第5話 幼馴染との同室生活は快適です3
――さて。
ダグから昼に『お前は四六時中ルイと一緒にいておかしな気持ちになることはないんか』と聞かれた時。
俺はすかさず『無い』と即答したが。
実際のところ――それが本当に全く無いのか――と聞かれると。
正直に言ってそれは、嘘だった。
◇
……かちゃっ。
夜中、微かに室内に響いたドア音に、うっすらと俺の意識が浮上する。
開かれたドアの隙間からは、バスルームからトイレの水が流される音が漏れ入ってくる。
――ああ、《《今日もか》》。
咄嗟にそう思う。
そして俺は、《《それ》》が起こる前に、起き上がって静止しようとベッドから身を起こそうとするが――。
生憎なことに、相手の方がこちらの想定よりも速い速度で移動してきたために俺の目論見は叶わず、ぼふっ、と俺の寝ていたベッドの上にそのまま相手がダイブしてくる。
「んぅ……」
「ぐっ……。ちょおい、お前、やっぱりまたかよ……!」
――そう。
俺が『《《今日も》》か』と思った出来事。
それは、夜中にトイレに起きたルネが、そのまま寝ぼけていつも、間違えて《《俺のベッドの上》》に戻ってくることだった。
いつも、とは言っても、せいぜい二週間に一回くらいのペースではあるが。
それが多いと感じるか少ないと感じるかはまあ個人差があるだろう。
最初にそれが発生して、ルネが寝ている俺の上に飛び乗ってきた時。
心臓が飛び出そうなくらい驚いて――、思わず大声をあげそうになったのを堪えられたのは我ながら本当に偉いと思った。
そうしてそれが、一度だけではなく二度三度と続き、一体なんなんだと考えた結果、ふと俺の脳裏に蘇った記憶があった。
それは、昔見たリッツカール家にあったルネの部屋だ。
昔、リッツカール家のルネの部屋に遊びに行った時に見た、部屋の中のトイレとベッドの配置が、ちょうど今の部屋のトイレと俺のベッドの配置と同じだった。
つまりは――、夜中にトイレに起きる時、ほぼ無覚醒の状態で起き上がったルネは、そのまま惰性で自分のベッドに戻ろうとした結果、その先にあるのが実は俺のベッドという状況が生まれているわけだ。
「ルイ。ルーイー」
ぺしぺしと、俺の上にのしかかってくる幼馴染をなんとか起こそうと背中を叩くが、こうなってしまうといくら起こそうとしてもピクリとも起きない。
それでも、無駄だとわかっていても一応起こそうと努力するのは、これから取る俺の行動が、やむ無く行わざるを得なかったという免罪符を得るため。
ヘタをするとこいつは、このまま温もりを求めて寝ぼけたまま俺のベッドの中まで潜り込んでこようとするので、そうなる前にコトを片付けようと「はあ……」とため息をつきながら、よっこいしょと上掛けごとルネを持ち上げる。
「ん……、むぅ……」
俺が持ち上げると、収まりのいいポジションでも見つけたいのか、むにゅむにゅ言いながらルネがもぞもぞと身じろぎし、きゅっ、と俺に抱きついてくる。
…………、
…………いや。
…………いや、なあ。
可愛いなと思うよ。可愛いとは。
可愛いのはいいんだけど。
対面のベッドまで運ぶ間、耳元をふわふわとくすぐるルネの吐息を感じながら『なんの苦行をさせられているのだろう俺は』と思う俺の気持ちを、おわかりいただけるだろうか。
「ほら、下ろすぞ」
一応そう声はかけるものの、熟睡しているので意味がないことはわかっている。
「あっ、コラ。お前の上掛けはこっちだ。そっちは俺の」
「んんん〜」
せっかくルネをこいつのベッドまで運んできてやったのに、寝ぼけたまま俺の上掛けを離そうとしないので、起こさないように気を使いながらも上掛けを取り返そうと格闘する。
……いや、ヤダヤダー、じゃないよ。
お前が両方持っていったら俺の上掛けが無くなるんだっつの!
しかし、こうなってしまったらもうどうしようもなく。
ルネがしっかりと掴んでしまった俺の上掛けを離してくれないために、結局この日は自分の上掛けを諦めて代わりにルネの上掛けを拝借して寝ることとなってしまった。
――なんか、めちゃくちゃルネの匂いがするな……。
いや、いいんだけど別に。
臭いわけじゃないし。
嫌な匂いでもないし。
でもなぜか、自分が悪いことをしている様な気持ちになるのはなぜだろう……。
どちらかというと俺の方が被害者だというのに。
ルネとの真夜中の格闘のせいですっかり目が覚めて眠れなくなってしまった体を横たえ、肩肘をついて反対側に据え付けられたベッドですやすやと眠るルネを見やる。
こいつ、もしかして。
俺の前で正体隠す気とかさらさらねーんじゃねーだろーか。
というかマジで、運良く俺がルームメイトだったからよかったものの、そうじゃなかったら一体どうするつもりだったんだろう……?
考えるだけで胃が痛くなりそうだった。
「…………」
……だめだ、寝よう。
こうやって、ルネが一度夜中にトイレに起きた後は、その日はもうトイレに起きてくることがないというのもここに来て知ったルーティーンだった。
いや、幼馴染のそんなルーティーンを知ることの方がおかしいことだと思うのだけれど。
――どんなに、男の格好をして、男のふりをしようとしても。
こうやって毎回、ベッドの上にのし掛かられて持ち上げると、その軽さや柔らかさはどうしても男のものと違うとわかってしまう。
だからこそ、余計にこいつのことを守ってやらなければという思いにさせられてしまうのだが。
だから、昼間ダグから言われたことが、『全くルネを意識することはないのか』という意味だと捉えると。
それは嘘だと言わざるを得なかった。
……はあ。
ようやく、自分の体温を吸収して暖まってきたベッドのなかで、とろとろと微睡がおとずれる。
いい匂いのする上掛けの向こうから聞こえる、規則正しい寝息。
その柔らかな音に導かれるように、俺も再び眠りの世界へと誘われていくのだった。