day6「まっしろとまっくろ」
とある土曜日の午後。朝からそわそわしているフェリスと、フェリスとは対照的に気だるげな柊。そんな二人が住む部屋に、珍しくインターホンの音が響いた。
「──四葉ちゃん来た!?」
「多分。……はーい」
柊は玄関へ小走りで移動し、そっと玄関の扉を開けた。するとそこには、白いニットにショートのジーパンを合わせた服装の四葉が立っていた。四葉はにこりと笑って、礼儀正しく言った。
「招いてくれてありがとう、柊」
「どういたしまして。……じゃ、上がって」
「お邪魔します……!」
「いらっしゃいませ四葉ちゃん! ごゆっくりー!」
四葉とメッセージを送り合ってからちょうど1週間後。予定を擦り合わせた結果、今日が約束の日に決まっていたのだ。
「よーし、頑張って思い出しちゃうよー!」
(……また倒れないといいけど)
四葉を家に上げた柊は、飲み物とお菓子を用意しにキッチンへ向かった。
用意をしているとフェリスが手伝いをしたいと申し出たが、その申し出はテレパシーを使って断った。フェリスが隣にいるついでに、柊は以前から気になっていたことをフェリスにテレパシーで尋ねる。
『そういえば、フェリスは何か覚えてないの?』
『んー? 何かって?』
『具現化する前のこと。何か手がかりがあるかもしれない』
『それが、全然覚えてないんだー。気が付いたら柊ちゃんの前にいたって感じで』
柊はフェリスと出会った時のことを思い出し、目を細める。
(フェリスと出会ってから今日で一週間と少し経つのか。短い期間の割に濃い時間を過ごしている気がするな)
柊はフェリスと過ごした短くも温かな記憶に思いを馳せた。──ここで柊はふととあることを思い出し、思わずフェリスの手を握る力を強める。
『そうだ、聞き忘れてたことがあるんだけど。なんであの時……具現化した時、窓全開にしてたの!? 危ないでしょ……!』
『あー、あれ? あれはね、お部屋に空気がこもってたから、頑張って窓開けて空気を入れ替えたの!』
『あぁそう……って、全開にすることはないでしょ……!?』
『えへへ、いっぱい開けたらその分綺麗な空気が入ると思って……』
ぺろりと舌を出すフェリスに、柊はじとっとした目でテレパシーを送る。
『……馬鹿?』
『あっ、酷い! もう、馬鹿って言った方が馬鹿なんだからー!!』
テレパシーでああだこうだと言い合っていると、リビングの方から控えめな声が聞こえた。
「柊? あの……柊ー?」
「えっ? あっごめん……何?」
柊が四葉に駆け寄って軽く謝ると、四葉は心配そうに言った。
「いや、中々戻ってこないから……何かあったのかなって」
「大丈夫、ちょっと準備に手間取っちゃっただけ。……来客なんて久しぶりだから」
「柊……」
まさかフェリスと——自分にしか見えない存在と話していたとは言えず、咄嗟に言い訳をしながら苦笑いした結果。四葉に哀れみの目で見られてしまった。
(……あっ。もしかして友達はもちろん親すらも家に遊びに来ない、寂しい人間だと思われたのかもしれない……)
しかしそれも事実であることにすぐに気が付き、柊はとりあえずそのまま笑っておいたのだった。
柊が二人分の紅茶とお菓子をお盆に載せてローテーブルに置くと、四葉がジーパンのポケットから小銭を取り出して柊に差し出した。
「ありがとう、柊。あとこれ、受け取ってくれる?」
「お金? どうして……?」
「柊、前カフェで帰っちゃった時に500円玉置いていったでしょ? でも柊が頼んだカフェオレ、500円もしないから。その時のお釣り」
(……すごい。私とは違ってしっかり者だな)
柊が感心しながら差し出された100円玉と少しの小銭を眺めていると、四葉が慌てた様子を見せた。
