後悔
「……あの、藤川さん。お疲れのところ、大変申し訳ないのですが……少々、お伺いしても宜しいでしょうか?」
「……はい。どうしましたか夜野さん」
それから、およそ二週間経て。
たった今帰宅した私に、何処か心配そうな表情で話し掛ける夜野さん。どうしましたか、なんて尋ね返してみたけど……まあ、用件は大方分かっていて。
「……その、藤川さんは既に立派な大人だと以前お母さまに申し上げた手前、このようなことをお伝えするのは矛盾があるかと思うのですが……ここ最近、貴女のお帰りが以前に比べずっと遅くなることが多いようなので、些か心配なものでして……」
「……はい」
……うん、やっぱりそうだよね。そっとポケットからスマホを取り出し画面を確認する。すると、時刻は22時17分――当然ながら、とうに夜の帳が下りていて。
「……えっと、その……友達と遊んでたら、いつの間にかこんな時間になってしまって……」
「……そう、ですか」
少し目を逸らし、たどたどしく答える私。……うん、嘘はついてない……よね? 友達とは言い難い――と言うか、言えないけど……まあ、そこに関してはさほど正確に伝える必要もないだろうし。
「……藤川さん。もちろん、ご友人との時間を大切にすることは素晴らしいことだと思います。……ですが、このような時間までお帰りにならないというのは……まだたった数ヶ月ではありますが、私の見てきた貴女の印象とはおよそ一致しないものです。本当は、貴女自身のご意思に反しているのではないでしょうか? もしもそうでしたら、一刻も早く――」
「…………うるさい」
「…………え?」
不意に零した私の呟きに、些か驚いた表情を浮かべる夜野さん。だけど、驚いたのは私も同じ――いや、きっと私の方が驚いているくらいで。……なんで私、こんなこと……だけど――
「――うるさいって言ってんのよ! 私がいつどこで何をしてようと、貴方に関係ないでしょ! もう放っといてよ!」
慎ましさの欠片もない荒々しい口調で言い放ち、扉をピシャリと閉め自室へと入っていく私。一瞬振り返った際目に入った、ひどく心配そうな彼の表情にズキリと胸が痛んだけど……どうしてか、謝罪の一言すら口にできなくて。
「……なんで私、あんなこと……」
部屋へと入った後、制服のまますぐさまベッドへ仰向きに倒れ込む。皺になっちゃうかもしれないけど、今は着替える気も起きない。まあ、後でアイロンでも掛ければ……うん、なんかもうそれも面倒かな。
……ほんと、なんで私、あんなこと……夜野さんは、ただ私のことを心配してくれていただけなのに。放っといてほしいなんて、ほんとは――
――だけど、結局その後も、彼の心配を余所にほとんど何も知らない人達との夜遊びを続ける私。――後々、取り返しのつかない後悔に心を苛まれることになるなんて、考えもせずに。
「……すみません、夜野さん。このような時間に突然呼び出してしまって……いえ、それよりもまず、以前の件について謝罪すべきですね。大変不躾な態度を取ってしまい、本当に申し訳ありません」
「……どうか、頭をお上げください藤川さん。私の方こそ、藤川さん自身のご事情に差し出がましく踏み込んでしまい、大変申し訳ありません」
それから、一ヶ月以上が経過して。
すっかり黒く染まった空の下、少し肌寒い静かな公園にてあの日以来――夜野さんの憂慮をこっぴどく無下にしてしまったあの日以来、久方ぶりにきちんと顔を合わせ謝意を伝える私。尤も、避けていたのは一方的に私の方で、彼の方は私を見る度に心配そうな表情を浮かべていた。……ほんと、良い人過ぎるよね。今だって、なんでか彼まで頭を下げちゃってるし。……でも、そんな彼だからこそ真っ先に――友人より先生より、誰より真っ先に頼ってしまったのだろうけど。
「――それで、如何なさいましたか藤川さん。謝罪とは別に、何か大事なご用件がおありなのですよね?」
「…………はい」
心配そうな表情のまま尋ねる夜野さんに対し、ぎこちなく首を縦に振る私。彼の言うように、今ここに来てもらったのは謝罪とは別に大切な用件があるから。言ってみれば、謝罪はそのついででしかなく……全く、自分の身勝手さがつくづく嫌になる。……それでも、他人様の事情なんて考えてられないくらい、私にとって重大な問題で――
「……私…………妊娠、したかも……」




