「ミトラが『蛮行の雨』」(前)
失神しない程度の電撃を何回か繰り返したら、野盗団は、
「早く警備隊の屯所に連行してくれ!」
と泣き出した。
死なないで良かった。
殺したり殺されたりが横行している世界のようだが、ぼくはまだ殺人の覚悟なんか全然出来ていなかったからだ。
歩みを進めながら、
「あなたたち、調子に乗ってると、『征伐の魔狼』に退治されるわよ」
と、ミトラが言った。
「せ、征伐の魔狼がオレたちみたいな小物の相手をするものか!」
大柄な野党が語尾をビビらせて言った。
「そ、そうとも。それに、青き魔狼は、人間の変装に違いねえ。被り物をして、化けてやがんだよ」
また別の野党が言葉を継いだ。
「そうだそうだ。でなきゃ、殺した悪党と一緒に犯罪の証拠を置いて行くなんて、出来やしないさ」
さらに三人目の野党が言葉を足した。
「まあね。あたしも、人間が魔狼に化けているか、人間に操られた獣だと思う」
ミトラが神妙に言った。
「ともかく狙ったら最後、殺しちゃうのはどうかと思うわ」
(そ、そんなのが居るんだ)
なんて世界だ。
ぼくたちは野盗を連行してアルファンテの街に入った。
野盗の武器は、三本ともぼくが一本の腕でまとめて抱えた。
手に持つと、「民間ゴーレムが武器を備えている」形になり、ヤバいと思ったのだ。
「野党のこの長剣、鉄で出来てるよね?」
と、腕に抱えた長剣を揺するぼく。
「そうね。コーティングは大した事ないみたいだけど」
と、ミトラ。
「へい。お金がなくて、鈍です」
と、野党のリーダー。
「戦場跡に、壊れた金属武器がたくさん転がっていたけど、あれを溶かして武器を造ってんの? ミトラ」
「いんや、ムン帝国の金属はオララ工房の溶鉱炉では溶けないんだってさ。だから、ムン武器は、使えないらしいよ」
「えっ? そうなんだ」
鉄の融点は、千五百度くらいだ。
それでも溶けないとは、ムン帝国武器は特別な鉱物か?
「だから、あなたの身体も転がってたのよ」
ムン武器が溶かして使えるようになったら、鉄工業の第二段階か?
野盗どもは、捕縛はしていなかったが、大人しく一緒に歩いている。
ミトラがひと言、
「逃げても良いけど、命の保証はしない」
と言って棍棒で近くの岩を叩き割ったからだ。
アルファンテの街は、中世ヨーロッパ風な街並みに思えた。
ぼくのイメージだけど。
自動車の姿は無論、まだ無い。
馬車が走り、馬糞が屯している。
住宅は、ニ、三階建てがほとんどだ。屋根は、いわゆる三角屋根ばかりだ。
外壁は、レンガや石で出来ているように見える。
そして窓が多い。しかもガラスが入っている。
「窓の金属枠は、ドワーフ技術によるものよ。窓ガラスもね」
と、ドワーフの娘ミトラが言った。
指をさして、
「ああいう、木の扉の補強用金属板もそうよ」と胸を張る。
窓は縦長。
そしてさらに小さく四角い枠に別れている。色ガラスも嵌まっている。
「我らドワーフとの貿易が、平民の家屋にも外の光をもたらしたのよ」
とミトラは自慢した。
「回復院にはエルフも多い。共生文化はありがたい事だ」
三人のゴツい男たちと一緒に歩くぼくらは、悪目立ちしているのか、こちらを見て何やらヒソヒソ話す人たちが散見出来た。
「なんか、こそこそ言われてて、気分悪いわね」
と、ミトラが言うので、ぼくは聴覚器を強化して盗み聞きした。
「『豪傑の爪』ついに捕まったんじゃないの?』とか、『あの女の子やゴーレムは仲間じゃないわよね』とか言ってるよ、ミトラ」
ぼくのその言葉を聞いたミトラは、
「『豪傑の爪』?! 生意気な通り名ね」
そう言って、彼女は、「ぺっ!」と地面に唾を吐いた。
『豪傑の爪』は、野盗団の名前ではなかった。
ゴロツキ三人組を警備隊の屯所に突き出して分かったのだが、この三人組は、元は討伐団であった。
その討伐団の名前が「豪傑の爪」だったのだ。
よくある話らしいのだが、討伐が思うようにゆかず、やさぐれて野盗に転職した討伐団「豪傑の爪」。
そして怒った討伐ギルドが賞金を掛けた、と言う話だった。
つまり、おたずね者の賞金首だ。
「お手柄だね、お嬢ちゃん」
と、屯所の隊員に褒められ、賞金を受け取るミトラ。
嬉しいのだろう、小鼻をぴくぴくさせている。
「お嬢ちゃんも討伐団の一員なのかい?」
と問われ、
「そうよ。『蛮行の雨』のメンバーよ」
と即答するミトラ。
「バ、バンコーの雨?! そりゃまた勇ましい名前だね」
隊員は驚いたように言った。
ぼくも驚いた。
初耳だったからだ。
木造二階建ての屯所を出て、
「チームの名前は、『蛮行の雨』にするのかい?」
とミトラに聞くぼく。
「もう、名乗っちゃったから、これで押し通す」
と、ミトラ。
「名前に『蛮行』って付けといたら、多少の粗忽も納得してもらえるんじゃないかしら?」
と言うのがミトラの理屈だった。
(な……、なるほど)
ぼくはなんとなく納得した。
次回「ミトラが『蛮行の雨』」(後)に続く
読んで下さった方々、ありがとうございます。
次回「召しませ!(中略)ですか?!」
「ミトラが『蛮行の雨』」後編は、今日の夕方に投稿する予定です。
明日も「召しませ!(中略)ですか?!」を投稿します。
第6話「元・宮廷僧侶ジュテリアン」前編。
さて、ジュテリアンとは何者?!
1。最初に考えていた主人公の名前。
2。「蛮行の雨」の新メンバーの名前。
3。最初に考えていたのは男性だったけど、そのままの名前で女性にした。