「ジュテリアンの蹴撃」(後)
村の多目的広場の中央で対峙するミトラとジュテリアン。
見物人たちは解散せず、そのまま残っていた。
戦う訳ではなく、
「もう少し本気で蹴ってみる」だけなのだが、手合わせを頼みに来たゲッタルさんたちは興味津津の顔になっている。
会話を盗み聞きしてみると、
「あんな小っこいの蹴っても仕方ないだろう」
という者も居たが、ゲッタルさんは、
「いや、あの古代紫の鎧はヤバそうだ」
と答えていた。
「たぶん俺たちが蹴ってもビクともしないんじゃないかな」
あっさり倒されたわりには、見る目のあるゲッタルさんだった。
「よし、来い!」
腰を落とし、右足を前に出し、左足は少し後ろに引いて胸を張るミトラ。
両腕は、くの字に曲げて気を張っている。
「じゃあ、蹴るからね」
どう蹴るのかと思ったら、目にも止まらぬ速さで後ろ回し蹴りを放った。
ミトラの腹部とジュテリアンのブーツは衝突し、金属音を上げて火花を散らした。
掬い上げるような蹴りであった。
「ひょーーーっ!!」
絶叫と共に白煙を引いて空中高く舞うミトラ。
それを見て、叫び声を上げ四散する半分ほどの見物人。
十メートル以上離れていた自分たちの頭上に、フルアーマーのミトラが落下して来たからである。
地上に激突したミトラは地面を抉り土埃を上げ、
「あばばばばば」
と喚きながら転がって行く。
幸い、見物人の避難は早く、被害者はないように見えた。
「蛮行の雨」とメリオーレスさんは、慌ててミトラの後を追った。
大の字になって、鎧の腹部から白煙を立てているミトラに、
「大丈夫だよねミトラ?! 大丈夫と言って!」
と大丈夫を押し売りしつつ抱きつくジュテリアン。
「ひゃ、ひゃいひょうふ」
ヨレヨレの声で応じるミトラ。
「あはあは。鎧を通してこんなにダメージを受けたのは初めてかも」
「ミトラ、ヘルメットを取って。フルアーマーだと、回復光が呪いに弾かれて届かない」
「がはあ」
と言ってヘルメットを脱ぎ、ミトラは鼻血を確認して、ぼくに、
「タオル」と言った。
鼻血を拭きながら、大人しく回復光を受けるミトラ。
「と言う事は、ワシの光呪術もジュテリアンの蹴りには勝てぬと言う話だのう」
フーコツがミトラの手を取って引き起こした。
「動けるか? 歩けるか、ミトラ」
「んぷ。臓物ちびりそう」
「鎧の中にちびるでないぞ」
「ピンクのお婆さん、見てくれたよね?」
「うん。嬉しそうに笑ってるよ、ミトラ」
と、ぼくは見たまんまを伝えた。
フーコツと一緒に、ミトラを支えて見物人たちの所へ戻るジュテリアン。
「お姉ちゃん、強い強い!」
飛び跳ねながら手を上げる子供の手を、ジュテリアンが空いている方の手でタッチすると、わたしもぼくもと、せがむ子供たちの手が増えた。
「ありがとう」
とだけ言いつつ、次々とタッチしてゆくジュテリアン。
「自分は身の程知らずであった」
ゲッタルさんも手を差し出した。
「いえ、私はここ七十年ほど、戦いに揉まれて来ましたから」
と言ってジュテリアンは大男ゲッタルの手に触れた。
「七十年?! 研鑽が違いすぎる。ぼくは全人生が二十八年ぽっちだ」
キーオーンさんも苦く笑って手を伸ばした。
「これからも鍛錬に励みますよ、ジュテリアンさん」
「私も頑張ります。キーオーンさん、ゲッタルさん。ええっと……」
「ガトーネです、ジュテリアン殿」
ガトーネさんも手を伸ばした。
「失礼しました、ガトーネさん。村や街の平穏のために、共に頑張りましょう」
ジュテリアンが野に下った理由はそこなのだろう。
単純に。
「どうじゃ、凄いブーツじゃろうが」
ぼく以外に見えないのを良い事に、ピンクのお婆さんが、ぼくのすぐ傍まで来て言った。
「驚愕です、守り人のお婆さん」
と、独りごとを言っても良かったのかも知れないが、ぼくはただ何度もうなずくだけにした。
「領主様が村に来られたら、これらの事実を報告せねばのう」
と、誇らしげな表情でお婆さんはつぶやいた。
次回「ぶくぶく茶壺」に続く
お読みくださった方、ありがとうございます。
次回、第四十六話「ぶくぶく茶壺」前編は、明日の土曜日に投稿します。
後編は、明後日の日曜日になります。
大型台風10号が接近中。
ボロ家なので、ヒヤヒヤしています。
まだローンが残ってるんたよお!
回文オチ形式のショートショート「続・のほほん」は、本日の午後に投稿します。
よかったら、読んでみてください。




