「卍手裏剣!」(前)
「これは何かの間違いなのだ!」
サブの、『魔族発見!』の叫びで、各各、手に得物を持って集まって来る人々を見回し、猫背の大男が言った。
「小芝居は止めろ、魔族!」
ミトラが叫び、同時に、
「『蛮行の雨』が魔族と言うのなら、そいつは紛う方なき魔族なのであろうよ!」
そんな大声が辺りに響いた。
驚いて声のした方を見る蛮行の三人娘。
「あっ、ノッポさん!」
と、ミトラ。
クカタバーウ砦の、伝説の棍棒の引っこ抜き見届け人、ノッポ隊員が立っていた。
「昨日ぶり。『蛮行の雨』の皆さん」
と笑うノッポさん。
「ひょっとして、左遷?!」
ストレートに聞くミトラ。
「うっ。ででで伝説の棍棒がなくなったので、単なる配置換えです。決して左遷ではありませんぞ」
毅然と目を泳がせながら発言するノッポさん。
そう言えば、見届け人、って仕事は閑職っぽかったっけ。
「その男が魔族ってのは、本当なのか?」
槍を構えた革鎧の男性が言った。
「紫の血に塗れているじゃないの、アダン」
隣に立つ、ローブ姿に長杖の女性が言った。
魔族ダイラの頭頂部の出血は、すでに止まっていた。
痛がるそぶりもなく、
「いやだから、これは何かの間違い」
を繰り返すダイラ。
「だいたい、魔族が何のためにこんな何の変哲もないテント村に居るんだよ」
と、水を差すのが好きな族の声が響き、ぼくは急いで、
「単に情報収集のためでしょう。クカタバーウ砦の様子を、この魔族はやたらと聞いて来た!」
と知らせた。
「そうだ。昨日、砦を襲った魔族の大群は、一網打尽にされたそうじゃないか」
という声が上がる。
「そうか、仲間が帰ってこないから、探りを入れに来たんだ」
「占領したら帰らんだろう!」
と、くだんの水を差す男。
「魔族の強襲は、占領が目的じゃない」
「そうだ、伝説の棍棒を盗みに来ただけだ」
「そんな馬鹿な強襲があるかよ!」
「あったんだよ! 知らねーーなら黙ってろ、てめえ!」
とうとう怒鳴られ、黙る水差し人。
周囲の人たちがモメ始めたが、
「残念だったな、魔族っ、こっちには黒騎士様がいらっしゃるんだ!」
という誰かの叫びで、話が黒騎士に落ち着き始めた。
「黒騎士様は、神出鬼没! 貴様ら魔族の思い通りにはならんぞ」
だの、
「全長二十ペート(二十メートル)の火吹き大大大蜥蜴二匹を一刀両断だあ」
だの、
「名も告げずに去るなんて、いかにも勇者様」
などと、話が膨らんでいる。
ぼくは黒騎士が、
『大勇者サブローの転生」
と言われる日も近いような気がしてきた。
「運が悪かったな、魔族め」
と野次馬が叫び、
「知らん知らん! 魔族など知らん!」
相変わらず無理っぽいシラを切り続けるダイラ。
「まだ言うか、魔族めが。それではもう少し紫紺の血を流すがよい!」
ついに本性を表したフーコツが、攻撃魔法を詠唱した。
「喰らえ! 氷の刃!」
結晶体のような大刃がフーコツの眼前に出現し、魔族ダイラを真一文字に襲った。
ダイラの前には、輝く黒の盾が現れた。
氷の大刃はエレに衝突すると、急速反転してフーコツに向かった。
フーコツは銀色の盾を出現させて氷刃を砕く。
「黒の盾?!」
騒めく「蛮行の雨」と周囲の人々。
(エレは何があるの?)
ぼくが心で問うと、サブが、
(『最高の魔法盾』)
(『そのひとつ』)
と答えた。
ジュテリアンは金色の盾、ミトラは紫の盾を出現させた。
「卍でゆくぞ!」
と叫ぶフーコツ。
三人が「卍」とやらを使えるのは、確認済みだ。
「近すぎる」と言って、一挙動で三メートルほど跳び下がるジュテリアン。
フーコツ、ミトラもそれに倣った後、
「卍!」と叫んだ。
ジュテリアンだけが手印を切った。
彼女だけ、呪術卍ではないからかも知れない。
それぞれの、円盤型の盾が卍に変形してゆく。
なおかつ高速で回転を始めた。
これは巨大な卍手裏剣だ。
「卍だ! 爆発するぞ!」
と叫んで逃げ出す者、数名。
釣られる者、多数。
「爆発はさせん! しかし、もっと離れろ!」
フーコツが叫んだ。
「巻き込まれて死んでも知らんぞ!」
「無駄だ、人間ども。その距離では避けようもない。反射卍に裂かれて死ぬぞ」
と、魔族のダイラ。
「さあ、それはどうかな?」
フーコツは不敵に笑った。
大型卍手裏剣は、地面と水平になると、目の前の魔族に向かって飛んだ。
魔族にしても、避けようのない距離だった。
しかしそこには、黒の盾があった。
次回、「卍手裏剣!」に続く
読んで下さった方、ありがとうございます。
次回、第二十六話「卍手裏剣!」後編は、
明日、日曜日の投稿になります。
「続・のほほん」は、午後の投稿になります。
第一部「のほほん」、第一部「魔人ビキラ」、終了しております。
よかったら、読んでみて下さい。
気が向いたら、「いいね」もお願いします。
励みになります。
運が良かったら、面白いかも知れません。




