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働かない者は出世も早い



翌朝。

いや、もはや昼近くだ。長きにわたる引きこもり生活のせいで、時間の感覚が曖昧になって久しい。

薄暗い部屋で、マントやら栄養ブロックの空き袋やらが散乱する引きこもり空間を見渡しながら、再び寝直そうとしたそのとき。


「……ん? なんか外がうるせぇな」


聞き慣れない声がいくつも聞こえる。重い金属の足音、どなり声。

どうやら複数人がこのボロ部屋に押し寄せてきているっぽい。


「客を呼んだ覚えはないんだけど……」


渋々床から起き上がり、玄関の扉を開けた瞬間、ゴツい鎧を着た男たちがズラリと並んでいるのが目に入る。

さっそく剣の鞘に手をかける者、盾を掲げるやつ、杖を構える者……まるで人ではなく化け物にでも遭遇したかのような緊張感だ。


「貴様……レイン・ルーグだな? 王都所属の兵士だ。貴様を王城へ連行する」


先頭に立つ男は大柄で、まさに典型的な近衛兵といった鋼鉄甲冑を着ていた。

背後には10人以上の兵士が控えていて、どう見てもただ事ではない空気が漂う。


「え、何? 何をやらかしたってんだ……?」


俺はまだ頭が半分寝ているような感覚で、まぶたをこすりながら質問する。

すると兵士長らしき男は、腰の鞘に軽く手を添えつつ言い放った。


「貴様が黒嵐竜を一撃で倒したという噂が王城に届いたのだ。国王陛下が貴様をお呼びだ。

 ……抵抗するなら逮捕するが?」


「はぁ……」


ここで無理に抵抗して兵士を倒そうものなら、また働いたことになってしまう。引きこもりプロとして由々しき事態だ。

挙げ句、さらに騒ぎが大きくなれば、さらに多くの兵士やギルドに追われるといった面倒事が増えかねない。

つまり俺に選択肢はないわけだ。仕方なく腕を上げる振りをして降伏した。


「わかった。とりあえず、おとなしく着いていきゃいいんだろ?」


「……最初からそうしていればいいものを」


兵士達はホッとしたらしく、手にかけた剣や盾を納めた。

俺が部屋に鍵をかける間、兵士達は黙って待機していた。正直、中身が空っぽのような部屋に鍵をかけても意味はないのだが。


「……はあ、こういうの本当にやめたい……早く終わらせて家でゴロゴロしたい……」


心の底からそう嘆きつつ、俺は兵士の一団とともに家から離れた。


ーーーーーーーーーー


連れて行かれた先は、王都の中心にそびえる壮大な城。

かつて勇者候補に選ばれたときに一度だけ来たことがあるけど、十年ぶりに来た懐かしさより疲れが勝る。

ここまでの道中ですでに体力をかなり使った……と言いたいところだが、正直俺の魔力量は1ミクロンも減っていない。精神的に疲れただけだ。


青い絨毯が敷き詰められた謁見の間に通されると、玉座に陛下らしき男性が座っている。

年の頃は五十手前だろうか。立派な髭をたくわえ、金と紫を基調とした王者の装い。

周囲には武官や文官が並び、厳粛な空気が漂っていた。


「……お前が、レイン・ルーグよな?」


国王が低く響く声で問いかける。

俺は渋々頭を下げた。礼節だけは一応習っていたから、流れ作業のように挨拶する。


「はっ。……なんのご用でしょうか、陛下。俺は単なる引きこもりで……」


「――お前が黒嵐竜を討伐したと報告を受けたが、それは誠か?」


ズバリ核心を突いてくるあたり、さすがこの国のトップか。

俺は周囲の貴族や兵士たちの殺気混じりの視線を感じつつ、あっさり肯定した。


「ええ、そうですよ。別に討伐しようと狙ったわけじゃなく、向こうが襲ってきたから返り討ちにしただけです」


その瞬間、周囲がザワザワと騒ぎ始める。

「やはりアイツが……」「まさか本当に……」と口々に呟いている。

陛下は咳払い一つで静寂を取り戻し、鋭い目線をこちらへ向けた。


「ふむ……やはり本当のようだな。あの黒嵐竜を一撃で倒すなど、にわかには信じがたいが……まぁ、証言とも一致するし事実なのだろうな」


「……それで?」


「お前には後ほど褒美を賜わそう。――そして、使命を与える。

 お前を『Sランク冒険者』として認め、冒険者ギルドに正式に加入させる。どうだ、受けるか?」


まっすぐに俺を見つめる陛下。

「黒嵐竜レベルを一撃で葬った戦力」を放っておくのは惜しいとか思っているのだろう。Sランク冒険者として、強力な魔物の討伐や災害への対処をしてほしいと考えているらしい。

