day7「受診」
四葉を家に招いてから二日後の月曜日。柊は渋々近所の内科のソファに座って、診察の順番を待っていた。
(面倒くさいけど、また四葉に怒られたら嫌だし……)
病院内は老若男女で混み合っていて、座り心地の良い緑色のソファは埋まりかけている。
(……それにしても、思ったより混んでるな)
柊はそっと辺りを見回し、周囲に聞こえない程度にため息をついた。
「柊ちゃんの痛いの、治るといいね……」
そう言いながら柊の傍らに立って、心配そうに柊の頭を撫でるフェリス。柊はそんなフェリスの手を握り、ぴしゃりとテレパシーを送った。
『撫でないで』
「ごごごごめんね、痛かった!?」
『いや痛くはないけど……』
フェリスは飛び上がって柊を撫でるのをやめた。一方の柊は、先ほどから妙に高鳴る胸を擦りながら首を傾げる。
(フェリスに撫でられると動悸がするけど……別に嫌な感じではないな)
なぜ動悸がするのか考えていると、看護師に診察室へ呼ばれた。柊は返事をしてさっと立ち上がり、診察室へ向かった。
診察室に入ると、穏やかな雰囲気の中年男性の医師が丸椅子に座っていた。柊が患者用の丸椅子に座ると、医師は優しげに垂れた目を細めて静かに口を開く。
「今日はどうされました?」
「えっと、軽い頭痛と胃痛、倦怠感が一週間くらい続いてて……」
「なるほど……発熱などは?」
「してないです」
「……うーん」
柊の主訴を聞いた医師は、唸りながら腕を組んだ。
「何か心当たりはある? ストレスが溜まってるとかは?」
「ないです」
真剣な面持ちで医師の話を聞いているフェリスを横目でちらりと見やりながら、柊は心の中で呟いた。
(私にしか見えない女の子が現れたくらいですかね、とはさすがに言えない……)
医師は咳払いを一つしてから、柊に優しく言った。
「そっか……念の為大きな病院で検査してみてもいいかもね。必要なら紹介状書くよ」
「……検査……」
「……柊ちゃん」
柊は面倒くさい上に自分のことなどどうでもいいため、一瞬断ろうと思ったものの、フェリスと四葉の心配そうな顔を思い出し──医者に告げる。
「……紹介状、お願いします」
こうして柊は、大学病院で検査を受けることになったのだった。
◇
昼下がりの住宅街を歩き、柊とフェリスは帰路についていた。するとしばらく黙っていたフェリスが、そっと柊の手を握ってテレパシーを送ってきた。
『柊ちゃん……柊ちゃんは、病気なの?』
『まだ分からない。でも、病気ではないと思う』
『そ、そうなの? なんで……?』
『なんとなく』
なんとなくというのはほとんど建前で、柊の中でとある仮説があった。それは、
(この体調不良は、フェリスの存在と関係があるのかもしれない)
というものだった。
◇
柊はフェリスとの日々を重ねるうちに、体調不良が軽快するトリガーに気が付いていた。そのトリガーはたった一つ——フェリスが眠っている時だった。
◇
柊は肉体的な疲労と精神的な疲労からゆっくりと眠りに落ちていく。
(あ、そういえば……シャワー浴びてた途中辺りから体調良くなってきてた、かも——)
——完全に眠りに落ちる間際。柊はふと、そんなことを思い出した。
◇
以上の事柄から、柊はフェリスの動静に合わせて体調の波が起こっているのではないかと推測していた。柊は毎晩フェリスより後に寝るため、フェリスと出会って一週間後にはこのトリガーを突き止めていたのだった。
(まぁ……この説はちょっと非現実的だし、ただの偶然かもしれない。もしかしたら本当に身体に不調があるのかもしれないけどね)
しかし柊は、自分にしか見えない女の子と話して触れ合ってテレパシーをも使っている時点で非現実的も何もないか、とすぐに思い直すのだった。
◇
数日後、大学病院の予約日が来た。柊とフェリスは電車とバスを乗り継いで、綺麗な大学病院に来ていた。
「わぁ……なんだか綺麗な病院だね!」
「やっと着いた……」
少々感動している様子のフェリスを横目に、柊は思わずそう呟いたのだった。
数時間後。全身の検査を終えた柊は、診察室で医師と向き合っていた。今度は若い、爽やかな印象の男性の医師だった。
「検査結果ですが、異常はありませんでした。恐らくストレスからきている体調不良でしょう。……もし一週間後も続いているようなら、心療内科か精神科に行った方がいいですね。必要なら紹介状も書きますよ」
「……!? そう、ですか……」
医師が発した言葉に柊は目を丸くした。身体の不調で検査を受けた結果、まさか心療内科や精神科を紹介されるとは思いもしなかったからだ。
「どうするの?」と言いたげな目で、柊の傍らで柊を見つめるフェリス。そんなフェリスに無言で視線を返しつつ、柊は医師へ冷静に言った。
「紹介状は大丈夫です。もう少し、様子を見ます」
「分かりました。何かあればまた来てください」
「……!? 柊ちゃん……?」
フェリスは目を見張って柊を見やる。
(……フェリス、心療内科か精神科に行ってほしかったのかな)
そんな考察をしながら、柊は医者に礼を言って診察室を後にした。
診察室を出てすぐ、フェリスは小さな手を震わせながら柊の手を握ってテレパシーを送ってきた。
『柊ちゃん、しんりょーないか? せいしんか? ってところには行かないの? 本当に、大丈夫なの……?』
『大丈夫。先生も異常はないって言ってたでしょ』
『でも、ストレスからきてるって……』
『……それはないと思う。私にストレスが溜まっているとは思えない』
正直、生きているだけでストレスが溜まっている感覚はあるが……この現代社会において、誰にでもそういう仄暗い気持ちはあるだろう。柊はそう結論付けつつ、続けてテレパシーを送る。
『だから……ストレスや身体の不調以外に、別の原因があるのかもしれない』
『別の原因……』
フェリスは少しの間、うんうんと唸りながら顎に手を当てて考えていた。
『……って、なんだろ?』
「…………」
真剣に悩むフェリスを横目でちらりと見て、柊は思索する。
(フェリスの存在が原因かもしれない、なんてとても言えない……余計に落ち込むだろうし)
──あぁ、見ていられない。そう思った柊はエレベーターにフェリスと二人きりで乗り込んで、一階のボタンと閉めるボタンを押した瞬間。しゃがんでフェリスと目を合わせ、その白い頬に両手で触れて口角を上げた。
「そんな顔しないで」
「ひゃ、ひひひゃひふぁ……!?」
「この体調不良は私が何とかするから。フェリスは気にしなくていい。いつもみたいに、笑っていて」
「ふぇ!? う、うん……!」
一階に着き、エレベーターのドアが開いた。柊はエレベーターを出て、つかつかと歩いて会計へ向かう。
(フェリスが笑っていないと、なんだか嫌な感じがする……どうしてだろう)
ここの所フェリスの感情に心が揺り動かされている自分を不思議に思いながら、柊は会計を済ませたのだった。




