――そう、その時がくるまでは。
『――ねえ百桃。何回、同じことを言わせるつもりなのかしら? もはや、私に対する嫌がらせとしか思えないんだけど』
『いえ、お母さま! そんなことは――』
『あら、私に口答えするつもり?』
『……いえ、滅相もございません』
中学三年生の、ある秋の日のこと。
何とも威圧的な眼光と口調で言い放つ母に、正しく蛇に睨まれた蛙のように萎縮しつつ答える私。そんな私達がいるのは、家の玄関――仁王立ちで腕を組む母と、そんな母を正座で見上げる私という構図で。
『――ねえ百桃。もう一度聞くけど――これは、どういうつもりなのかしら?』
『……その……申し訳ありません、お母さま』
その後、たいそうお冠なご様子で一枚の用紙をばっと私の眼前に差し出す母。それは本日返却された、中間試験の答案用紙――右上に98点と記載された、数学の答案用紙で。
『あらまあ、こ~んな簡単な問題も正解できないなんて、今までいったい何を勉強してきたのかしら?』
『いえ、お母さま! 決して分からなかったわけではなく、その……少し、計算を間違えてしまって……』
『あら、だったら貴女は本番でもそんなみっともない言い訳をするのかしら? 一点二点が合否を分ける入試という世界で、もし計算ミスが原因で不合格になった時に、『ちょっと計算間違えただけなんです~。だから合格にしてください~』なんて、みっともなく学校側に泣きつくのかしら?』
『……申し訳ありません、お母さま。今後はこのようなことのないよう、細心の注意を以て試験に臨みます』
『その言い訳も、もう何回聞いたと思ってるのかしら? もう、11か……いえ、小学校の頃も含めたら35回ね。そんな口先だけの反省を何度も何度も何度も何度も耳に胼胝が出来るくらい聞かされるこっちの身にもなってほしいものよね!』
『――っ!! ……本当に、申し訳ありません』
刹那、思わず目を閉じ顔を背ける。卒然、手にしていた答案用紙を乱暴に投げつけてきたから。
『……もういいわ。だけど――今度、同じようなミスを仕出かしたら……分かってるわよね?』
『……はい、承知しております』
そう言い残し、私の返答も待たず背を向け去っていく母。ぐしゃぐしゃになった答案用紙を拾い上げ、そっと皺を広げる。破れは見当たらないので、まだ復習には使え――そう思ったのも束の間、ポタポタと水滴が落ちていき、徐々に文字が歪んでいく。……やっぱり、復習にも使えそうにないや。
……思えば、いつだっただろう。そして、どうしてだろう――母が、こんなふうになってしまったのは。やはり、小学四年生の頃の父との離婚が原い……いや、そうでもないかな。それ以前から、二人の関係がギスギスしていたのは子ども心にも察せられたし……そもそも、二人の関係が悪化し始めたのは母がこんなふうになってからだと思うから、どちらかと言えば因果関係は逆なのだろう。
……うん、結局いつからだったかな。そして、理由も解りそうにないや。まあ、解ったところでそれが何だという話ではあるけども。解ったところで何ら状況を改善できるとも思わないし、正直そのつもりもない。ただ、じっと耐えるだけ。どんなに理不尽でも、辛くても悲しくても……ただ、じっと耐え忍ぶだけ。
――そう、その時がくるまでは。