しかし、俺の答えは当然決まっている。


「お断りします。俺、働いたら負けだと思ってるんで。絶対にイヤです」


即答した瞬間、またしても周囲がどよめいた。

だが、国王は慌てずにニヤリと笑みを浮かべる。――まるで、予想済みだったかのように。


「お前のような放蕩者……もとい、自由人は簡単には首を縦に振らんだろう。

 そこで条件だ。給料は年一億ゴールド。有給休暇は年360日、家賃補助は月に300万ゴールドまで保証する。

 さらに必要であれば、料理や掃除をする使用人も複数つけてやろう。フレックス制の導入で、仕事が終わり次第すぐ帰宅も許す。どうだ?」


聞いた瞬間、俺の脳内に衝撃が走った。

年収一億? 有給360日? 

つまり一年が365日だとすれば、実質稼働日は5日ってことだろうか。

しかもフレックス制で「仕事が終わったら即帰宅」なんて……働く気ゼロの俺にとって、これ以上ない条件だ。


「えっ……それ、マジで? ……いや、冗談でしょ、王様」


「本気だ。どうしてもお前の力が欲しい。黒嵐竜を一撃で倒せる人間など、まず存在しないからな」


陛下は腕を組み、余裕の笑みを浮かべる。

周囲の貴族や兵士たちも、苦々しい表情をしながら黙っているところを見ると、これは明確に国策として決めたことなんだろう。

それだけ、黒嵐竜クラスを一瞬で葬れる戦力は欲しいに違いない。


(こりゃあ、俺にメリットが大きすぎないか?)


働いたら負け……なんて言ってるけど、これは働くうちに入るのだろうか?

ほとんど休みで、しかも給料だけは大量にもらえる。働く日数たったの5日だし、下手したらその5日すら大したことしなくて済むかもしれない。

これなら、事実上のニートライフに近いのではないか。

思わず心の中でガッツポーズをした。けれど、表面上は取り繕いつつ、ペコリと頭を下げた。


「わかりました。世のため人のため、国王陛下のため、誠心誠意、Sランク冒険者として働かせていただきます」


陛下は満足げに頷いた。


こうして、あっという間にSランク冒険者という称号を得ることになってしまった。

正直、ギルドに入るなんて面倒くさいし、仲間と馴れ合うのもご遠慮願いたいところだけど、これも誇り高きニートライフを守るためだ。


「これはSランク冒険者専用のバッジ……正確には徽章だ。胸につけていれば誰もSランク冒険者であると疑わないし、どこのギルドでもお前は最優先で扱われるぞ」


玉座の横に控えていた文官が、金と黒の意匠が施された徽章を差し出してくる。

Sランク……本来ならそれ相応の実績を積んで評価を得なければならないが、黒嵐竜討伐によって飛び級が認められた。


「では、Sランクギルドの仲間を紹介しよう。──おい、出てこい」


国王が錫杖を手に、玉座の脇でトントンと地面を叩く。

すると、謁見の間の奥にある扉が静かに開き、三人の人影が入ってきた。

一人は銀髪の長身で、重厚な鎧をまとった騎士風の男。

もう一人は赤髪の長髪を揺らす女性で、背には大剣を背負っている。

最後の一人は金髪を軽く結い上げ、白衣のような祈祷服を纏ったヒーラー風の少女だ。


「彼らが、王国公認のSランクギルド《ヴァイス・ブラッド》のメンバーだ。今後、お前と一緒に働く仲間になる」


仲間か、なんだかガチなメンツっぽい印象だ。

銀髪の男は静かに目を伏せて、こちらを探るように見ている。赤髪の女性は俺を一瞥して鼻で笑った。金髪の祈祷師は、ひそかに小首をかしげているだけ。


(頼むから面倒くせえ性格じゃありませんように……)


そんな祈りが通じるかは不明だけど、どうやらここからが俺の冒険者生活の始まりらしい。


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