「道を塞ぐ幻魔」(前)
ぼくと、フルアーマーのミトラが、幌馬車を降りて、熱放射体に向かった。
そいつは、縦横とも、五、六メートルあった。
そこそこ大きい。
馬の脚の空転と、御者をもそれと気づかせないのは、幻術か?
巨大な四角い物体が、幻術を行っているのは間違いないと思うのだか、ミトラは発熱物体を触りたがった。
彼女の意見は、
「呪術師の置いた呪物かも知れない」だった。
「呪いなら、解かないと。放置は出来ない。他の人に迷惑じゃないの」
それはその通りだと、ぼくは思った。
『御意』
と、サブも同意した。
「一角馬が騒がないし、攻撃もしてこないから、特に害はないんじゃないかな」
とも言うミトラ。
しかし、こちらを油断させる計略の可能性もある。
馬車を少し下がらせて、
「このへん?」
とミトラが空間を掻くので、
「もう少し先」
と教えるぼく。
「あっ、これだ」
と空中を撫でるミトラ。
まるで壁を触るパントマイムだ。
「空気の壁は、ざらざらして、少し生温かいわ。生きているのかもね」
両手を前に突き出して、
「どんどん進めるよ」
と、足を空転させるミトラ。
「いや、全然進んでないよ、ミトラ」
「えええ? 何の呪い?! こんなに足が進むのに。壁を押し返しているのに」
「感覚を狂わされているんだ、たぶん。ぼくも試したい事がある」
と言って、ミトラの横に立つぼく。
そして言い放つ詠唱!
「ヌリカベ、見越した!」
しかし目の前の大きな熱源は、消えなかった。
(消えも逃げもしない。無念だ)
ぼくの勘違いだったようだ。
そこへ、ジュテリアンとフーコツがやって来た。
バンガウアを連れて。
バンガウアの上半身の鎖巻きは、そのままだ。
「岩男くんが、『おそらくだが、解決できる』ってさ」
と、ジュテリアン。
「えっ? このデカい熱源を?!」
と、ぼく。
「おそらくだが、友だちの幻魔だと思う」
と、バンガウア。
『ショタロッ?!』
と、サブブレイン。
「絶滅危惧種出た!」
と、ぼく。
「じゃあ、殺せるのね」
と、ミトラ。
「捕らわれた我を助けようとしているのであろう。一緒にテント村まで来たからな」
「一緒にテント村に? 居たのか、あの時」
と、ミトラ。
「テント村の外の雑木林に待たせていた」
と、バンガウア。
見つけたら殺してしまったかも知れない。
テント村では皆んな、殺気立ってたし。
バンガウアがテント村で死ななかったのは、ノッポさんが、「殺さないで!」と言ったからだ。
「姿を消しているが、ディンディンであろう? もう、我に構わなくていいぞ。我はクカタバーウ砦へ行く事を望んだのだ。お前も知っている、親友のムンヌルに会いに行くのだ」
その魔族の声に反応して、壁が視覚化した。
空間に、じんわりと、滲み出てきたのだ。
灰色の大きな奴だった。
熱感知眼で見た通り、縦横五、六メートルのほぼ正方形をしていた。
細い腕が二本、指は三本。
脚はたくましく短く、四本あった。
「そうか。クカタバーウにムンヌルが居るのか」
壁はしゃがれた声でそう言うと、中央に、カッ! とひとつ目を開いて、ぐんぐん縮んだ。
縦横一メートルくらいになると、くるりと反転し、
「先に行って待っているぞ、バンガウア」
そう言って、四本の脚をバタバタ回転させ走り出した。
疾走、と言ってよい速さだった。
「あっ、また空間に溶けて消えた!」
と、ミトラ。
しかし、驚いた様子はない。
「幻魔は消えるもの」なのだろう。
「確か、トオセンボよね。あの幻魔」
と、ジュテリアンが言った。
「そうだ。ディンディンはトオセンボだ」
「トオセンボ? 『トオセンボ、見切った!』で、逃げて行くヤツ?!」
と、ぼく。
「そうだ。お主は大変に惜しかった。ヌリカ・ベーは、『見破った!』だ」
「あーー、そうだった。『見越した!』は、ミコシニュードーだった」
次回「道を塞ぐ幻魔」(後)に続く
読んでくださった方、ありがとうございます。
次回、第二十九話「道を塞ぐ幻魔」後編は、
明日の金曜日に投稿します。
随時、描写を付け足したり、セリフを書き足したりしおりますので、
「あれ? こんな事、言ってたっけ?」とか、
「こんな設定だっけ?」とか、あるかも知れません。
申し訳ありません。
今後も、書き足しは行ってゆきます。
もちろん、誤字も見つけたら、訂正しております。
しかし、あとからあとから見つかる。
なかなか手ごわい……。
頑張りますので、温かい目で見てやってください。




