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第8話 伯爵令嬢は幼馴染を籠絡したい2 【ルイ(本物)視点】



◆ルイ(本物)視点◆




「ねえルイ、どう?」


 そう言いながらルネが、ハイベルク寄宿学校の制服を着た姿で、くるりとこちらに向かって振り返る。


「うん。初対面の人なら、これが僕じゃなくてルネだっていうのは絶対わからないんじゃないかな」

「……そっか。だよね!」


 僕の言葉に、ルネがホッとした様子を見せる。


 ……十六歳にもなって、双子の妹とたいして背丈が変わらないっていうのも我ながら情けないけれど。


 ハイベルク寄宿学校の制服に身を包み、伸ばしていた髪を惜しげもなく僕と同じ長さまで切り揃えたルネは、客観的にどこからどう見ても僕が立っているようにしか見えなかった。


 ――まあ、ユーベルがこれに気付かないとは思わないけどね。

 あのユーベルのことだ。

 なんだかんだいって早晩、ルネのなりすましに気付くんじゃないかと思った

 偽装に自信たっぷりなルネは、そうは思ってない様だけど。


 でも、男子寄宿学校に来たのが僕じゃなくてルネだって気付いた時のユーベルの反応を想像したら、確かにこの展開は思った以上に面白いかもな、と不謹慎にもワクワクしてしまった。


 あの、基本淡白で物事にあまり動じないユーベルでも、流石に今回のことは度肝を抜かれるだろう。


 その様を――、間近で見られないことだけが残念だった。


 男子校に潜入する妹のことが心配ではないわけではないが、それもきっとユーベルがなんとかする。

 あいつは――、普段はやる気なく実力を出すことを拒んでみせる節があるけれども、そもそもは【ルートベルト家稀代(きだい)の天才】と呼ばれていた男なのだ。


「じゃあ、私行くね」


 物思いの世界につい入り込んでいた僕にルネがそう言うと、彼女が僕の旅行鞄を持ちあげる。


「うん。まあ、言っても仕方ない気はするけど、一応気をつけてね」

「……一応ってなによ」


 ちゃんと心配しなさいよ、と軽くむくれる妹を、励ます様に背中に手を回す。


 ――僕の宝物。

 ――かけがえのない大切な妹。

 ――願わくばそんなルネに、幸せな未来がおとずれますよう。


 そう祈りながら。

 背中に回した腕に力を込め、ぎゅっと抱きしめた。



 ◇



 こうして、妹は僕の代わりに、男子校であるハイベルク寄宿学校へと旅立って行ったのであった。

 我ながら胆力のある妹だとは思うが、自分で決めたことなので後は頑張ってくれとしかいいようがない――。


「――ルネ! いつまでねているのだ! ルイが出発するのも見送りに来ないで……!」


 そう言って、父が勢いよくルネの部屋のドアを開け、室内で彼女の出立を見送っていた僕の元にやってくる。

 ――が。


「…………は?」


 そこに、いるはずの娘がおらず。


 代わりに寄宿学校に向かって出発したはずの息子ぼくが、ルネの部屋の出窓に腰掛けて足をぶらぶらさせていることに、父が困惑した表情をみせる。


「……ルイ? え、これは……、どういうことだ……?」


 ――ああ。

 だめだね、お父様。

 ここに来る前に気付けないから、ユーベルに娘を取られちゃうんだよ。


 父に対して同情する気持ちがないわけではないが、それでも、どちらに味方をするかと言えば妹に天秤が傾かざるを得ない僕は、飛び込んできた父に向かってにっこりと笑いかける。


「どういうこともなにも。さっき出発した方がルネですよお父様」

「………………はあっ!?」


 僕の告げた答えに、父がすっとんきょうな声を上げる。


「素直に応援してあげた方が娘からの好感度も上がったのに。無理強いしようとするからこうなっちゃうんですよ?」

「――い、今すぐさっき出発した馬車を……!」

「いいの? ここで連れ戻したらもう一生ルネには口を聞いてもらえなくなると思いますけど」


 いや、それどころか。

 どちらかというと、更にぶっとんだ方法で強硬きょうこうに出て、父をぶっ倒れさせかねない。

 今でさえ十分にあり得ない手段を取っていて、かつ父にも止められなかったのに。


 そう言って父に向かってにっこりと脅しをかけると、脅しをかけられた方の父はがっくりと肩を落とし、沈痛な表情を見せた。


「お前もお前で……、わかっていてなぜ止めないのだ……」

「一応忠告はしましたよ。でもそれを聞く相手じゃないってことは、お父様だってわかってるでしょうに」

「…………」


 僕の言葉に沈黙でもって返す父は、僕の言いたいことが痛いほどにわかったのだろう。

 伊達にお互い、《《あのルネ》》の家族を十六年やってきているわけではないのだ。


 とは言え、さすがに落ち込ませるばかりでも可哀想なので、息子として父を労わる言葉もちゃんとかけた。


「大丈夫ですって。あの子、あれでちゃんとしっかりしてますし」

 

 それに――、何かあれば間違いなくユーベルがフォローしてくれるし、という心の声は、口にはしないで胸の内に留めておいたが。

 それを口にすると、父の怒りを煽ることになるだけなのはわかってるから。


「まあ、長期休暇には帰ってくるでしょうし、その時にちゃんと頭を冷やして話せばいいと思いますよ」


 それまでは後は、ちょくちょく手紙でも書いて、親娘関係の修復にでも努めるのが吉じゃないでしょうかね――。


 僕がそう言うと、父はようやく諦めがついたかの様に「ぐ……、ぬう……」とうめいた後、大きく息を吐いた。

 とりあえず、ひとまずのところ、父を説得するというルネとの約束は果たせたらしい。


 ――後は、自分の力でなんとか頑張れよ。


 今頃、寄宿学校に向かう馬車に揺られているであろう妹に、心の中でエールを送る。

 あの二人が学校でわちゃわちゃする姿を、間近で見られないことだけが残念だけれど。


 そう思いながら僕は、妹の健闘と幸せを祈りながら、ルネがいるであろう彼方空の下に目を向けるのだった。



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