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イマジナリーフェリス  作者: 桜宮余花
第二章「私はあなたのことが」
20/25

day17「水族館と、夏の終わり」

「柊ちゃん、今日も海水浴行く!?」



 フェリスは朝起きるなり、まだ半分眠っている柊の顔を覗き込んで言った。



「疲れたから行かない……」

「えー!」



 少しの間残念そうにしていたフェリスだったが、めげることなくすぐに代替案を出してきた。



「じゃあ、今日は砂浜お散歩しよう!?」

「……海、そんなに気に入ったの?」

「うん! 楽しかった!」



 呆れた口調で問うた柊に、フェリスは満面の笑顔でそう答えた。そしてそのまま言葉を続ける。



「また来年も来ようね、柊ちゃん!」

「……うん」



 そして立ち上がった瞬間ふらりと前に倒れそうになり、柊は慌てて体制を立て直す。……これは、まさか。



(き、筋肉痛……? こんなに痛くてだるい筋肉痛なんて久しぶりだな……)



 ──あぁ、昨日散々海で泳いで遊び回ったせいか。と、筋肉痛の原因を特定した柊はため息をつくのだった。





「柊ちゃーん! こっちだよー!」



 家の前の砂浜にて。白いワンピースを着たフェリスが、麦わら帽子を両手で押さえながら波打ち際を走っていた。



「ま、待ってフェリス……」



 お揃いのワンピースを着た柊もまた、麦わら帽子を押さえつつ必死に追いかけるが、フェリスが絶妙な速度で走るため捕まりそうで捕まらない。──夢中で走っていた柊だったが、ここではたと気が付く。



(……あれ? 今日はゆっくり散歩するつもりが、気が付いたら走り回ってた……あぁ、もう──)



 いつの間にかフェリスに乗せられていたことに気が付き、うんざりとする柊。しかしなぜかこの疲労感が、揺れる視界が、そこに時折映るこちらを振り返るフェリスの笑顔が。柊にとって、全てが心地良かった。



「……ふふっ」

「わー! 柊ちゃんが急に速くなったー!?」



 フェリスに気付かれないように、柊は小さく笑った。そして力を振り絞って一気に速度を上げる。フェリスはきゃっきゃと笑いながら、さらに速度を上げて逃げていった。




 そしてしばらく走った先でフェリスは徐々に速度を緩めていき、ついに止まった。柊は戸惑いながら、フェリスの小さな肩に触れる。



「……捕まえた」

「えへへ、捕まっちゃった!」



 フェリスはそのまま少し後退し、柊の体に密着した。柊はおずおずとフェリスを腕の中に収め、言った。



「わざとでしょ?」

「ふふっ。どうだろうね?」



 いたずらっぽく笑いながら、フェリスはそう言ったのだった。




「……ねぇ、柊ちゃん」

「何?」



 柊の腕に頬を擦り付け、フェリスが甘えるような声で言った。



「柊ちゃん、わたしのこと……またエスコートしてよ」

「エスコート……?」

「わたし達、もう少しでお家に帰るんでしょ? だから、最後に──」



 フェリスは柊の腕からするりと抜け出て数歩歩き、両腕を大きく広げて叫んだ。



「この町で、柊ちゃんとデートしたいの!」

「デート……!?」

「うん!」



 動揺する柊に、フェリスはにこりと笑いかけたのだった。




 家に戻った柊は、ソファに座ってスマホを弄っていた。膝の上ではフェリスが穏やかに寝息を立てて、少し早めの昼寝をしている。柊は一旦スマホから視線を離し、フェリスの端正な寝顔を見つめながら考える。



(エスコートに、デートか……フェリスのお願いはできるだけ叶えたいけど、デートなんてしたことないし……でもまぁ、調べてやってみるしかないか)



 そして柊はデートやエスコートのやり方、鴨川のデートスポットなどをスマホで調べ始めるのだった。


 フェリスの顔を思い浮かべながらデートプランを練っていると、なぜか顔が火照って動悸がしてきた。柊は不思議に思いながら、クーラーの温度を下げるのだった。





 翌日の朝、早速柊とフェリスのデートが始まった。


 柊はトップスは白くスカートは青い、自宅から持参した新しいワンピースを着て麦わら帽子を被っていた。フェリスはスカートがピンクになったバージョンの柊とお揃いのワンピースを着て、柊と同じく麦わら帽子を被っている。



