戸惑い
――それから、およそ三ヶ月が経過して。
「――おっはよー、久しぶり百桃!」
「うん、久しぶり彩未」
夏の盛りは過ぎたものの、未だ焼けるような暑さの残る八月上旬。
登校の道すがら、そう声を掛けてくれるのは友人の彩未。今日は始業式――長い夏休みを終え、二学期の始まる日だ。
「いやー、それにしてもあっついねー。ところで、夏休みはどうだった? 百桃」
「……うーん、残念だけど、取り立てて話すようなことも無いんだよね。基本、勉強ばっかりだし。彩未は?」
「まあ、受験生だしそうなっちゃうよね。私も、流石に今年は勉強量増えたし。でも、時々は遊びに行ったりもしたかな。それに、花火大会とか――」
そう、楽しかった思い出を次々と並べる彩未の話に穏やかな心持ちで耳を傾ける私。充実した夏休みを送れたようで何よりだ。
……まあ、かくいう私もある意味では充実していたとも言えるのかな。なにせ、この世に生を享け18年――初めて、あの母親のいない夏休みを過ごせたのだから。
あの日――夜野さんが母と話してくれた日以来、母からの音沙汰は今のところない。母は基本的に無駄なこと――少なくとも、母にとって無駄なことはしない。つまりは、今のところ私を連れ戻す算段が見つかっていないということ。一人娘を心配してわざわざ見に来る、なんてことは間違ってもしない人だ。……まあ、分かってはいたけどね。あの日だってそうだったし。
『――私の娘が、そんな世間様に顔向け出来ないような愚行を犯すなんて有り得ないわよね』
あらぬ疑惑を掛けられた私がきっぱりと疑惑を否定した際、母が告げた言葉。実際、母が信じていたのかどうかは定かでないが――ともかく、あの母親が案じていたのは自身の体裁だけだった。心配は言うに及ばず……恐らくは幻滅すらしていなかっただろう。あの人が、私のための感情を生じさせることはまずないだろうから。
――だけど、もはやそんなことはどうでもいい。夜野さんのお陰で、今や私は解放された身――これからは誰の支配も受けず、自分自身の道をただひたすら進んで行けばいい……行けばいい、はずなのに――
「……百桃?」
……あれ? どうして私、こんなに――
「……なんで、なんだろ」
その日の夕さり頃。
帰り道、黄昏色に染まる空を眺めながらボソリと呟きを零す。今朝の彩未との会話にて――いや、本当は以前から薄々気が付いていた事実に今更ながら向き合ってみる。――即ち、思っていたほどの幸福を感じていないという事実に。
本当は、あの母が恋しかったという事実にようやく気が付いた――なんて話では決してない。あの母から離れるという決断に一切の後悔もないし、また実際離れられたことも心から良かったと思っている。だけど……だからこそ、そんな積年の願いが成就したにも関わらず、どうしてこんなにも――
「…………あれ?」
不意に、思考が止まる。どうしてか、見覚えのない道を歩いている自分に気付いたから。……いや、よくよく見ると全く覚えのないわけでもない。でも、帰り道からは随分と逸れて……思考に没頭するあまり、知らず知らずのうちに道を間違えてしまったのだろうか。
……まあ、幸いにもこの辺りなら帰り道に困るほどでもない。えっと、確かこの路地裏を抜けたら大通りがあって――
「――ねえ、そこの可愛いお嬢ちゃん。良かったらさ、ちょっと俺らと遊ばない?」
「…………え?」




