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第9話 目立ってしまう幼馴染と、目立ちたくない俺1



 緊張の走る教室の中、数学教師が「はぁ……」とこれ見よがしにため息を吐く。


「……なんだ、このクラスは。こんな問題も答えられないのかね。では……、ルイード・リッツカール」

「はい」

「君ならどう解く?」


 授業中、誰も答えられなかった問題の解答を教師に名指しされて、黒板の前までルイが迷いなく真っ直ぐに歩いていく。


「…………よろしい。正解だ。皆もルイードを見習う様に」


 片眼鏡モノクルに手を当てた教師がルイの解答の正解を告げると、教室中が沸き立つ様にルイを賞賛する声でざわめく。


 そうして、教師から着席を許され、俺の隣の席に座ったルイを見ながら、俺は思う。


 こいつの真に凄いところは、単に頭が良く、正しい正解を導き出せることではない。


 こういう状況下においても、誰からもやっかまれたり嫌われたりすることがないということだ。



 ◇



「……だから、先に式を簡略化してから代入した方が計算が簡単になるし間違いにくくなるだろ?」

「あ、そっか」


 基本的に毎日、授業が終わると放課後か寝る前にルネと勉強する時間を取る。

 資料があったほうがいい科目の時は放課後自習室に行くし、教科書と問題集だけでなんとかなる科目の時は部屋でやることが多いのだが。


 今日は日中、ルネがテニス部の助っ人に駆り出されていたため、夜に自室で勉強を行っていた。


「あ〜……、今日のドーマン先生の問題も、予習してなかったらマジで無理だった……」


 そう言ってルネが、うーんと背伸びしながら椅子に背中をもたせかける。

 ドーマン先生というのは、昼間うちのクラスに難題をふっかけ、それを解いたルネを称賛した数学教師だ。


 どうやらルネはドーマン先生の最近のお気に入りらしく、ああやって少し難しめの問題をふっかけられては前に出て回答を書かされるということを頻繁にさせられていた。


 毎回それで、周囲の生徒たちもルネが問題を解けるかどうかハラハラしながら見守るのだが、あっさりとルネが正解を導き出すことで、自分も一緒にドーマン先生の鼻を明かした様な気分になれるのが気持ちいいらしい。


 だからといって、それで別に調子に乗ったり周りを見下したりするわけでもなく、「いや、毎回やばいと思って必死に予習してくるだけだよ」と公然と言えるあたりが、クラスの生徒たちからも好かれるというルネの美点だった。


