「風のシュクラカンス」(後)
「ワシは呪われておるからな。あと何回かは蘇生出来ると思え。次に戦う時は気をつける事だ、バンガウア殿」
「自分で自分を呪ったのか?」
「そうだ。自分にしか蘇生の呪いは掛けられん。一万年に一度しか使えぬ光精霊の超絶呪術だからな」
「うーーむ。闇精霊しか対抗策がないか?」
と、バンガウア。
「いんや。ブーヨに蘇生呪術なんかないわよ」
と、ミトラ。
「な、なにっ?! ドワーフの娘、お主はブーヨ使いか?」
「えっ? あっ。しまった。そ、そうかも」
白状するミトラ。
「風のシュクラカンスです」
と、部下が机の引き出しから出して来た書類を見るロウロイドさん。
「魔王ロピュコロス軍四天王の一人、とあるが、確かか?」
「そうらしいな」
他人事のようにバンガウア。
「参考のために、聞く。シュクラカンスはどのような死に様であったのか? 反射殺しの乙女よ」
「ふん。戦法が暴露るが、まあ良かろう。ワシは竜殺しが目的とて、徒党を組んでおったからな」
フーコツはそう言って、尻を掻いた。
「シュクラカンスの部下は二名のみであったので、取り囲んでボコって殺した」
「嘘だな」
「むう、バレたか。仲間に陽動してもらいながら、弱々しい水専門の魔法使いの振りをして、彼奴が不用意に近づいて来たところを、口の中に落雷させたのだ」
「お主、落雷も使うのか?」
「かも知れんな。落雷時の熱は絶大だ。一瞬にして、シュクラカンスの水分は水蒸気となったであろう。爆発したそうだからな」
「爆発したそう?」
と、ミトラが言った。
「ワシは見ておらんのだ。雷を落としたまでは良かったが、その直後、即死したからな。仲間からの伝聞だ」
「内部から破壊したのか。奴は魔法耐性があったが、それなら有り得よう。お主の芝居が上手かったのだろうよ。初見殺しだな」
「ワシはその時の落雷と引き換えに、身体を真っ二つに斬られて絶命したのだ」
「信じ難い。奴の剣技は拙い」
「ふん。確かにな。しかし事実だ。シュクラカンスの名誉のために、証拠を見せてやろう」
そう言うと、フーコツは進み出て、真紅のローブを脱いだ。
腹部に巻いていた帯も外す。護符の収められた袋だ。
肌着代わりに着ていた鎖帷子も脱いだ。
首から、タグのついた鎖が四つ、ぶら下がっている。
桃色のブラは、豊満な胸のふくらみを隠し切れていなかった。
ハーフショーツもピンクだった。
そしてロングブーツも。
そのショーツの上、腹部に、横一文字に赤黒い傷痕があった。
フーコツはバンガウアの前で、ゆっくりと身体を回転させた。
その腹部の傷は、背中にも繋がり、フーコツの胴をぐるりと一周していた。
そんな一周する傷は、腕や足にもあった。
その他、斬り傷、刺し傷らしいものも見られた。
不思議な点がひとつ。何故、傷痕が消えていないんだ? 回復魔法は傷痕も消すはずなのに。
「どうだ。見事な薙ぎ払いであろう? この一刀で、ワシは絶命したのだ」
「ぬう。己が命と引き替えに強敵を倒すのは、多命持ちの常套手段だが、シュクラカンスの命にそれほどの価値があったというのか?」
「うむ。威張り散らしたイケすかない魔族であったが、強かったのだよ。単に強かったのだ、ワシらには」
と言いながら、チェーンメイルを着、帯を腹に巻き、ローブを身に付けたが、その妖艶な所作に、室内のオスどもから押し殺した溜め息が漏れていた。
「お主の望みには答えたので、今度はワシの望みに答えてもらうぞ、バンガウア殿」
「うむ。何かな?」
「シュクラカンスの件は他言無用だ。ワシらは討伐ギルドに報告しておらんのでな」
「うむ。約束しよう。我の名誉に誓って、他言はしない。ムンヌル、お主も誓え」
「承知した」
ムンヌルは厳かに応じた。
「仇討ちとて、魔王軍に命を狙われてはたまらんからな。よろしく頼む」
そんな理由で、ギルドに報告しなかったのか、フーコツ。
賞金も名誉も捨てて、命を狙われるのが怖かったから?
本当かよ、フーコツ?!
(『そんなもん』)
サブブレインが、珍しくゆるやかな言葉で言った。
クカタバーウ砦に、ぼくを連れて独りで突入しようとしたトンパチ娘だぞ、フーコツは。
正体を隠そうとしているのか?
何か他に理由があるのか?
「人でない何か」なフーコツは、油断がならない。
と、ぼくは勝手に思った。
「それで、竜族はどうした? 蘇生してから、狩ったのか?」
と、バンガウア。
「いや。ドラゴーラは、シュクラカンスよりも遥かに強かったので、狩るのはあきらめたよ」
フーコツさんは、あっさりと言った。
「そうか。安心した。我も竜族狩りには、失敗した事があるのだ」
「ふん。互角か」
と、自嘲気味に笑うフーコツ。
「情けない方向でな」
と、バンガウアも笑った。
次回「フーコツの策略」(前)に続く
次回、第三十二話「フーコツの策略」前編は、明日、土曜日に投稿します。
後編は、日曜日に投稿予定です。
ではまた明日、「のほほん」と「蛮行の雨」で。




