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Case1「あの日の惨劇」

 夕日が顔を出し始めた住宅街を、あたしは一人歩いていた。あたしは帰路につきながら、唯一の友人のことを思い返していた。



『大丈夫、ちょっと準備に手間取っちゃっただけ。……来客なんて久しぶりだから』



 ——そう。寂しそうに微笑む柊の表情が、あたしの頭から離れなかった。



「……柊」



 あたしは唯一の友人の名前をぽつりと呟き、柊への想いを巡らせる。



(あたしはこれから──この手を汚す。だから早く、柊から離れないといけないのに。あんなに寂しそうに笑われたら……心配になっちゃうよ)



 ——あたしは幼少期からとある計画を練っている。それも、間違いなく犯罪になるようなことを。そしてその計画を実行する日時が、既に二年後に迫っているのだ。あたしは絶対にそれをやり遂げてみせるという決意を改めて固め、ぐっと拳を握った。




 柊が住んでいる不自然なほど物がないアパートの一室が、ふとあたしの脳裏に蘇る。



(……そういえば、柊のご両親はどこにいるんだろう)



 刹那。忘れもしない、忘れられもしないあの血生臭い光景が、あたしの脳内でフラッシュバックしそうになった。



「だ、ダメだ。あれを思い出したら……!」



 あたしは頭をぶんぶんと振って、半ば無理やりその光景を振り払う。




(……もし。もしもだけど、柊のご両親があたしの両親と同じところにいるとしたら……そんなの、あまりにも悲しすぎる)



 もしも柊が自分と同じように、両親と永遠の別れを告げていたのだとしたら……? 柊も自身と同じように感じているかもしれない身が引き裂かれるようなあの悲しみを想像して、あたしは唇を噛み締める。



(あたしは事件が起きた直後からずっと、叔母さんが一緒にいてくれてる。でも、柊には誰もいない……?)



 柊は一人暮らしをしていると言っていた。そして理由は分からないが、高校にも通っていない。なのでもしかしたら、親族からの金銭的な支援もなく暮らしているのかもしれない。あたしは柊の生活環境への考察をどんどん深めていった。



(両親に会えなくて寂しいっていう気持ちは……あたしにも分かる。痛いくらいに。でも、柊に本当に寄り添ったら。あたしの人生の目的が、今までしてきたことが、全部無駄になる)



 長年練ってきた計画と柊の微笑みが、あたしの脳内をぐるぐる回る。あたしはそのうちこつん、と足音を立てて足を止め、その場に立ち尽くした。



「……どうしよう。あたしはどうすれば……。あぁ、ダメだ。また……」



 瞬間。栓を抜いたかのように、暗い記憶があたしの脳内に溢れ出した。





 ある穏やかな春の日の未明。まだ幼い四葉は、闇夜を切り裂くような悲鳴と大きな物音で目を覚ました。



「……? なに……?」



 ベッドから抜け出し、音が聞こえたリビングへふらふらと向かう。きぃ、と音を立てて、リビングに通じる扉を開けた。



「……ちっ」

(大きい、男の人? お母さんかお父さんの、お友達……?)



 リビングには見知らぬ大柄な男がいて、その大男の舌打ちと強い鉄臭さが四葉を迎えた。謎の鉄臭さに顔を顰めながら、四葉はしばらく目の慣れそうにない暗闇に浮かぶ大男の影に、寝ぼけ眼を擦りながら言葉を投げかける。



「だれ? お母さんとお父さんはどこ……?」



 そうしてから、四葉は背筋を震わせた。──この男は、何かおかしい。四葉の本能が警鐘を鳴らした瞬間。いつの間にか広範囲が割れていた掃き出し窓から、大男はばたばたと逃げていった。



「ま、待って……!」



 思わず大男を追おうと足を踏み出すと、足元からぴちゃりと音がした。踏み出した右足の辺りを見ると、てらてらと輝く赤黒い液体が、普段からよく磨かれているフローリングを汚していた。



「……血が、いっぱい?」



 それを認識してしまうくらいには慣れてきた目を凝らすと、こちらに伸ばされた手が視界の奥に見えた。順繰りに視線を這わせると、足元によく見知った大好きな大人二人が血にまみれて倒れているのが分かった。分かってしまった。



「お母さん、お父さん……? あたしだよ。四葉だよ。起きて、お母さん、お父さん、──フェリス」



 このあまりにも惨い夜が明けるまで。四葉はもう動かない両親とフェリスに触れ、声を掛け続けたのだった。





「お、ぇ……っ!」



 喉奥から込み上げてきたものを何とか抑えて、あたしは赤く染まり始めた空を見上げた。



「……ねぇ、お母さん、お父さん、フェリス。あたしは……どうしたらいいのかな」



 夕空へ弱々しく投げたその問いに、答えが返ってくることはなかった。

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