「シュタールのバンガウア」(後)
ぼくらの気配に気がついて、先ほどから振り向き待っているバンガウア。
ぼくたちの接近を知って、すでに戦士たちは、魔族から離れていた。
「卍のお嬢さん。まだ意識があるとはな」
少し、うんざりした様子のダイラ改めバンガウア。
「お主は情報を得たが、ワシらは傷ついただけだ。不公平だろう? だから逃す訳にはいかんのではないか?」
『いかん!』
尻馬に乗って、サブブレインが叫んだ。
「お互い疲弊が大きい。これ以上やり合うと、どちらかが死ぬぞ」
「覚悟の上だ」
と、短く答えるフーコツ。
「すでに何度も死んで来たと思え。最強を自称するシュクラカンスと言う魔族も、倒したぞ」
「な、なんだと? シュクラカンスを?!」
目をキョロキョロさせ、
「奴に魔法は効かんぞ、魔法使い」
と、バンガウアが言ったところで、フーコツは杖から緑色の火球を発射した。
「魔法防御は汚染火炎が破壊する!」
と、詠唱していた。
火球の直撃を受け、瞬時に、緑色に燃え上がるバンガウア。
地面に倒れ、転がって炎を消そうとする魔族。
やはりなんらかの特殊な防御が、魔族を守っていたのだ。
それが今、フーコツによって破壊された。
「パレルレ、アタック……」
と、ささやくフーコツ。
ぼくはフーコツを放り出して、燃える魔族に抱きついた。
緑炎は、ぼくにも伝染した。
さいわい、ぼくは呼吸をしないし、千度や二千度程度の炎で溶けたり、可動不能になったりもしない。
踠くバンガウアの首を、一本の腕で絞め、残り三本の腕と四本の足で、バンガウアの五体を固定した。
ぼくを振り解こうと魔族は足掻いたが、その力はもはや弱々しかった。
魔族の髪は燃え、皮膚は燃え、茶色の麻服も燃えた。
(いかに頑丈と言っても、燃えてるし、呼吸も止められたら、このまま倒せるんじゃないか?)
(『御意』!)
(しかし、殺して良いのか、情報が得られなくなるぞ?!)
(『御意』!)
同じ返事か?
案外、役に立たないサブだった。
ノッポさんが、
「殺さないで!」
と叫んでいた。
そうだよね。情報収集出来なくなるよね。
ぼくたちに近寄ろうとした長杖を持った男性が、慌てて下がって行く。
「近づくな! この緑の炎、這い寄って来るぞ!」
と叫んだ。
あーー。
「汚染する炎」
だもんなあ。
水球、水柱などが放射されるが、ぼくらに当たると、炎を飛び散らせ、火の海が、広がった。
「水は駄目だ!」
「誰か、『無能なる空気』を使えるものは?!」
使えるフーコツは、地面に倒れたまま、ぴくりとも動かない。
放り出しちゃったからなあ。
打ち所が悪かったのか?
と、ぼくは少しだけ心配になった。
「『無能なる空気』私、使えます」
ジュテリアンが、長杖を持つ女性に肩を借りて立っていた。
意識を取り戻したんだ。
あるいは、肩を貸している女性が回復を掛けてくれたのかも知れない。
「泥煙」ですけど」
と、ささやくジュテリアン。
その疲弊した様子を見て、
「ああ、ジュテリアンさん、大丈夫ですか?」
と心配そうに言うノッポ隊員。
しかし彼は言葉を続けた。
「お願い出来ますか?」と。
「誰か、強化剤を。赤いやつ」
「赤なら、わたし、お守り用にひとつ」
ジュテリアンに肩を貸して立っていた女性が言った。
アダンと言う槍使いと一緒にいた女性だ。
瓶入りの赤い危険薬を一気に飲んで、ジュテリアンは燃えるぼくたちに向かって射った。
紫色の泥のような煙を。
紫泥煙は、弓なりに飛んでぼくたちに覆い被さり、拡散してたちまち炎を消した。
煙は速やかに裾を広げてゆき、辺りに散った火炎を鎮火してゆく。
ぼくは、少し前からぐったりとしているバンガウアの首絞めを解き、抱き起こした。
泥煙の中にそのまま横たわっていると、窒息死してしまうと思ったからだ。
ジュテリアンに消火のお礼を言いたかったが、彼女は紫泥煙を射つと同時に倒れ、今は付き添っていた女性に介抱されている。
持った長杖から放たれている光は、回復光だろう。
付き添いの女性もまた、僧侶だったのだ。
「死んでいないですよね、その魔族?!」
と叫ぶノッポさん。
魔族の心配か?! と思わないでもなかったが、魔王ロピュコロス軍の大幹部、四天王のひとりと言うから、
(警備隊員としては、大興奮も仕方ないかなあ)
と、ぼくは思った。
魔族は、衣服がほぼ燃えてしまったので、ワイドタオルを下半身に掛けられていた。
色々な意味で、たくましい奴だった。
髪は燃えてなくなり、ヒフも全体が焦げていた。
が、触ると、ボロボロとコゲが取れ、下から新しいヒフが出てきた。何という復元力。
バンガウアは意識を失ったが、「蛮行の雨」の三人娘は僧侶たちの介抱の甲斐あって、目覚めた。
やれやれだ。
「とにかく、護符やアクセサリーを引っぺがして、この魔族を弱体化させとこう(ミトラ談)」
と言う事になったのだが、なんと、
「この魔族、護符も強化装飾品も身に着けていない!」
事実が判明し、驚くノッポさんと蛮行の三人娘。
そして戦士と野次馬たち。
護符やアクセサリーは耐火、耐水の帯袋に入れておくのが通例だが、その帯袋がない、と言う。
「護符やアクセなしで、黒の盾を発生させてたって言うの?!」
と、ジュテリアン。
「どんだけ研鑽を積んだんだ、こいつ。今の内に爪のアカ、取っとこうかなあ」
と言い出すミトラを思い止まらせるフーコツ。
「研鑽と言えば、闇呪術も光呪術も使えぬお主が本当に卍を使うとは、見事であった」
フーコツがジュテリアンを睨んで言った。
そう言えば、ジュテリアンが持つ短剣の柄の中身は見せていたが、まだ話だけで、お互いに現物は見せ合っていなかった。
とにかく、尋問だ。
情報収集の目的を吐させるのだ。
次回「我れ、改造人間第一号なり!」(前)に続く
次回、第二十八話「我れ、改造人間第一号なり!」前編は、
明日の土曜日に投稿します。
三連休の天気が雨のようで、無念。
ではまた、明日。




