将来のために積立投資は大事
黒嵐竜討伐から数日後、俺は王都ど真ん中にある大きな家に住み始めた。
玄関ホールだけで、旧居(実家の離れ)全体の面積より広い。
ふかふかの絨毯が敷かれ、階段は大理石。奥にはサロン風の応接間もある。
国王から黒嵐竜討伐の褒賞とSランク冒険者の家賃補助が出たため、こんな立派な家に住むことができるのだ。
この家は二階建てで十数部屋あり、庭には噴水や花壇まである。管理が大変なため、使用人を二人つけてもらった。頼まなくても、勝手に掃除や庭の手入れ、食事の用意までしてくれる。
(……ああ、なんかもう幸せ過ぎて怖いな)
極上のニート生活の幕開けだった。
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王都に引っ越してからしばらく経ったある日の昼下がり。
いつも通り昼近くまで寝て、ふらふらと寝室からダイニングへ行くと、使用人が笑顔で迎えてくれた。
「お昼の準備ができておりますよ。今日は赤脂牛のフィレステーキに、サラダとスープをお付けしました。
よろしければワインもどうぞ」
テーブルには、分厚いステーキがドーンと鎮座している。しかも焼き加減がちょうどいいミディアムレアっぽい。
さっそくナイフを入れてみると、柔らかな肉質から肉汁がじゅわっと溢れ出し、食欲を猛烈に刺激する。
口いっぱいにステーキを頬張り、続けて高級ワインを一口……うめぇ。
ちょっと前まではひもじい思いで栄養チューブやクラッカーを齧っていたのに、まさかこんな王侯貴族みたいな生活ができるとは。
「ああ……俺って、完全に勝ち組だな。ありがとうございます、神様仏様、そして国王様……」
窓の外を見ると、甲斐甲斐しく働く商人や職人たちの姿がある。
対して俺は、寝て起きてメシ食ってるだけで金が入ってくる。
(……なんていうか、こう、愉悦だな。やっぱり、将来のために積立投資はしておくべきだよな)
そう考えてくすくす笑い、ワインを口に含む。
すると突然、扉をノックする音が聞こえた。
使用人が応対したようだが、数十秒後に血相を変えて俺の元へ向かってきた。
「……レイン様、失礼いたします。お客様が、どうしても直接お会いしたいと……兵士の方のようです」
兵士……?嫌な予感が脳裏をよぎる。
仕方なく椅子を立ち、玄関へ行くと、案の定、一人の兵士が真剣な面持ちで立っていた。
「レイン・ルーグ様。大変恐縮ですが、非常召集でございます! 直ちに王城へお越しください!」
その瞬間、俺は状況を理解した。
仕事だ。年に五回しかない仕事の日が今日なのだ。ものすごく面倒だが、この快適ニート生活を手放したくはない。
「分かった……すぐ行くよ」
こうして再び働く覚悟を迫られる。
だがまぁ、一撃で終われば大した苦労じゃないはずだ。サクッと終わらせて、また家に帰り、ごろ寝しよう。
俺は固く心に誓うと、急いで王城に向かった。
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数分後、王城の門へ到着すると、案内されるままに謁見の間へ向かった。
「来たか、レイン」
国王は少し焦燥感を滲ませながら言葉を発する。
周囲の家臣や騎士たちも慌ただしく書類や報告をやりとりしている。
「いったい、何があったんです?」
「……実は、ダンジョン攻略に向かわせたレオンハルトたちが危機に陥っているらしい。
至急、レオンハルトたちの元へ向かえ。場所は『イグナ=ラグ遺構』だ。転移魔法陣の準備は済ませてある」
あの真面目なリーダー騎士レオンハルトと、ツンケンした剣士スカーレ、そして無表情ヒーラーのエリシア。この三人がヤバい状況こそが俺の出番というわけだ。
「了解っす。さっさと片付けて帰宅しますわ」
「任せた。武勲のほどを期待する」
国王が颯爽と俺を送り出し、周囲の文官たちもせわしなく道を開ける。
奥の部屋に設置された転移魔法陣に近づくと、魔法陣が光り輝いた。
(やれやれ、あいつらはやっぱり働きすぎだろ。
でも、困ってるなら仕方ない。金のためにも一役買ってやりますか)
そう心中で呟きつつ、眩い光の中へ飛び込んだ。
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目を開けると、そこは鬱蒼とした森の中だった。
足元に転移陣の魔法円が微かに残光を放ち、やがて消える。
そして、木々の合間に見えるのは古ぼけた石造りの神殿のような建造物、イグナ=ラグ遺構だ。