「実際、先生の授業よりユーベルに教えてもらう方がわかりやすいんだもんなあ」

「お褒めいただけるのは光栄としてだな。……お前、前からちょいちょい言ってはいるが、頼むから変に目立つなよ」


 ――お前が目立つと、どうしたって『実は女子である』とバレてしまうリスクが高くなるんだよ――、と。

 口では直接言えないために内心でそう思いつつ。

 しかしどうにかこの思いが伝わってほしいとやんわりと釘を刺すつもりで言った言葉なのだったが、どうやらルネは違う意味に受け取ったらしい。


「じゃあユーベルは僕にわざと間違えて、恥をかけって言うわけ?」

「そういうわけじゃないが……」

「大体、本当はユーベルが本気を出していれば、僕が出るまでもないのに」

「…………」


 たしなめるつもりでかけた言葉が、逆に刃となって返ってくる。


「……なんで隠そうとするのさ」


 ――本当は誰をも凌駕りょうがする実力を持っているのに――。


 眼差しだけで、何かを訴える様にこちらを見上げながら。

 ルネがきゅっと、机の上に乗せた俺の手を、握り込んでくる。


 藪蛇をつついてしまった、と遅ればせながらに気付いたが、時すでにもう遅しだ。


「……お前だって知ってるだろ」

「テオのこと?」


 苦し紛れに端的たんてきに答えると、向こうも的確に俺の言わんとするところを突いてくる。


「でもテオはもう、納得をつけてるよ」

「……テオはな」


 テオ、と言うのが、俺の兄の名前だ。

 正確にはテオドールという。

 俺とは違って、努力家で優秀で社交性もある、表向きにはいわゆる正統派好青年と呼ばれる男。


 俺にやたらとウザ絡みをしてくる兄は、しかし対外的には非常に外面そとづらがよく、非の打ち所がない立派なルートベルト家の後継者だった。


「……ユーベル、でも」


 俺が顔を曇らせたのに気付いたルネが、そう言って俺の名を呼びながらぐっとこちらに身を寄せ、さらに何かを言い募ろうとした瞬間――。


「おいルイ! お前、さっきテニスコートにタオル忘れてったろ!」


 ――と。

 外から、ルネに忘れ物を告げるクラスメイトの声が聞こえてきた。


 その声に、思わずふたりで机の上で重ねていた手をパッと離す。

 それから俺は、目の前のルネの格好を上から下までまじまじと見た。


「……お前、その姿で出るつもりか?」

「だって、今日はもう部屋から出ることないと思ってたから……」


 俺の問いかけに答えになっていない答えを返すルネは、確かに放課後テニスで汗をかいたために早々に湯を浴びて寝巻きに着替えてしまっていた。

 一応、冷えない様に寝巻きの上に厚手のガウンは着せ掛けていたが、それでも寝巻きは寝巻きである。


「……いい。俺が出る」


 一応、男になりすましているとはいえ、中身女子の寝巻き姿を表に出せるか。


 そう思って俺が立ち上がり、同じくルネにも立つ様に促すと、有無を言わさずルネをベッドの方まで追いやり、そのままベッドの上の上掛けを捲り上げてその中にルネを放り込んだ。


 『他の男に見せるのはダメで、じゃあ俺が見るのはいいのか?』と問うてくるやつもいるかもしれないが、そこはそれ。

 幼馴染特権とルームメイト特権のダブルコンボである。


 そうしてかちゃりと扉を開けると、ノートを届けてくれた友人に「あいつ今寝てるから」と言い訳を言って、しれっと忘れ物を受け取った。


「…………」


 友人を見送ってドアを閉めると、そこにはもの言いたげな目で俺を見つめるルネの姿。


「……なんだよ」

「別に僕、寝てなんていないけど」


 ベッドの上で、上掛けを頭からかぶりながら、ルネがジト目で俺を睨んでくる。


「元はと言えば、お前がタオルを忘れてったからだろーが」


 そう言いながら俺は、ベッドの上のルネに向かってタオルを放り投げる。


「…………」

「……なんだよ」

「……ユーベルの過保護」

「……」

「ユーベルのお父さん」

「……いや、お前のお父さんじゃねえわ……」

「じゃあお母さん」

「あのな……」


 一体なんでそんな話になったのかと、ため息をつきながら再び椅子に座ったところで。


「……でも、そんなユーベルが好きだよ」


 ふいに、そう言われて。

 俺が、そんなルネを思わず見やった瞬間、こちら側からその顔が見えない様、ルネががばりと上掛けを被ってしまった。


「……ルイ?」

『もう寝る!』


 上掛けの向こうから、くぐもった声が聞こえてくる。


「……お前さっき、自分でまだ寝てないって」

『でももう寝るの!』

「勉強は……?」

『明日する!』


 そうやって、上掛けの中から返ってくる声に思わず苦笑する。


「……じゃあな。おやすみ」


 俺がルネのベッドに近づき、そう言ってぽんとこんもりと丸まった上掛けを叩くと、上掛けの隙間から赤くなった顔をちらりと覗かせたルネが『……おやすみ』とくぐもった声で返してきた。


 ――ほらな。

 やっぱり憎めない。


 マイペースで、時に傍若無人ぼうじゃくぶじんで、自由な風の様に生きるルネは。

 俺みたいな人間からすると、眩しすぎるほどに煌めいて見えるのだった。

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