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働かない者はモテる

あれから三か月――。

 古代遺跡であの巨大ゴーレムを破壊して以降、粛清会は特に何の動きも見せていないようだった。


 粛清会の宣戦布告は、何かの手違いか勘違いだったんじゃないのか。あるいは、口先だけで実は大した組織じゃないのかもしれない。

 

 おかげで俺の生活は平穏そのもの。

 毎日昼過ぎまで寝て、飯を食い、だらだら遊んで、夜になったら酒を飲み、また寝る。

 

 Sランク冒険者という肩書きは最高のニート補助だ。Sランク冒険者になってから、ニートとしてさらに高みへと昇っている実感がある。

 

 そんな呑気な考えを抱きながら、いつものように王都の高いバルコニーから、働く市民達を酒片手に見下ろしていた。市民が働く姿は最高の酒の肴だ。


 突然、玄関で使用人が騒ぎ出した。


「レイン様、兵士の方がいらっしゃいました。王城からの召集とのことです」


 ああ、つまり仕事だ。ニート生活を謳歌していたというのに、年に五回もあるかないかの「出勤」がまたやってきた。

 俺は内心でため息をつく。だが、給料や補助がなくなったら困るので、渋々バルコニーから部屋へ戻り、軽く支度を整えた。



ーーーーーーーーーーー



 王城に着くや否や、手早く案内されて国王の前に通される。


「すまない、急ぎの案件だ……実はレオンハルト達が魔王討伐のため、魔王城に乗り込んでいったのだが、連絡が途絶えた」


 そう言う国王の顔には、焦燥感がにじんでいる。どうやらレオンハルト達が先行して魔王城へ乗り込んだものの、戻ってこないらしい。


「なるほど……で、俺に助けに行けってわけですね」


「そうだ。お前なら、一撃で肩をつけられるだろう。頼んだぞ」


 レオンハルト達は真面目すぎる。平和ボケした俺には理解不能なほどガンガン働きに行くが、その結果しばしば大ピンチに陥るのもいつものパターンだ。

 

 とはいえ、ギルドの仲間なので、そう簡単には放っておけない。


「はいはい、了解しました。サクッと倒して来ますよ」


 いつものように気の抜けた返事をすると、国王はちょっと苦笑する。


 周囲の騎士や大臣たちがざわつくなか、俺は魔王城に向かうべく、謁見の間を飛び出した。



ーーーーーーーーーー



 魔王城、といっても実際には、遠くにそびえる荒野の黒い要塞のことらしい。

 瓦礫の山を越え、まがまがしい尖塔を見上げながら奥へ進むと、案の定、レオンハルト達が戦っていた。


「う、わ……」


 思わず呟く。

 そこには数十メートルは優にある巨体の魔王と、何体もの幹部級の魔族がいる。

 魔王の体は真紅の皮膚で覆われ、頭には鋭い角が二本。地を踏むだけで衝撃が走り、空間がひしゃげて見えるほどの魔力が満ちていた。


 普通の冒険者なら近寄ることすらできないだろう。

 レオンハルト達でさえ汗だくで奮戦しているようだ。その姿からは疲労感が伝わってくる。


 手段を尽くしたのだろうが、魔王の圧倒的火力に苦戦しているようだ。


「人間風情がよく戦ったものだ……」


 魔王は大きく息を吐き、低い声で呟く。

 呟くと同時に、さらに体のサイズが膨れ上がり、オーラまで増大していくのが目に見えた。


「貴様らの正義とやらは、ここで潰える。――誇り高き英雄達よ、せめてあの世で語るがいい。人間という弱小種族を守るために、立派に戦ったとな!」


 そう叫びながら、魔王は手のひらに黒いエネルギーを溜め始める。


 見たところ、あのエネルギー球体が炸裂すれば周囲一帯が更地になるのは確実だ。レオンハルト達が一斉に回避行動を取り始めるが、巨大すぎる範囲攻撃を逃れられるかどうかは微妙だ。

 だが、俺からすればあまりにも大したことない。


「うるせぇ、さっさと消えろ」


 俺は大きなため息とともに、ほんの少しだけ手から魔力を開放した。同時に手を縦に振り下ろす。


 そして次の瞬間、魔王の巨大な身体がその場から吹き飛んだ――いや、正確には霧散した。塵も残らないほど木っ端微塵にしてやったのだ。


 魔王が溜めていたエネルギーは、その本体の消失とともに虚空へと消え失せていく。


「……」


 巨大魔族の幹部らしき連中が口をぽかんと開けている。


 もちろんレオンハルトたちも目を丸くしていたが、すぐに「またかよ」というようなしらけた表情に変わっていった。実際、困難な敵を瞬殺したのを何度も見てきたからだろう。


 すると、幹部達が慌てて散り散りに逃げようとする。いや、それどころか、何体かはこちらを憎悪の眼で睨み、魔法や呪詛をぶつけようと構え始めた。


「あぁ……幹部がまだ残っていたか」


 俺は何の気なしに手を横に払う。すると先ほどと同じく衝撃波が床をえぐりながら進み、幹部達もまとめて木っ端微塵に消し飛ばした。


 下手に生き残って後が面倒になるより、一気に片づけたほうが楽でいい。

 今日もノー残業で帰れそうだ。



ーーーーーーーーーー



 数刻後、魔王城から離れた俺たちは一度王城へ戻ることになった。

 もちろん報告のためだ。正直面倒だが、こういうときは形だけでも正式な手続きを踏まねばならないらしい。

 