「随分荒れてんな……お、こっちか?」
重厚な石の扉は斜めに壊れ、隙間から中へ入りやすそうだ。
恐らくここが入口だろう。俺は周囲をざっと見渡して、目立った魔物がいないのを確認する。
早く片付けて帰りたいので、サクサク中へ侵入してしまおう。
中に足を踏み入れると、薄暗い通路が続き、そのあちこちに魔物やゴーレムの残骸が散乱している。
ゴブリンの死骸や、石で造られたゴーレムが砕けた破片……なるほど、レオンハルト達が戦闘した形跡か。
「おーい、レオンハルト、エリシア、スカーレ、いるなら返事しろー!」
大声で呼びかけるが、返事はない。
仕方なく、血痕やゴーレムの破片を道しるべに、奥へ進むことにした。
大きな石柱が倒れた回廊を抜け、曲がりくねった階段を下り、さらにしばらく歩く。
暗い通路を適当に進むと、遠くで激しい衝撃音が聞こえてきた。
金属がぶつかるようなガシャーンという音、あるいは土砂崩れのようなゴゴゴ……という振動音だ。
(あっちで戦ってるのか……)
音の方向に走る。
数十分ほど奥へ進んだ末、大きな崩れた門が現れた。先へ進むと、やけに広い部屋になっていた。
部屋の奥には大きな魔石が据えられ、青白い光を放っているおかげで視界は割と良好。
そして――そこにレオンハルトとスカーレが肩で息をしながら立ち、後方でエリシアが必死に回復を飛ばしている姿が見えた。
「おー、お前ら、こんなとこで何やってんだ?」
思わず呑気に声をかけると、ドォン!という轟音が返事代わりに響く。
そこには数十メートルはある巨大なゴーレムが立ちはだかり、腕を振り回して床を砕いていた。
見たことない金属製で、コアらしき赤い宝石が胸部に埋め込まれている。下級ゴーレムとは明らかに一線を画す雰囲気だ。
「見りゃわかんだろ! 戦ってるんだよ!!」
スカーレが怒鳴り返す。彼女の髪は乱れ、剣にはいくつものヒビが走り、いつもよりずっと疲弊している感じだ。
レオンハルトも盾を握る手が震え、鎧の表面がところどころ焦げついている。
一体何があったのかと思えば、まずレオンハルトが絶叫した。
「気をつけろ! そいつは剣も魔法も通らない! 壊してもすぐに再生するんだ! レイン、何か対策はないのか!」
対策も何も普通に倒せばいいのではないでしょうか。
呑気にそんなことを考えていると、ゴーレムの様子が明らかに変わった。
[発射プロトコルG-01:照射、開始]
ゴーレムが無機質な音声を発し、その目にエネルギーが集まっていく。
レオンハルトが顔をしかめて警告する。
「来るぞ! あのビームだ! くそ、もう間に合わない!」
「エリシア、回復間に合うか⁉︎」
エリシアは悲しげに首を振る。すでに魔力を大量に消費してしまったらしい。あの『完全治癒(極)』も魔力が尽きれば使えないのだろう。
エリシアは必死で回復魔法の詠唱をしているが、魔力切れが近いのか明らかに青ざめている。
[5……4……3……]
ゴーレムがカウントダウンを始めた。
白熱するエネルギーが目に凝縮され、空気がビリビリと震えてきた。
絶対に避けきれない近距離で、これを撃たれたらひとたまりもない……はずだけど、俺にとっては大した問題じゃない。
「お前ら落ち着けよ。焦ってもいいことないぞ」
「何を言っているんだ! 逃げるぞ、準備をしろ!」
「オメー、後であたしがブッ殺す!」
レオンハルトとスカーレが口々に叫ぶ。エリシアも絶望的な表情。
ゴーレムの声は淡々と[2……1……]まで迫る。
「あああああぁぁぁぁぁぁ!! レイン何とかしろ!!!」
ヤケクソのようにスカーレが叫んだ。
「じゃあ……はい」
俺は軽く足を踏み出して、手を横に振る。わずかに意識を集中し、ほんのちょびっと魔力を解放する。
次の瞬間、俺の周囲の空間がわずかに悲鳴を上げたようにきしんだ。
そして、衝撃波が一直線にゴーレムを襲う。
何を言う間もなく、ゴーレムは粉々に砕け散った。
硬質な金属製らしき身体も、コアも、全て木っ端微塵だ。
部屋に轟音が響き渡り、破片が床や壁に当たって派手な音を立てるが、もはや再生の余地など一片もない。
部屋の隅にいたレオンハルトとスカーレは口をぽかんと開けている。
エリシアは「おぉ……」と小さく感心したようだが、やっぱり無表情気味。
(まあ、こんなもんだろ)
再び魔力放出をゼロに戻し、ヒュッと軽く息を吐く。
そもそも手を横に振っただけなんで、汗一滴すら流していない。
そのままゴーレムの残骸を放置して三人のほうへ近づく。
「さて早く帰るぞ。俺は残業が嫌いだ」