「柊ちゃん!」

『何?』

「もうデート、始まってる!?」

『……まぁ、うん』



 朝の町をゆっくりと歩きながら、柊とフェリスはいつもの調子で会話をしていた。



「ねぇねぇ、これって普通のお散歩? それとも、これからどこか遊びに行くの?」

『それは……目的地に着いてからのお楽しみ、かな』

「わぁ……! 楽しみだなー!」



 フェリスは猫耳をぴんと立てて、ルビーのような瞳を輝かせるのだった。




 海沿いを数十分歩いた先。そこには、シャチのオブジェクトが堂々と建っていた。



「ここは……もしかして、水族館?」

『正解』



 シャチのオブジェクトを見上げながら、柊はぶっきらぼうにテレパシーを送った。



「ということは、今日は水族館で遊ぶってこと!?」

『……まぁ、そういうこと』

「……柊ちゃーん!!」

「わっ……!?」



 すると。満面の笑顔のフェリスが柊に飛び付いてきて、柊の首に腕を回してきた。



「えへへ……今日は楽しもうね、柊ちゃん!」

『あ、暑苦しい……! 分かったから離れて……!』



 柊はフェリスを引き剥がすと、顔を手で扇いで熱を冷ました。その最中、フェリスの甘い匂いが柊の鼻腔をくすぐったのだった。





 水族館のチケットを一人分購入して、柊とフェリスは水族館に入った。フェリスの様子を伺うと、フェリスは意外にも少し浮かない顔をしていた。



「うーん、いいのかなぁ……いくらわたしが他の人に見えてないからって、チケット買わないで入るなんて……」



 フェリスの持つ善性に少々驚きつつも感心しながら、柊はテレパシーを送った。



『……気になるならお土産でも買って帰ろう』

「やったー! じゃあそうするー!」



 そんな会話をした後。薄暗い水族館内を、柊とフェリスは手を繋いでゆっくりと周り始めた。




「わー! クリオネさん、小さくてかわいいー!」

(クリオネ……小さくてぴょこぴょこしてて、フェリスみたいで可愛いかも……)



 柊はフェリスとクリオネを交互に見ながらそう思った。



「クラゲさん! ふわふわしててかわいいー!」

(白くて儚くて……フェリスみたい……)



 柊はフェリスとクラゲを交互に見ながらそう思った。



「ペンギンさんだ! ぺたぺた歩いててかわいいー!」



 柊はフェリスとペンギンを交互に見ながら──。



「もう、柊ちゃん! わたしばっかり見てないで、お魚さんを見た方がいいと思うな……!?」

「なっ……!?」



 フェリスは微かに紅潮した頬を膨らませて柊の方を振り向いた。柊はペンギンに視線を移しながら、慌ててテレパシーで弁明を始める。



『だ、だって……』

「なぁに?」

『な、なんでもない……』

「えー! 気になる〜!!」



 ——こんな調子で和気藹々とテレパシーを交わしながら、二人は手を繋いで水族館を回ったのだった。




「イルカショー楽しみだね、柊ちゃん!」

『……うん』



 ここは屋外にあるイルカショー用のステージ。そのステージを囲むように、ベンチがぎっしりと並んでいる。前方の席になぜかあまり人が座っていなかったので、二人はありがたく最前列に座ることにしたのだった。


 二人静かに風で静かに揺れる水面を眺めていると、明るい声のアナウンスが入った。そしてにぎやかな音楽が流れ始め、イルカショーが始まった。



「すごーい! イルカさん速いね、柊ちゃん!」

「そうだね……」



 想像以上の速度で水槽内を泳ぐ数頭のイルカに、フェリスのみならず柊も目を丸くした。それから、イルカ達が二人の目の前に泳いできて——。



「ひゃあぁぁぁぁっ!?」

「え……!?」



 体を捻って軽快に跳ねた。その衝撃で大量の水が水槽から飛び出し、二人を盛大に濡らす。一瞬間を置いてからフェリスはきゃっきゃと笑い、頭をぷるぷると振って水分を飛ばしていた。



(こうなるから他の人は最前列に座ってなかったのか……)



 柊は自身のびっしょりと濡れたワンピースの裾に触れながら、心の中で己の無知を嘆いたのだった。




 昼下がり。館内を回り終え、最後にフードコートで食事を済ませた二人はお土産屋に来ていた。



「わたし、このペンギンさん欲しい!」



 フェリスは手のひらサイズの、コウテイペンギンのヒナのぬいぐるみを指差していた。そんなフェリスを見て、柊は思った。──フェリスのことだし、ぬいぐるみの値段を見て遠慮しているのかもしれない──と。



『……フェリスが良ければ、もう少し大きいのでもいい。こっちの方が、値段的にもチケット代の代わりになる』



 柊が周りに気付かれないように小さく指を差したのは、フェリスの頭が丸々隠れるくらいの大きさのコウテイペンギンのヒナのぬいぐるみだった。



「えっ、あんなに大きいのでいいの!? ありがとう、柊ちゃん!」



 フェリスはぱぁっと表情を明るくさせた。そして一番手前に陳列されていた大きなコウテイペンギンのヒナのぬいぐるみを、愛おしそうに撫でたのだった。





 そして、二人は水族館から出た。夏休み期間のため15時という微妙な時間でも人が多いので、大型魚が描かれた可愛らしいショッピングバッグに入れてもらったペンギンのぬいぐるみは柊が持った。フェリスは瞳を輝かせながら、時折袋を覗き込んでいる。



