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第2話 幼馴染のなりすましは、俺の前だけ時々ポンコツ






 さてさて。

 ここでもう一度、俺たちの通っている寄宿学校の説明をしておこう。



 ――ハイベルク男子寄宿学校。



 ここは、数ある貴族子息のための寄宿学校ボーディングスクールの中でも、優秀な者のみが籍を置くことを許される、いわゆるエリート校だ。



 自国の貴族はもちろん、近隣諸国の王族さえもこの学び舎で学ぶために留学してくるという、名門中の名門。



 毎年、『貴族令嬢が結婚したい学卒生No. 1』に輝くこのハイベルク男子寄宿学校だが。



 ここには今、学校中の人気者と言っていいほどの有名人がいた。



「よう、ルイ! お前、今度うちの部活にも助っ人頼むよ!」

「ル、ルイくん……! もしよかったら今度、僕とお茶でもしながら近代美術について語りあわないかい……?」

「ルイード君。君さえ良ければ、ぜひ生徒会の一員となって活躍してもらいたいのだが……」



 そう、それは――ルイード・リッツカール。

 ――ではなく、正確にはルネット・リッツカール。



 ルイに成りすまし、9月からこのハイベルク寄宿学校に入学したルネは。

 入学したばかりのこのわずかな期間で、なぜかこの学園の人気者と成り上がっていたのだった――。



 ◇



「ユーベル。授業終わったのにいつまでぼおっとしてるの」


 授業が終わった直後、教室で頬杖をつきながらぼおっと考え事をしていた俺に、《《ルネ》》が話しかけてくる。


「おいルイー! このあと暇ならチェスやんねえかー?」

「ごめんー! 今日はユーベルの勉強を見るって約束だからー!」


 そう言ってルネが教室の入り口から声をかけてきた男子生徒に答え返すと、「ちぇー、また今度なー!」と言って、ルネからすげなく断られてしまった男子生徒が廊下に消えていく。


「……なにが勉強見る、だよ。勉強見てやってるのはどっちだよ」

「……だって。それはユーベルがちゃんと真面目にテストの解答を書かないからじゃん」


 真面目にテストを受ければ楽勝で学年一位を取れるくせに、とルイが口を尖らせる。


「……そんなの取ってどうする。うちにはもう、優秀な兄貴もいるんだし」


 そうなのである。

 人付き合いが苦手でなるべく目立ちたくない俺は、正直あまり色々なことで矢面には立ちたくなかった。

 学校の成績然り。

 イベントごと然り。

 人間が嫌いというよりは、人間関係の中で起こる摩擦が苦手なのだ。

 特に意識高い系の貴族子息は、時によくわからないことで難癖をつけてきたりする。

 そういったことで相手といざこざを起こすのが面倒であるが故に、全てにおいて並より少し下くらいのラインで目立たずにいたいという俺のスタンス。


 親からは、学校さえちゃんと卒業すれば、成績は問わないと言われていた。

 侯爵家であるルートベルトの家は、人付き合いがうまく要領のいい兄が継ぐことになっている。


 だから俺は、この学校ではなるべく目立たずにひっそりと過ごそう――と思っていた矢先の、ルネの登場である。


 目立ちたくなかったのに。否が応でも目立つ幼馴染。

 ――なんであのルイード・リッツカールが、あんな地味で目立たない男と一緒にいるんだ――? と、最初のうちこそものめずらしく見られたが、ルネの「幼馴染なんだ」の一言で一蹴された。


 それからはめでたいのかめでたくないのかわからないが、人気者のルネと地味な俺は幼馴染だからという形で公認コンビだ。


 ……ああ、目立ちたくなかったなあ……。


 とはいえ、ルネの正体バレを防ぐためになるべく近くにいようとするとどうしても目立ってしまうので、最近は少し諦め気味だ。


 それでも、なるべく気配を薄くするよう日々意識はしているのだが。


「……ほら。勉強すんだろ。早くしないと自習室埋まるぞ」


 そう言って自席を立ち上がると、手にした薄いノートでルイの頭をペしりと叩き。

 

「痛ったぁ……」


 実際には全く力は入れていないので痛いはずなどないのだが、抗議するようにルイがうめく。

 そうして、先に俺がすたすたと教室を出ようとすると「あっ、ちょっと待ってよ」と慌ててルイも付いてくる。


「……お前な、いくら暑いとはいえ、上着くらい着ろよ」

「えーだって。天気もいいし、こっちの方が気持ちいい」


 そう言うルイは、スラックスの上にシャツ一枚という軽装だ。

 制服のジャケットを片手に肩にかけながら、俺の忠告をあっさり受け流す。

 確かに、秋も深まってきたがまだ強い日差しが降り注ぐ日中は上着を着ていると暑いのはわかる。

 しかしそれでも――、万が一にでもアクシデントが起こって、正体がバレそうになったらどうするんだ? とヒヤヒヤ思う俺の真横で、まさしくこの瞬間に事件は起こった。


「あっ、うわあっ!」


 その叫び声が辺りに響き渡ったのは、ちょうど俺たちが教室棟を抜けて、図書棟へと続く渡り廊下を歩いている時のことだ。

 授業後ではあるが、まだ日暮れとはほど遠い明るい校庭で、なぜかコントロールを失ったホースの水が、こちらに向かって飛んできたのだ。


「――! 危ない!」


 そう言って俺は反射的にルイをかばうように抱き込み、飛んできた水を背中で受けた。


「っああ! すみませんっ! すみませんっ!」


 ホースを扱っていたと思われる生徒が、こちらに向かってペコペコと平謝りしてくる。


「いや、大丈夫だ。……お前は大丈夫か?」


 前半の言葉は謝ってきた生徒に、後半はルイに向かって。


「……うん。ユーベルが守ってくれたおかげで」


 腕の中から見下ろすルイは、なぜか恥じらう様に頬を赤く染めていた。


「ユーベルは?」

「……体に異常はないが、服は終了だな」


 咄嗟とっさに庇えたことでルイにはほとんど被害は出なかったが、残念ながら俺の後頭部と背中は水浸しだ。

 まあでも、ルイが水浸しになって、こいつの秘密が露見するよりは《《マシ》》だしな――と思いながら、頭からも垂れてきた水を袖で拭う。


「はあ……。これじゃあ一旦部屋に戻って着替えないとな……」


 謝らなくていいと言っているのに、動揺して何度も頭を下げ続ける生徒をなんとかなだめ、自習室での勉強を諦めてルイと寄宿舎の部屋に戻ると、俺は着替えを持って室内に据え付けられたバスルームに向かう。


「ユーベル」

「ん?」

「……ありがと」


 そう言ってこちらを見上げてくる瞳は、恋する乙女の様にれてきらめき。


「不可抗力だろ。気にすんな」


 俺はそれに気付かぬふりをし、ルイを慰める様にポンと頭を軽く撫でると、そのまま身を翻してバスルームに入った。


 ………………。

 いや。

 男同士の設定なはずなのに、突然可愛い女子の顔になるなよな……。


 そう思いながら、バスルームの前で「はあ」と小さくため息をつく。

 

 ……困ったことに。

 いや困るのかどうなのかはちょっとよくわからないが。


 ルネは外面を作っているときは問題ないのだが、俺と二人きりになった途端、男子へのなりすましがぽんこつになる瞬間が多々あるのだった。


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