「ご、誤魔化したりしてないからね!? ちゃんと電卓で計算したし……!」
「違うよ、疑ってる訳じゃない。感心してただけ。……でも」
柊は眉を下げて笑い、小声で言った。
「四葉が持ってて。……迷惑掛けたから」
「なんで急に小声……? ……って、さすがに受け取れないわよ。はい!」
柊の冷たい手を取り、四葉は半強制的に小銭を握らせた。観念した柊は「……ありがとう」と小さくお礼を言った。
「ううん、当たり前のことよ。でも、どういたしまして!」
そう言い、四葉はにこりと笑ったのだった。
◇
柊と四葉が紅茶とお菓子を楽しんでいると、四葉が改まった様子で口を開いた。
「柊。ちょっと、話したいことがあるの」
「何?」
四葉は紅茶を一口啜って、辛そうな表情になって言葉を続ける。
「前に会った時から気になってたのよ。柊、時々……なんというか、苦しそうな顔をすることがあるなって」
「……そう?」
柊は四葉が発した予想外の言葉に、思わず目を見開く。そして少し考えると、とある原因が思い当たった。
「あ……もしかしたら、身体の痛みが顔に出てたのかも」
「身体の痛み!? えっ、今もどこか痛いの? 無理してない……!?」
「そ、そんなの初めて聞いたよ!? 柊ちゃん大丈夫!?」
四葉は勢い良く立ち上がって、柊の血色が良いとは言えない顔を覗き込んだ。フェリスも四葉と同様にベッドから離れ、柊の傍に寄り添う。
(──そうだった。最近はフェリスと過ごすことで気が紛れてあまり気にならなかったけど、私は体調が良くないんだった)
柊はフェリスが具現化する少し前から始まった、体調不良に悩む孤独な日々を思い起こした。そんな暗い記憶から目を逸らして顔を上げれば、柊を心配そうに見つめる赤い瞳が4つ。それを見て、柊はほんの少し頬を赤くした。
(何だかこそばゆいな……)
柊は心の中でこそばゆさと温かさを感じながら、二人に言葉を返す。
「無理はしてない。本当に少しだけ、頭や胃が痛いだけだから」
「そうなの……? 病院には行った?」
「行ってない」
「な、なんで!? というか、どのくらい前から痛いの……!?」
「一週間と少し前かな」
「うんそろそろ行ってもいい頃合いね!?」
そして四葉はついに爆発したようだった。
「〜っ、もう! 柊はもう少し自分を大事にして!!」
(四葉がこんなに怒るところ初めて見た……)
柊は先ほど感じていた心の温かさとは一転、身震いするのだった。
「──とにかく、近いうちに病院に行くこと。分かった?」
「はい……」
そして数分後。少し落ち着いた様子の四葉に、柊は近いうちに病院に行くと約束させられたのだった。
◇
柊がそんな約束をさせられた後、四葉は柊にスマホを差し出しながら言った。
「柊の体調が大丈夫そうなら、これで遊ばない? スマホでできるリバーシなんだけど……」
「……せっかくだしやろうかな」
「おっけー。……はい、準備できたよ」
「わぁ! 柊ちゃんも四葉ちゃんも頑張れー!」
四葉が自身のスマホにインストールしていたアプリは、一台のスマホで二人でリバーシができるというものだった。柊は断る理由も特にないため、四葉の提案に応じた。柊と四葉はフェリスに応援されながら、ローテーブルの真ん中に置いたスマホを覗き込み、一つの画面を二人でつつく。
「──あっ、あたしの勝ちだ」
「おめでとう」
「もう一回やろ!」
一回戦目は四葉の圧勝だった。盤面がほとんど白く染まっている。柊は淡々と四葉を祝った。
「……あたしの勝ちね。もう一回やる?」
「うん」
二回戦目も四葉の勝ち。しかし、盤面の黒の比率は増えていた。
「……あたしの勝ちだ」
「……おめでとう」
「つ、次は勝てるわよ! 柊、今回惜しかったし。ね!」
三回戦目も四葉の勝ちだった。が、今回は接戦だった。四葉に励まされた柊は苦笑いした。
