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day8「一緒に遊ぼう」

(元気、ないな)



 大学病院を受診した数日後の、昼食を終えた昼下がり。バイトが休みのため部屋でゆっくり過ごしていた柊は、心の中で独りごちた。とは言っても、それは自分のことではない。フェリスのことだ。



「フェリス」

「…………」



 試しにいつも通りに名前を呼んでみる。しかしフェリスは難しい顔をして俯いたままで、返事は返ってこない。



「……フェリス!」

「わっ! どうしたの、柊ちゃん?」



 普段より勢い良く名前を呼んでみると、フェリスはやっと柊に反応してくれた。そんな様子を見て、柊は再度心の中で呟く。



(重症だ……)



 ローテーブルの上からスマホを取って適当に弄りながら、柊は思考を巡らせる。



(病院でも思ったけど、フェリスが笑っていないと何だか嫌だ……どうしたら前みたいに笑ってくれるんだろう)



 柊はフェリスが笑ってくれるようになるヒントを求めて、彼女が屈託のない笑顔を見せていた頃を思い返す。そうしているうちに思いついたとあることを、柊は勇気を振り絞ってフェリスに伝えた。



「フェリス。その、──駅前に、遊びに行かない?」





 ——結論から言うと。柊の目論見通り、かつて散歩を提案した時と同じくらいフェリスは喜んでくれた。

 そして一時間後、柊とフェリスは隣駅の駅前にいた。ここは様々な店やビルが立ち並んでいてよく発展しているため、遊ぶにはうってつけの場所なのだ。



「何する!? 柊ちゃん!」

『とりあえず適当に歩いてみよう』

「うん!!」



 二人は手を繋いで人混みへ入った。



(フェリス、他の人には見えてないはずなのに、なぜかしっかり人に避けられてる……どういう仕組み?)



 そんな謎の現象を目撃した柊が疑問を抱いていると、フェリスは前方に見えたとある看板を指差した。



「ねぇ柊ちゃん。あの、カラオケ? って、何するところなの?」

『歌うところ。ご飯やお菓子が食べられたりもする』

「わぁ……! 行きたい!」

(まぁそう言うよね……)



 フェリスの希望で、二人はカラオケに行くことになったのだった。





「──それでは聞いてください。フェリスで『チューリップ』!」



 カラオケの一室にて。フェリスは柊が無料で借りたスタンドマイクの前で、体と尻尾を左右に揺らして童謡を歌っていた。



(私が幼稚園の頃、よく歌ってた歌だ。懐かしい……)



 懐かしさに浸りながらフェリスの歌を聞いていると、部屋のドアがノックされた後に開いた。



「お待たせしました、フライドポテトです」

「ありがとうございます」



 ポテトが盛られた皿を店員が柊の前のテーブルに置き、すぐに出ていった。柊は早速ポテトを口に運び、ドリンクバーで注いできたアイスココアを啜る。フェリスの歌をBGMにしばらく飲食していると、フェリスによる童謡が終わった。



「ありがとうございました! フェリスで『チューリップ』でしたー!」

(……意外と上手くてびっくりした)




 フェリスの意外にも上手かった歌に一驚していると、フェリスは柊に寄り添うようにソファへ座ってデンモクを覗き込む。そして、とある項目を指差した。



「柊ちゃん、これってなんて読むの?」

「採点。歌の上手さを点数で評価してくれるんだと思う。……多分」

「そうなんだ! やってみたいなぁ……ね、やってもいい!?」

「別にいいよ。……はい」



 柊がデンモクを操作すると、豪華な効果音と共に採点機能が入れられた。



「わぁ! よーし、頑張るぞー!」



 両手を胸の前でぎゅっと握ったフェリスは、「あっ、そういえば……」と口を開く。



「柊ちゃんは歌わなくていいの?」

「私はいい。歌うのは好きじゃないから」

「そうなの? わたしは柊ちゃんのお歌も聞きたいけど……そういうことならしょうがないかー」




 そんな会話をした後、フェリスは柊に手伝ってもらいながら次の曲(またもや幼稚園の頃よく歌った曲だった)を入れた。



「それでは聞いてください。フェリスで『小さな古時計』!」

(この口上毎回やるの……?)



