粛清の始まり
ゴーレムを倒し、王城へ戻った俺達は、すぐに国王へ報告を行った。
レオンハルトやスカーレ、エリシアは無事だったこと、そして遺跡のゴーレムを破壊したことを伝えると、国王は一瞬だけ喜んだ様子を見せた。
何でも、イグナ=ラグ遺構にあったゴーレムは、失われた古代文明が生み出した最強の破壊兵器だったらしい。ゴーレムの技術を研究すれば、魔物を倒すための兵器開発が一気に進む、とのことだ。
もっとも、俺が木っ端微塵にしてしまったおかげで、その技術が得られるかどうかは怪しいらしいが。
国王にそのような話をされ、少しだけ気まずい気分になったが、そこから話が一転する。
唐突に険しい顔になった国王が、重々しい口調で告げたのだ。
「……ところで、お前達に伝えねばならないことがある。つい先ほど『粛清会』から、我が国を粛清──つまり滅ぼすという宣戦布告があった」
その瞬間、レオンハルト達が同時に肩を震わせた。スカーレは普段よりも険しい表情を浮かべ、エリシアはわずかに目を伏せる。
「なんだ、『粛清会』って……」
長い間引きこもっていたから、世間の情勢には疎い。
俺が首をかしげると、国王は深い溜息をついてから答え始める。
「世界最強の殺戮組織と言って差し支えない。
幹部達は『執行者』と呼ばれ、全員が極スキルの持ち主だ。下層の構成員でさえ、かなりの実力を備えている。
奴らの目的は、自分達以外の人間を抹殺し、優秀な者だけを世界に残すことだ」
「……わざわざそんなことする理由が分からねぇな」
正直、理解に苦しむ。優秀な人間だけ残して一体何の意味があるのか。
「極スキル持ちの人間は、その高すぎる能力がゆえに周囲と軋轢を生みやすい。……レイン、お前にも覚えがあるだろう?」
国王の言葉に、俺はかすかに胸がチクリと痛んだ。
確かに、俺はかつて極スキルが原因で孤立したことがある。周囲に勝手に期待され、勝手に失望された。そして、誰も相手してくれなくなった。
その結果、引きこもりの道を選んだ。
エリシアも、過去の経験で心を閉ざしてしまったと聞いている。極スキル持ちには人には苦悩があるものだろう。
「粛清会は、そんな優秀すぎて行き場のない人間を取り込み、自分達だけの世界を築こうとしているのだ。
結果、彼らの計画に巻き込まれ、蹂躙された国や都市は数知れない。今ここで何とかしなければ、この王国が滅びる番かもしれん」
国王は大きく息を吸うと、真剣な眼差しで話を続けた。
「近いうちに全面戦争になる可能性もある。そこで、国としてはSランク冒険者をはじめ、あらゆる戦力を動員する方針だ。お前たちの力も頼りにしているぞ」
そう言って、国王との謁見はひとまず終わった。周囲の家臣たちが忙しなく動く中、俺達は謁見の間を後にする。
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「……あらゆる戦力を動員って、大袈裟だよな」
廊下を抜けながら、素直にそう呟く。
すると横にいたスカーレが、眉を吊り上げて反論してきた。
「大袈裟なもんかよ。オメーこそ、もし粛清会との戦いになったら、エリシアから離れるなよ。
エリシアの蘇生回復は範囲が限られているからな」
どうやら、心配してくれているようだ。
最初は剣で斬り殺そうとしていたが、今は助言をくれる程度には心を許してくれている。
「いやまぁ、そうした方がいいのかもしれないけどさ……俺は黒嵐竜や遺跡のゴーレムを一人で倒せるんだぞ? 楽勝だろ」
「……いや、ドラゴンやゴーレムとは話が違うよ」
レオンハルトは真剣なまなざしで口を挟んできた。
「確かにドラゴンのパワーは凄まじいが、所詮は獣だ。
戦術を練り、正しい武器や魔法で攻めれば攻略できる。だが、粛清会は人間だ。極めて厄介な能力に加え、頭脳や謀略を駆使してくる。
こちらの戦術が全て読まれていて、気がついたら殺されていた、なんてこともあり得るんだ。油断は禁物だよ」
「へいへい、分かった分かった」
返事は軽いが、俺も少しは危機感を抱く。
どうやら、想像以上に厄介な集団なようだ。
そして、俺も極スキル持ちだ。粛清会とっては仲間にする価値のある人間であり、そうでなければ真っ先に消すべき対象だろう。
目をつけられ、執拗に追われる可能性は……捨てきれない。
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そうして王城を出た。
日は沈みかかり、もう夕暮れだ。
空が不気味なほど赤い。まるで誰かが血をぶちまけたように。
「じゃあ、またな」
ギルドメンバーの三人に別れを告げ、帰路に着く。
歩きながら、周囲の景色を見渡す。
いつも通りの街の景色だが、今日はどこかおかしく見える。
昼間の喧騒が嘘みたいになくなり、街の空気もどこか静まり返っていた。
「ん?」
ふと、視界の先に一人の女性が歩いてくるのが見えた。
彼女はピンク色の艶やかな髪を持ち、同じくピンク色のドレスをまとう、いかにもお嬢様然とした美少女だ。
周囲に護衛らしき男たちが数十名、恭しく付き従っている。
彼女は通りを行き交う人々を見ることもなく、ゆっくりと進んでいる。
彼女の周りだけ、周囲の空気とまるで違っていた。
「……」
そして、その視線がたまたま俺と交差した。
目が合ったその瞬間、彼女はその視線をずらすことなく、俺をじっと見続けた。
美人に見つめられるなんて、本来なら舞い上がるほど嬉しいはずだが、全くそんな気分になれなかった。何かが引っかかる。
まるで──狙われているような感覚。
数秒ほど俺を見つめた後、彼女は少しだけ頬を赤く染め、にっこりと笑ってみせた。