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《恋人》と《節制》

 「チッ、また執行者かよ……」


 血走った目で悪態をつくスカーレ。その鋭い剣先がわずかに震えているのは、怒りのあまり力が入りすぎている証拠だろう。


 一方で、粛清会の二人、《恋人》のメルフィアと《節制》のノルゼインは全く焦る気配を見せない。まるでこちらを手玉に取っているかのように、揺るぎない余裕を漂わせている。


 ノルゼインは背筋を伸ばしたまま、淡々とした口調で告げた。


 「我々の目的は、レイン氏、テレシア氏を粛清会のメンバーとして歓迎し、我らのアジトに招待することだ。よって、両名にはご足労願いたい」


 なるほど、狙いはこれか。極スキルを持つ人間である俺とテレシアを勧誘しに来たというわけだ。

 最初から覚悟はしていたが、まさかこんな正面から要求してくるとは。しかも、言い回しがあまりに断定的で、まるで「招待」というより「連行」に近い。


「断る。面倒くさいことになりそうだからな」

 

 俺は即座に拒否の意を示す。 

 ところがノルゼインは、心底不思議そうに眉をひそめる。


「何故だ? 断る理由などないはずだが?」


 どうやら、彼もまたメルフィアと同類らしい。こちらが何を言っても無駄な様子がひしひしと伝わってくる。

 自分達の結論が既に決まっていて、それ以外はないと思い込んでいる。


 さらにノルゼインは続ける。


「我々と人類粛清を行えることは、名誉なことなのだ。とにかく、我々と来るんだ。これはもう決定事項だ。拒否権はない。時間の無駄だ」


 言葉を聞きながら、スカーレと俺は苦々しい表情を浮かべる。人類粛清を「名誉」と語るあたり、まさしくイカれた連中だ。俺にはちっとも理解できないし、する気もない。


「なぁ、そもそも……なんで人類を粛清する必要があるんだ?」


 思わずそう訊ねると、ノルゼインは少し鼻で笑うように口元を歪める。


「決まっている。優秀な人間のみを残すためだ」


「なぜ優秀な人間だけを残す必要があるんだ?」


 俺が追及すると、彼はまるで子どもに算数を教えるかのような冷たい目線で答えた。


「単純な話だ。才能なき者に生きている価値などないからだ。

 今の社会は、才なき者が才能ある者に依存し、足を引っ張る愚かな構造となっている。非常に嘆かわしい。

 ゆえに才能ある者に生存を絞り、限りある資源を才能ある者に使った方が、繁栄効率の面から有意義だと結論した。

 人間の節約、『節制』というわけだ。……それが、我々に与えられた使命なのだ」


 言葉が脳内を通過するたびに胸糞悪さが増していく。

 こいつらは本気でそう信じていて、容赦なく行動に移せるということなのだ。


 ノルゼインは淡々と話し終えると、「だから早くしろ」とばかりに手を伸ばし、テレシアを強引に掴もうとする。


「……待てよ。勝手なことするんじゃねぇ」


 このまま黙って見ていられない。

 俺はすかさずノルゼインの腕をガシッと掴む。すると、彼は嫌そうに眉を寄せて呟いた。


「時間の無駄、行動の無駄、ひいては人類の無駄か……この男も排除するか?」


 来る。そう確信した。彼の言葉からは、もはや遠慮もへったくれもない。

 戦いになるが仕方ない。これ以上好き勝手されるのはさすがに虫唾が走る。


「そこまでです」


 静かな声が割り込む。メルフィアが制止を促すように、ノルゼインの方へ向き直った。


「そのお方に危害を加えることは許しません。離れなさい」


 ノルゼインは数秒ほど無言のまま俺の手を見やり、そして視線をゆっくりとメルフィアへ返す。

 

 どうやら粛清会内でも、何らかの序列があるらしい。最終的にノルゼインは俺の腕からスッと手を外し、わずかに一歩距離を取った。


 隙を見て攻撃できないかと考えたが、メルフィアもノルゼインも油断しているようには見えない。

 下手に動けば、相死相哀そうしそうあいや他の異能が飛んでくるかもしれない。そこまでして得るものは少ない、と直感した。


「申し訳ございません。急なお話で混乱させてしまったようですね。

 仕方ありません、少し時間をお取りします。明日、旧グラオス鉱地にお越しください。そこに封鎖された処理炉があり、私達の一時的な駐在地点となっております。

 そこで改めてお話をさせていただけないでしょうか」


 メルフィアがにこりと微笑む。だが、その笑みの奥にはさっきまでとはまた違った冷静さが透けていた。


(要するに、明日までに仲間になるか決めろってことか。決めなければ殺すってことだろうな)


 心中で舌打ちしながら、俺は短く答える。


「旧グラオス鉱地の処理炉、だな。分かった。考えておこう」


 すると、メルフィアは軽く微笑みを浮かべて一礼する。


「いいお返事を期待しております」


「ふん……まあ、話がまとまったのならいいのだが……」


 ノルゼインが口をはさむと、再びテレシアへと無遠慮に手を伸ばす。


「だが、貴様は連れて行く。時間の無駄だ、早くしろ」


 そして、あろうことかテレシアの腕をがっちり掴んだ。


「テメェ……」


 俺とスカーレはほぼ同時に魔力と剣を構えて動こうとする。

 だが、ノルゼインは小声で一言、


『……動くな』


 それだけで、俺の身体はまるで知らない力に縛られたように動きが鈍くなる。

 正確には多少は動けるが、筋肉が明らかに制御を失っている感触だ。スカーレに関しては完全に固まってしまっていた。まばたきすらしていない。


(なんだ……この力は……?)


 ノルゼインは嫌悪感を隠そうともせず、淡々と説明する。


「極スキル『抑圧の法』。私の言葉は神の掟だ。必ず従わなければならない」


 俺達は自由の効かない身体でその言葉を聞いた。

 レオンハルトは地面に倒れたまま唸っているが、自力で立ち上がるには時間が必要そうだ。


「では、またお会いしましょう。運命の人」


 メルフィアが軽く一礼する。

 そして、彼女はノルゼインと共に歩き去る。


 その場に残された俺達は、ただ黙ってその背中を見送ることしかできなかった。

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