 帰路、荒野を抜ける辺りで、レオンハルトがニコニコしながら俺の肩を叩く。


「いやぁ、ホント毎回助かるよ。ありがとうな、レイン」


 彼は相変わらず律儀だが、正直言って俺としては気まずい。大して苦労もしないで魔王を倒したわけで、ありがとうも何も……と思ってしまう。とはいえ、レオンハルトの笑顔を見ていると悪い気はしない。


 続いてスカーレも、わざとらしく肩を組んできて小馬鹿にしたように笑う。


「最初はオメーのことをマジでカスだと思ってたけど、やるじゃねぇか。見直したぜ」


 スカーレは毒舌ながら、最近では俺に対してかなりフランクだ。最初は結構嫌われていたものだが、今はそこそこ認められたらしい。


 テレシアはいつも通り無表情だ。時々「おおー」と少ない語彙で感情を示す程度。しかし、内心では感謝しているはず……だと思いたい。


 そのまま王城に戻ろうとしたところで、スカーレがふと疑問を口にする。


「そういや、オメーの能力は、魔力を積み立てるとか言ってたよな? あんだけ派手にぶっぱなしちまったら、今はもう魔力の残量がヤバいんじゃねぇのか?」


「いやいや、俺のスキルは貯金じゃなくて『投資』だ。貯めれば貯めるほど増えるんだよ。

 元の魔力量が大きければ大きいほど、増加量も上がるみたいでな。十年間積み立てを続けた俺の魔力は、とんでもないペースで増えるんだ。だから、今回魔王をぶっ倒した時に使った魔力は、二日もすれば元通りになるよ」


「へーぇ、便利な能力だねぇ」


 スカーレが嫌味なく感心するなんて珍しい。レオンハルトとテレシアも一応、その説明に納得したようだ。



ーーーーーーーーーーーーー



 城下町に着いた。

 目の前に広がるのはいつも通りの賑わいだった。

 行き交う人々の笑い声、露店の呼び込み、子ども達のはしゃぐ声。どこを見ても活気に満ちている。


 俺はそんな喧騒を眺めながら、のんびりと歩を進める。


「ん?」


 しばらく歩いていると、目の前に一人の美女が現れた。

 見覚えのあるピンク色の髪、そして同じ色合いのドレスを纏う少女。護衛らしき者の姿は見えないが、あの特徴的な姿と雰囲気は見覚えがある。


 ――そう、あの時。ゴーレムを倒して王都へ帰る途中、夕暮れの街で目が合った少女だ。


 あの時は見つめ合った後、すぐに通り過ぎたが、こうして再会するとは。


 少女はゆっくりと近づき、やけに甘ったるい視線を投げかけてくる。

 そして、まるで再会の恋人の元へ走り寄るかのように、俺に抱きついてきた。


「やっと……出会えましたね。私の運命の人」


「はぁ!?」


 混乱で頭が真っ白になる。レオンハルトが隣で「え? え?」と口走り、スカーレは訳わからんといった表情だ。


 少女はさらにグイッと俺の腰にしがみつき、胸元へ顔を埋めてくる。柔らかい感触をもろに感じさせられて、正直に言うとすごく嬉しい。


 けれど、状況があまりにも理解不能で、素直に喜べない。


「初めて会った日から、ずっと運命を感じていました。貴方は……私の王子様」


「お、おう……?」


 スカーレとレオンハルトの視線が痛い。二人とも「お前、何やってんだ」みたいな目だ。テレシアは無表情のまま、一言「おおー」と呟くだけ。


「え、えぇ……レイン、君の恋人……なの?」


 レオンハルトが完全に困惑したまなざしを向ける。


「オメー、未成年に手を出すとは最低だな! 見損なったぞ!」


 スカーレは拳をボキボキ鳴らす。未成年と断定するのは早計な気がするが、とにかくやばい。俺は慌てて弁解を試みた。


「待て待て、誤解だ! 俺はこの子のことはまったく知らん! 一度すれ違っただけ、それだけだ!」


 必死に叫ぶが、少女はまるで俺の言葉など聞こえないかのように、うっとりとした顔で言う。


「それだけで充分なのです。だって、運命ですもの」


「こいつ……!」


 スカーレが殺意に近い気迫を放ち始める。

 冗談じゃない、こんなどこぞの美少女の妄言のせいで殺されてはたまらん。


 やめろ! と叫ぼうとした瞬間、スカーレが呆れた様子で続けた。


「そもそも、レインのどこがいいんだよ!? コイツはバカでクズなニートだぞ!」


「バカでクズなニートが、好みなのです……」


 少女は信じられないほど恍惚な表情を浮かべている。


「それがツボな女はいなーい!!」


 スカーレが髪を掻きむしりながら、即座にツッコミを入れる。下手すれば俺より先にスカーレが暴走しないか不安になってきた。


 そんな修羅場ムードになりかけたところで、レオンハルトが仲裁に入る。


「ストップ。とにかく、君は一体誰なんだ。こうして名乗りもしないまま抱きついてくるのはおかしいだろう」


 彼はいつもの誠実な口調で言い、少女の肩にそっと手を置いて距離を取らせようとする。


「はっ……そうでしたね。お会いできた興奮ですっかり失礼を……」


 そう言うと、少女は俺から離れ、数歩ほど下がる。


 そして、スカートの裾を軽く摘んで優雅にお辞儀をした。

 さっきまでとは打って変わって落ち着いた仕草で、その動きにはどこか妖艶さが潜んでいる。


 そして、可愛らしい声色で、自らの名前を名乗った。


「私は粛清会――第三執行者、《恋人》のメルフィア=キルシェと申します」

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