 そしてまた、フェリスの歌が始まった。薄暗い室内で優雅かつ楽しそうに歌うフェリスのルビーのような瞳だけが、一番星のように煌めいている。

 採点を入れたことによってモニターに表示されるようになった音程バーを、フェリスの可憐な歌声が綺麗になぞっていった。



(──綺麗だ)



 その整った容姿、愛らしい表情、些細な仕草、可憐な歌声、全てが相乗効果を発揮していて——。あまり感情の動かない柊にそう思わせるほど、フェリスは……綺麗だった。




「ありがとうございました! フェリスで『小さな古時計』でした!」

「……まぁ、良かったんじゃない?」



 満足げな表情のフェリスに、柊はそっぽを向きながら言葉を投げた。そうしているうちにすぐに採点は終わって、豪勢な効果音と共にモニターに点数が表示される。



「98点!? わっ、もう少しで100点だったんだ……!」

(カラオケなんて初めて来たから分からないけど、これってすごい方なの……?)




 ──それから童謡を数曲歌った結果、無事に100点を取り、ポテトをお腹いっぱい食べて大満足した様子のフェリス。満面の笑みを浮かべて初カラオケの感想を語るフェリスを連れて、柊はカラオケを後にしたのだった。





 カラオケを出た柊とフェリスは、再度手を繋いで人混みの中を歩いていた。



(また動悸がする……フェリスには申し訳ないけど、もう帰った方がいいかな……)



 柊が自分の体調を思案していると、フェリスが心配そうに上目遣いをして言った。



「柊ちゃん、今日はどこも痛くない……?」

『いつも通り。大丈夫』



 フェリスの心配そうな声に、柊はテレパシーでそう返した。すると、そんなフェリスの目がとあるものに奪われた。



「──あっ! ねぇ、柊ちゃん! あの服、柊ちゃんに似合いそう!」

「えっ……!?」



 柊は思わず声を上げた。フェリスが目を輝かせて指を差しているのは、服屋のショーウインドウの中。そこに鎮座している、まるでどこかのお嬢様が着ていそうなデザインの真っ白なワンピースだった。



『に、似合わないってあんなの……』

「ううん、絶対似合う! 柊ちゃんが着てるとこ、見てみたいなぁ……」



 口元で両手を合わせて、フェリスは瞳を輝かせた。柊は冷や汗をかきながら、フェリスにテレパシーで言い聞かせる。



『……一回、試着するだけだから。絶対に買わないからね……?』

「着てくれるってこと!? やったー!」



 柊はフェリスの頼みを断れない自分に呆れながら、派手で可愛い服が取り揃えられている服屋に恐る恐る入店したのであった。




「わぁ〜、可愛いお洋服がいっぱい……!! すごい!」



 服屋に入店するなり、フェリスは歓喜の声を上げた。柊は身を縮めながら店内を見渡す。

 ──絶対に私が入るような店じゃない……! 陳列された色とりどりの服を見ながら、柊は心の中で悲鳴を上げた。



「なにかお探しですか〜?」

「あっ、えっと……!」



 そうしていると死角から店員が現れ、柊は思わず肩をびくつかせて言葉を詰まらせる。そして数瞬後。柊はショーウインドウに飾られた例の服を差し、勢いのままに言った。



「すみません、あの服って試着できますか……!?」




 試着室の中で、柊は鏡に映った自分自身を視認した。死んだ魚のような目。梳かして下ろしているだけの癖毛の黒髪。長袖の白い無地のTシャツ。ジャージの半ズボン。もちろん化粧などしていない。



(この見た目で、あんなお嬢様みたいな服を……着る……?)

「柊ちゃんお着替え終わったー!? ……んー、まだみたいだなぁ」

(この流れだともう着るしかない……最悪だ……)



 店員が試着室の壁に掛けてくれた真っ白なワンピースを見ながら、柊は小さくため息をついたのだった。




「柊ちゃん可愛い〜!!」

「お客様、お似合いですよ〜!」



 試着室のカーテンを開けるなり、そんな声が飛び込んできた。──私を、殺して。柊は羞恥心でいっぱいになりながら、切実にそう願った。



「本当に可愛いよ柊ちゃん! ねー、やっぱり買おうよー!」

(お、お願いしないで! 聞いちゃうから……!)



 柊の祈りも虚しく、フェリスはぱちんと両手を合わせた。



「──お願い、柊ちゃん! これを着てる柊ちゃんがもう見れないなんて、わたしは悲しいよ……!」

(うっ……!)