「ねぇ、柊ちゃん!」

『何?』

「デート、すごく楽しかった……! 連れてきてくれてありがとう、柊ちゃん!」



 にっこりと笑ったフェリスは、柊の右手をきゅっと握り直してそう言った。そんなフェリスの言葉を、柊はやんわりと否定する。



『……まだ終わりじゃない。もう少し』

「そうなの!? やったー!」



 柊の予想外の発言に、フェリスはぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶのだった。




 二人が足を運んだのは、祖父母の家の最寄り駅前にあるとある路面店だった。



「このお店は……飲み物屋さん?」

『うん。タピオカっていう飲み物。最近流行ってるんだって』



 そう。柊はデートスポットなどを調べているうちに、今タピオカドリンクなる飲み物が流行っていることと、祖父母の家の最寄り駅前にもタピオカドリンク屋があることを知ったのだった。

 

 店の前の看板を見ながら、柊はフェリスにテレパシーで問う。



『何飲みたい?』

「いいの!? じゃあ……いちごミルク!」



 こうしてフェリスはいちごミルク味のタピオカドリンク、柊はタピオカミルクティーをテイクアウトしたのだった。




 祖父母の家に戻り、クーラーで冷え始めた室内で、フェリスはタピオカドリンクを両手で持って飲んでいた。



「この飲み物、おいしい! 甘くてもちもちしてる!」

「喉に詰まらせないようにね」



 初めてのタピオカの食感に驚きつつ、柊はタピオカドリンクを満面の笑みで堪能するフェリスを見守った。



(デートに、エスコート……しっかりできてたかな)



 入念に準備はしたつもりだったが、柊の脳内は不安でいっぱいだった。フェリスが本当は楽しめていなかったら? 暑さで苦しんでいたら? 人混みに翻弄されていたら? 考え込む柊の首筋から汗が伝い、ぽたりとソファの革に落ちる。



「柊ちゃん?」

「な、何……?」

「どうしたの? 柊ちゃんはタピオカ、あんまり好きじゃなかった……?」



 フェリスは柊の手元を見ながら、猫耳と眉を下げて言った。



「ううん。そんなことない」

「じゃあ、どうしたの?」



 柊は否定しながら、まだ7割程度残っているタピオカを吸い込んだ。タピオカをもちもちと咀嚼し、飲み込んでから、柊は言葉を続ける。



「フェリスが、楽しめてたかなって……考えてただけ」



 そして、照れ隠しにふいっと顔を背けた。そんな柊の視界に、フェリスがずいっと視界いっぱいに現れる。



「えー!? すごく楽しかったよ!? なんで!?」



 猫耳をぴこぴこと動かしながら、フェリスは心底不思議そうに柊の紺碧の瞳を覗き込んだ。それから柊の膝に座り、柊と向き合いながら、今日の思い出を楽しそうに語り始める。



(本当に……楽しんでくれてたんだろうな)



 くしゃりと笑い、身振り手振りを交えながら水族館の話をするフェリスの様子を見て、柊はほっと息を吐いた。



「柊ちゃん聞いてるー!?」

「聞いてる。あと、暑い」

「やったー! あとねあとね……!」

「無視……」



 タピオカがぬるくなるまで、二人は──主にフェリスが喋っていたが──今日の思い出を語り合ったのだった。





「うーん……朝……?」



 朝日に照らされる室内で、フェリスは起き上がった。そんなフェリスに、二つの優しい声が降る。



「おはよう。よく眠れたかな?」

「あなたが柊ちゃんのお友達の子かい?」

「おじいさんに、おばあさん……? 誰?」



 フェリスはベッドの上で、ゆらゆらと尻尾を揺らしながら首を傾げる。



「……柊ちゃんと過ごす日々は、楽しい?」



 老爺が切なげに微笑み、フェリスに問うた。



「うん! すっごく楽しいよ!」



 フェリスは一切の迷いもなくそう答えて、にっこりと笑う。



「そうなの……それならよかったわ」



 老婆は目尻を下げて、穏やかに笑って言った。



「あの子のこと……よろしくね。あの子は、ずっと……独りだったから」

「もちろん! わたし、柊ちゃんとずっと一緒にいるよ!」

「……そうか」



 老夫婦は微笑み、「ありがとう」とゆっくりと言った。フェリスはそこで、意識を手放した。





「……あれ?」



 フェリスは飛び起き、首を傾げた。



「……フェリス、何? どうしたの……」



 掛け布団が動いたことで目が覚めた柊は、眠い目を擦りながらフェリスに問うた。



「あのね、さっきまでおじいちゃんとおばあちゃんとお話してたんだけど……気がついたらいなくなっちゃってた……」

「どういうこと……ただの夢じゃない?」

「うーん……そうかなぁ?」



 柊は、寝起きでまだよく回らない頭で考える。

 


(ここ、祖父母の家だし……もしかして私のおばあちゃんと、おじいちゃん……? ……そんな訳ないか)

「あっ! そうだ、柊ちゃん。今日がお家に帰る日だよね?」



 柊の顔を覗き込み、フェリスが少し寂しそうに言った。

 


「うん」

「帰ったら……戴冠式、しようね!」

(戴冠式……フェリスが言ってた、シロツメクサの花冠を頭に被せる……とかするやつだっけ。……私は何も思い出せないけど)



 ──戴冠式のことを考えていると、なぜか柊の背筋に悪寒が走った。

 


(……? 私、今……どうして、不安に……?)



 それを不思議に思いながらも、柊は帰り支度を始めるのだった。


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