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相思相愛

「粛清会……執行者だと⁉︎」


 レオンハルトが低く叫び、瞬時に盾を構える。彼は普段、どんな強敵を前にしても冷静沈着なのだが、この時ばかりは剣呑な殺気がこもっていた。

 スカーレも大剣を抜きながら、ぎろりと睨みをきかせる。普段は無表情なテレシアすら、うっすらと警戒を浮かべている。


 そんな仲間達の様子を見ても、俺は状況が理解し切れず、硬直したまま動けない。


「なぜ剣を向けるのですか? 私、皆様のこともこんなにも愛しているのに……」


 メルフィア――そう名乗った少女の瞳には疑問しかないようだった。本気で「剣を向けられる理由など思いつかない」と言わんばかりだ。


「そうです、愛です、愛なのです。私は皆様のことを愛しているのです。

 愛しているから、分かり合える、認め合える、許し合える、分かち合える、助け合える、支え合える、信じ合える、思い合える、笑い合える、そして愛し合えるのです。そうでしょう? 

 ですから、どうかその剣を納めてください。私達はきっと、話し合い、愛し合い、許し合うことができるはずです」


 まるで詠唱のように早口でまくしたてるメルフィア。

 内容だけ聞けばある種の純真さすら感じるが、その瞳の奥にはどこか常軌を逸した狂気が宿っているようにも思えた。


 するとスカーレが一歩前へ出て、大剣を構える。血走った目で、はっきりと言い放った。


「ご高説どうも、そして死ね!」


 激しい風圧とともに大剣が振り下ろされる。普通の人間なら、なすすべもなく斬り裂かれるだろう。


 しかし、メルフィアは避けようとせず両手を広げて受け止める態勢だ。


「大丈夫、愛ですから」


 その瞬間、スカーレの大剣がメルフィアの体を真っ二つに断ち割った。血飛沫が上がり、ドレスが裂ける。


(あっさり倒せた……?)


 俺達は思わず息を呑んだ。執行者を名乗るわりには弱すぎる。そんな疑問が脳裏をよぎる。

 こんなに簡単に倒せる相手なら、脅威でも何でもないはずだ。レオンハルトですら「……は?」と困惑の声を漏らしている。


 ――だが、甘かった。


 嫌な予感がしたのは、わずかな静寂が過ぎ去った直後のことだ。

 突如、レオンハルトの体がズバッと真っ二つに断たれる。


 見ると、先ほどまで真っ二つだったメルフィアの体は一瞬にして修復されていくかのように元通りの姿を取り戻していた。


「極スキル 『相死相哀そうしそうあい』」


 メルフィアが小さく呟く。

 狂気に彩られた笑顔を浮かべながら、そのまま言葉を続けた。


「私のスキルは死や痛み、苦しみを私以外の誰かに肩代わりさせる能力です。

 私が死んだら、私以外の誰かが死にます。私が悲しんだら、他の誰かが悲しむのです。

 どうです? まさしく、『愛』の為せる技でしょう?」


 狂喜じみた眼差しとともに、さらに畳みかける。


「痛み合うことこそが愛。悲しみ合うことこそが愛。苦しみ合うことこそが愛。相死あいし合うことこそが、真なる『愛』なのです! 

 だから、みんな私の恋人になってくれる。愛してくれるのです!」


 笑い声が甲高く響くなか、テレシアは素早くレオンハルトに近づき、回復魔法を施す。

 わずかに光を帯びた治癒の力により、真っ二つに裂かれた傷口がみるみる塞がっていく。


 レオンハルトは意識を取り戻し、荒い息を吐く。

 まさか無傷だった味方がいきなり両断されるとは、どう考えても理解を超えた異能だろう。


 不穏な空気がさらに高まるなか、メルフィアは頬を染めて俺のほうを見つめてきた。


「ですので、貴方も私の恋人になってくれませんか? 私、貴方とも愛し合いたいのです」


 美少女からの突然の愛の告白。平時なら喜ぶべきところだが、生憎状況が最悪だ。俺は手に魔力を込めて応じる。


「この流れで『はい、分かりました』なんて言うと思うか?」


 人間相手に攻撃するのは初めてだけど、やるしかない。あんな能力を持っている以上、放置しては王都が危険に晒される。


 ところがメルフィアは妖艶な笑みを浮かべると、挑発するように呟いた。


「あらあら、いけません。どうか攻撃しないでくださいまし。もし貴方が私を傷つければ、私の『恋人』が万単位で死んでしまうかもしれませんよ?」


 チッと舌打ちするしかない。

 俺が衝撃波を放てば、また誰かが「肩代わり」して死ぬというわけか。しかもその「誰か」が、どこにいるどんな人間なのか特定すらできない。

 行き場のない苛立ちが腹に溜まる。


 レオンハルトの言っていたことは正しかった。

 黒嵐竜やゴーレムと違って、能力が厄介すぎる。単純な力で押し切れる相手ではない。


「つーか、オメーはいったい何のためにここに来たんだよ。まさか、レインに告白するのが目的だったわけじゃねぇよな?」


 スカーレがなおも殺気を放ちながら問い質す。と、その声に被せるようにして別の声が響いた。


「その先の説明は、私が引き継ぐ」


 どこから現れたのか、背後に静かに立つ男がいた。

 無駄のない体つきにきっちりと整えられた黒髪、鋭い眼鏡のフレームが光を反射している。背筋が伸び、まるで定規で引いたようにまっすぐだ。

 服は白と黒を基調としたシンプルなもの。飾り気が一切なく、効率性のみを追求したようなデザインが目を引く。

 目元の冷たさは、さっきのメルフィアとは真逆のベクトルで恐ろしい。


「彼女の話は増長がすぎる。時間の無駄だ」


 男はそう言うと、眼鏡を片手でスッと直し、視線をこちらに向ける。


 スカーレが剣先をちらつかせながら睨みを利かせ、「誰だ、オメーは?」と問う。


 男は襟を正し、整然とした口調で名乗った。


「粛清会――第七執行者、《節制》のノルゼイン」


 二人目の執行者が、その姿を現した。

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