたのはむしろこっちの台詞っていうか……なんか、良いことでもあった? それも、とびっきりの」
「……ああ、そういうことね」
登校の道すがら、笑顔で挨拶を口にするも、ほどなくキョトンとした表情を浮かべる女子生徒。彼女は山下彩未――去年から同じクラスの、数少ない私の友人だ。
ともあれ、彼女の表情の理由に納得のいった私は前日からの大まかな経緯を話し伝える。すると、
「……へえ、何と言うか……不思議なこともあるんだね。と言うか、私にくらいは教えてくれても良かったんじゃない? 一人暮らしすること」
「……あはは、ごめんね? でも、先に伝えて万が一決まらなかったら、彩未に気を遣わせちゃうかと思ったから」
「……まあ、百桃らしいけどさ」
そう説明すると、合点がいったように軽く微笑み頷く彩未。一方、私の方は――軽く戸惑いを覚えていて。どうして、彼女に伝えなかったのか――その理由が、自分でも定かでなかったから。
気を遣わせちゃう――咄嗟に口をついたその返答が、全くの嘘だとは思わない。ただ……それが、彩未に一人暮らしの件を伝えなかった主たる理由なのかと問われると、それは間違いなく否で。……だとしたら、どうして私は――
――ともあれ、そんな浮かれに浮かれた本日の帰宅時のこと。
(――ねえ、あの子が例の……)
(――らしいよ。確かに可愛いかもしれないけど、ちょっと子供っぽ過ぎるっていうか……ああいうのが趣味だったんだ、桜雪さん)
1K8畳の一室――昨日から私の部屋となったアパートの一室へ到着した私の耳に、左側から同じアパートの住人であろう若い女性達の会話が微かに届く。一応ヒソヒソ話のような体を取ってはいるが、こちらに聞こえるように話しているのが容易に窺える。そして、その理由も全く察せないわけでもない。
……やっぱり、人気あるんだねあの人。まあ、美形だし何処か神秘的な魅力もあるし、当然といえば当然かな。……つまりは、今後もきっとこういったことが屢々あるのだろう。更には、昨日のあの女性にはもっと強烈な嫉妬や敵意を向けられ、ひょっとすると直接的な嫌がらせを受ける可能性も否めない――そう思うと、無償で部屋を借りられたことを、単純に運がよかったと楽観的に考えるわけにもいかないかな。……まあ、だからといって手放す気も更々ないけど。




