「化けチツテト」(後)
「こんにちは、おっちゃん。あの、悪いけど今ちょっと急いでいるから」
と、邪険なミトラ。
「『夕陽の丘』と言う名所に、落陽を見に行くところなんです。一緒にいかがですか?」
と、歩みを早めつつジュテリアン。
(ここで逃す手はない)
と思ったのだろう。妖艶な笑顔で誘った。
「一緒に見ましょうよ、おじさん」
メリオーレスさんも色気を放って誘った。
「行商の方ですかな? 『夕陽の丘』から見る落陽は、仕事に疲れた心の癒しとなりましょうぞ」
豊乳を健康的に揺らしながら、タレ目でプリリンな唇のフーコツは、「行商人」の確認を入れ、卒なく誘った。
特級美人たちの誘いを、どんな男が逆らえようか。
「そ、そうですか? それではワタシも」
鼻の下を伸ばして、花柄行商人は一緒に足を早めた。
「陽が落ちてしまう。急げ急げ!」であった。
「ああ、間に合って良かったわねえ」
息を弾ませてジュテリアンが言った。
ぼくたちは、赤い下草しか生えていない丘に立ち、谷の向こうの複雑な岩壁に落ちてゆく太陽を眺めた。
細長くそそり立つ奇岩の群れに、夕陽が沈んでゆく。
岩肌のあちこちに生える枝振りの良い木も、風情を盛り上げている。
「あそこに落ちても、下が隙間だらけだからまた夕陽が顔を出すわよ」
と、ジュテリアン。
「雨風で柔らかい部分が削られ流れ落ち、あのような奇っ怪な岩壁群になったのであろうな」
と、フーコツ。
「そうですね、何千万年か、あるいは何億年も掛けて創造された奇景でしょうね、これは」
と、ぼく。
「な、何億年?! 神話より古い時代じゃん?!」
軽くのけ反るミトラ。
「流石にゴーレムさんは物知りですね」
地面に置いたツヅラに腰を下ろし、花柄行商人が汗を拭いている。
彼には束の間の安らぎだ。
「空の雲も赤く燃えているし、運が良かったわね」
とジュテリアンが言うと、
「でも、見晴らしは良いけど、わざわざ登らなくても見られた夕焼けよね」
と、メリオーレスさんは根本的な話をした。
「確かに。もっと谷に近い場所でも良かった」
メリオーレスさんの意見を否定しないミトラ。
「この『夕陽の丘』を紹介されたんだから、ここから見ないと駄目よ」
ジュテリアンもまた、根本的な話をした。
「この丘、昔は生きていたって本当かしら」
と、ミトラ。
「それは本当かも知れん。這って出来たような平地があちらから続いておる」
『彼方』、を指すフーコツ。
「あるいは、なだらかに隆起する大地の中に、平したように続く平地を見た後世の人々が、『丘が生きていて這った』と言う伝承を作ったのかも知れんが」
「ハイハイオカだっけ? こいつの糞で肥沃な大地が生まれた。って、納得の御伽話よね」
幻魔、妖魔の話が好きなのだろう、ミトラが嬉しそうに言った。
「這い這い丘」とは、ぼくの居た世界で言うところの「丘虫」の事だろう。
そういう、超巨大生命体だ。いわゆる妖怪だが。
「風流な落陽ですなあ」
と、大きな声を出す行商人。
その声で、女性たちが自分を見たのをきっかけに、
「ところでどうですか皆さん。世にも不思議な茶壺に興味はありませんかな?」
と、商売を始める行商人。
「なんと、チツテトが化けておりましてな」
しかしその頃には、女性陣が茶壺商人をぐるりと取り囲んでいた。
「水を入れ、シュンシュン沸かしてやると、熱さに参って尻尾を出しましてね」
などと講釈を始めるが、ツヅラに座った自分を見下ろす女性たちの目が冷たい事に気がつき、
「えっ? ど、どうしました皆さん。ワタシ、変なこと言いました?」
と、キョドった。
「お主、街の宿でそのブクブク茶壺とやらを売ったろう。相場の十倍の値段でのう」
フーコツが汚物でも見るような眼をして言った。
「うぬの愚行はすでに暴露ておるぞ! 大人しくお縄を頂戴しろっ!!」
フーコツに口調を合わせてミトラが叫んだ。
次回「エプロンおばさんのお礼」(前)に続く
お読みくださった方、ありがとうございます。
次回、第四十八話「エプロンおばさんのお礼」前編は、明日の土曜日に投稿します。
後編は、明後日の日曜日に投稿します。
本日の午後からは、「続・のほほん」を投稿します。
良かったら読んでみて下さい。