「えっと、あたしの勝ちだね。……あっ、時間もいい感じだしやめよっか?」
四回戦目も四葉が勝ったところで、四葉はスマホの時計を見て言った。
「……うん、やめよう」
柊もそれに同意する。すると、フェリスが柊の顔を覗き込んで言った。
「柊ちゃんちょっと落ち込んでる……?」
(そんなことない)
柊は心の中でそう返事をしたのだった。
◇
それから十数分後。紅茶とクッキーが空になったタイミングで、四葉は少し寂しそうに言った。
「それじゃ、そろそろお暇しようかな」
「えー、泊まっていったらいいのにー」
(それはちょっと……布団もないし……)
フェリスの能天気な声に心の中で突っ込みを入れながら、柊は四葉のルビーのような瞳を見つめて言った。
「分かった。今日はありがとう」
「こちらこそ招いてくれてありがとう、柊。……あ、ちゃんと病院行ってね?」
「あっうん……ちゃんと行く……」
そして柊とフェリスは、アパートの前に出て四葉を見送った。
「四葉ちゃんばいばーい! また来てねー!」
「……はぁ」
フェリスは四葉が見えなくなるまで、ぶんぶんと手を振っていたのだった。
◇
四葉の帰宅後。静寂が戻った部屋の中で、柊はフェリスに訊いた。
「……体調は大丈夫なの?」
「うん! 柊ちゃんに言われた通り、無理しなかったから!」
「そう。それで、何か分かった?」
「ううん、分かんなかった!」
あっけらかんと言い放ったフェリス。それを聞いた柊は、思わず眉間に手を当てた。
「あっ、でもね! わたしのことは何も分からなかったけど、四葉ちゃんについて分かったことがあるの!」
「何?」
柊が聞き返すと、フェリスは真剣な面持ちになって切り出した。
「……四葉ちゃんね、きっと何か悩んでるんだと思うの」
「……そう」
柊は少し目を丸くした。
(そうなんだ……? 私には全く分からなかった……)
「だからね、柊ちゃんにお願いがあるの。──四葉ちゃんのことを、助けてあげてほしい。お願い、柊ちゃん……!」
両手を合わせて柊を上目遣いで見つめるフェリスに、柊はじとりとした目で言った。
「……どうして私がそこまでしなくちゃいけないの?」
「そ、そんな……」
不満げな柊といつになく真面目な顔のフェリスは、しばらく見つめ合う。それからフェリスは、困ったように笑った。
「……ごめんね。わたしが四葉ちゃんとお話できたらよかったんだけど……」
「それ、は……」
──まさか、気付いていたとは。柊は何も言えないまま、フェリスから目を逸らす。
「うん。わたしね、具現化してから結構すぐに分かってたんだ。わたしってみんなに見えてないし、声も聞こえてないんだなーって」
柊は目を見開き、フェリスにかける言葉を考える。彼女が感じているであろう孤独感や寂しさは、他人の心の機微に疎い柊でも想像できた。
「……わたしはきっと、四葉ちゃんを助けてあげられない。声をかけてあげることすらできない……。だから、柊ちゃんにお願いするしか思いつかなくって……」
「──分かった。やればいいんでしょ?」
小さな拳をきゅっと握って俯くフェリスを見ていられず、柊はぶっきらぼうに言葉を投げた。フェリスはぱっと顔を上げて、そのルビーのような瞳を輝かせ始める。
「柊ちゃん……! 本当に!? ありがとう……!!」
「いや、そんなに期待しない方が……どこまでできるかは分からないよ?」
「それでも、四葉ちゃん少しは楽になるかもしれないでしょ? だから、嬉しいの!」
「四葉ちゃんのこと、よろしくお願いします!」と頭を下げるフェリスを見下ろしながら──柊は、未知の感情に襲われていた。
(……どうしてさっきからイライラするというか、モヤモヤするんだろう)
なぜか締め付けられる胸を、柊はそっと手で抑えた。