 結局。柊は顔を真っ赤にしながら、真っ白なワンピースを購入したのだった。




(この服、高かった……ここ数日のバイト代がいとも簡単に飛んでいった……)



 例の服が入ったショッピングバッグを右肩に掛けた柊は絶望した。タンスの肥やしになる可能性が高い服一着に、一万円近く使ってしまったからだ。



(フェリスのお願いを断る努力をしないと本当に破産するかもしれない……これからは心を鬼にしよう)



 柊はそう、静かに決意したのだった。





 時が経つのは早いもので、もう夕日が顔を出しそうな時間になった。歩き回って疲れを感じた柊は、休憩のために適当なカフェに入ることにした。


 チェーン店のカフェに入り、何か注文するかと柊がテレパシーでフェリスに問うと、「わたしは何もいらないよ! 柊ちゃん、変に思われちゃうでしょ?」と気の利くことを言ってくれたので、柊はフェリスのお言葉に甘えてホットココアを一杯注文した。




 柊とフェリスはソファ席に並んで座った。柊はホットココアを一口啜り、フェリスの端正な横顔を伺う。そして、心の中で──フェリスと出会った頃から疑問に思っていたことを呟く。



(フェリスは、何者なんだろう)



 それを探ったら今の日常が壊れてしまう気がして、柊は何も聞けずにいた。なぜそう思うのかは自分でも分からないが、柊にはそんな直感があった。

 フェリスのいない生活を想像しただけで、柊は暗闇に突き落とされるかのような恐怖を覚えた。



(……怖い。フェリスが何者なのかを知った瞬間、フェリスが消えてしまいそうで。——でも……)



 しかし柊の中には、フェリスのことをもっと知りたいという想いが確かにあった。柊がこんなにも人のことを知りたいと思うのは、人生で初めてのことだった。




「……柊ちゃん?」

『な……何?』



 フェリスが呟くように柊の名を呼んだ。柊は平静を装いながらテレパシーで返答する。



「またどこか痛いの? 今、辛そうな顔してたよ……」

『痛くはない。考え事してただけ』

「……何か辛いこと、考えてたの?」



 ——あぁ、まるでフェリスに心の中を全て見透かされているみたいだ。柊は平静を装うことを諦め、テレパシーでぽつりぽつりと心の内を語り始める。



『……もし。もしもフェリスがいなくなったら……私はどうなるのかなって』

「ん? わたしが、いなくなる? なんで?」

『いつかそういう時が来るかもしれないって、ふと思っただけ。深い意味はないから。……今の話は忘れて』

「──いなくならないよ!」



 フェリスはさっと立ち上がると、柊を安心させるかのように柊の小さな体躯を正面からふわりと抱きしめた。



「だって、柊ちゃんといると楽しいもん。わたし柊ちゃんと離れたくないから、絶対いなくなったりしないよ!」

『お互いに離れたくなくても、離れることがあるの。……この世界は』

「……そうなの?」



 二人の間に静寂が訪れる。楽しく過ごすはずの時間を湿っぽい空気にしてしまったことを反省し、柊は空のマグカップをフェリスの肩越しに見つめてテレパシーを送った。



『……ココアも飲み終わったし、そろそろ出よう』

「う、うん!」





 それから日が暮れるまで、柊とフェリスは駅前でウインドウショッピングをしていた。そこにふと冷たい風が吹き、フェリスが可愛らしいくしゃみをした。



『暗くなってきたし、そろそろ帰る?』

「うーん。まだ遊びたいけど、確かに帰った方がいいかもね……」



 そう言って肩を落とし、残念そうに笑うフェリス。……そして柊が抱えている複数のショッピングバッグに視線を移し、笑顔で言った。



「それにしても、可愛いお洋服いっぱい増えてよかったね、柊ちゃん!」

(フェリスのお願いを断れなさすぎてついに貯金に手をつけてしまった……終わりだ……)



 柊がもやし生活を覚悟していると、フェリスが楽しそうに言った。



「あと、えーてぃーえむ? って、すごいね! ポチポチってしたらお金が出てきて! あれ、わたしもできるのかな?」

「もうほとんど出ないよ……」



 柊は思わずテレパシーを介さず、フェリスに残酷な事実を伝えたのだった。フェリスはそんな柊の手を取って、元気良く言った。



「ね、柊ちゃん!」

『何?』

「また遊ぼうね。絶対!」



 そして上目遣いで柊の顔を覗き込み、にぱっと笑う。



『……はいはい』



 柊は少し頬を赤くしながらフェリスから目を逸らし、眉を下げて小さく笑ったのだった。

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