「フーコツと蛮行の雨の洗礼」(後)
売店の飲食コーナーで、三人娘は「伝説焼き」と言う棍棒の型抜き菓子を食べた。
「美味い!」かったらしい。
その後、売店で買った「美肌石けん」だの「イチコロ香水」だのを持って、女性たち三人は砦の銭湯に行った。
そして、夜。
祝勝会は、砦の大食堂で行われた。
大賑わいだった。
砦の制服が多かったが。
亡くなった戦友に改めて黙祷を捧げた後、すぐさま砦の奪還を祝って食事会が始まった。
死と隣り合わせの職場なせいか、切り替えが見事だった。
ただし、砦を空に出来ないので、彼、彼女らは時間制限を定め、部署ごとに入れ替わり立ち替わりの、忙しない食事会だ。
祝勝会の話を聞いて、宿泊を決めた旅行者や討伐団もいたようだ。
まだ、回復院で治療中らしい、緑色のパジャマを着た人たちも多かった。
食べ物の種類は少なかったが、量はあった。
賄い場の前にテーブルを並べ、料理がどっさり乗っている。
メインディッシュは、今日、討伐された火吹き大蜥蜴だ。
「寄生虫がいる」とかで、焼き肉、素揚げ肉になって、盛られている。
干し肉、薫製肉にして、売店でも土産物として売る予定だと言う。
「謎の黒騎士人形」をオマケに付けるそうだ。
「売れますように」
と、ミトラが呪いを捧げていた。
焼き魚。 揚げ魚。
果物。 焼き菓子。
揚げ菓子。 大きな顔の野菜サラダ。
そして蜂蜜。
正体不明の茹でタマゴ。
目玉焼き。
さらに、ザリガニの揚げ物、煮物。
池や川にいるザリガニだと言うのだが、見た目は、大きさと厚みからして、ぼくの居た世界のロブスターだ。
こんな立派な奴が池や川にいるとは驚きである。
それらを皿に取って、自分のテーブルで食べるバイキング形式だ。
立ち食いしてる人も多かったが。
賄い場ではまた、焼き料理、揚げ料理、茹で料理などが続いていた。
後から入って来た旅人や旅団も思わぬ魔獣肉に驚いている。
そんな中にゴルポンドさんも居た。
黒種の火吹き大蜥蜴を一匹倒し、爆炎のギューフと剣を交え、名誉の負傷をした事はそのまま伝えられたので、男女を問わずモテていた。
しきりと照れている荒んだ顔の大男。
純情か?!
しかし、魔族の再来襲を警戒しているのか、
「酒は血と同じ」と言っていたゴルポンドさんが、ほとんど飲んでいないように見えた。
謎の黒騎士の噂を撒きながら、昼間の奪還に加わったらしい旅の武人や討伐団が、隅で食べていた「蛮行の雨」のテーブルに、挨拶に来た。
「魔王ロピュコロスを撹乱させてやりましょう!」
とか、
「わたしは炎越しに、あなたが巨人魔族を倒すのを見ました」
とか、
「石壁を越えて突入した勇姿は素晴らしかった」
とか、そんな話をして去った。
そして時々、旅の同行や入団を誘われ、相手の気分を害さぬよう気を使いながら、断るのが大変だった。
ぼくが、高級潤滑油を吸入口に注ぎ込んでいると、鼻髭のロウロイドさんがやって来た。
「黒騎士話のバラ撒き会じゃないの」
ジュテリアンが彼の脇腹を突いた。
「まあそう言わず協力して下さい」
突かれて身をよじるロウロイドさん。
「主役の貴方たちが居ないと、奪還に加わった同志たちの団結が緩みます」
と、笑った。
「とんだ茶番だ。成功を祈るがな」
笑い返すフーコツさん。
その気になれば、単独でクカタバーウ砦など攻め落とすパワーを秘めた女性だ、フーコツさんは。多分だが。
ロウロイドさんも、フーコツさんの大水球をその目で見、戦い様をその耳で聞き、充分に承知しているのだろう、低姿勢だった。
魔族ムンヌルを二重スパイに仕立てたのも、彼女なのだから。
「皆んなで協力し合って、ロピュコロス軍を壊滅に追い込みましょう、フーコツ殿」
そう言って、ロウロイドさんはフーコツさんに手を差し出した。
フーコツさんは反射的に、揚げ物を持った手を出した。
間抜けか変人か?
それを見て、
「うん、豚蜥蜴の串揚げ、美味しいよね」
とミトラが言った。
ぼくたちは(正しくは、ぼく以外は)、存分に飲み食いして、大食堂を抜け出し、部屋に戻った。
宿泊の部屋を、二人用から三人用に替えてもらった「蛮行の雨」。
二人と一台から、フーコツさんが加わり、三人と一台になったからだ。
ぼくは眠らないので、ベッドは三人分で良かった。
ミトラたちは宿の部屋でお酒を、ぼくは複式蒸留水を飲んだが、これも無料だった。ありがたい。
浴衣に着替え、
「もう客もなかろう(フーコツ談)」と、ノーブラになる三人娘。
女性陣はベッドの縁に並んで、尾頭もない話に花を咲かせた。
「あたしたち、勇者団だって言ってるのに、入団を口説いて来る人たちって何なのよねえ」
と祝勝会を振り返るミトラ。
「全くだ。正式入団の前に、ワシの『蛮行の雨』が解散してしまうではないか」
「それだけ皆んな戦力が欲しいのよ」
「そう言えば、お主は回復院の院長とやらに口説かれておったな、ジュテリアンよ」
「あーー、腹式過大回復魔法を教えたら、喜ばれちゃって」
ジュテリアンが、浴衣をめくって恥骨筋の下あたりを掻いた。
えーーっと、かゆかったのだろう。
「つまり、僧侶の使える攻撃魔法だな?!」
釣られたのか、フーコツさんも太股を露わにして同じ動作をする。
余計な話だが、その太股に大きな傷痕が見えた。
女だけだと思って気を許しているのだろう。
男の魂を持ったぼくが居るのだが。
そろそろ施術かと思ったが、その前にジュテリアンが、ミトラとフーコツに、
「卍の秘密を明かす」と申し出た。
闇呪術も光呪術も使えないのに、なぜ卍が射てるのか?
「卍」とかはまだ見た事がなかったけど。
秘術を教えるのは、仲間としての証である。
ぼくは個人的に、早計だと思ったが。
だって、会ったばっかしだよ、まだ。
ひとつのベッドに集まり、トライアングルを作る三人。
短剣の柄頭を外して、中のアクセサリーをベッドの中央に転がすジュテリアン。
指輪。首輪。そして耳飾り。
「なるほど、禍禍しい魔力炎の数々。これが卍の秘密か?」
アクセサリーに触ろうとはしないフーコツ。
フーコツも、光呪術で卍が射てると告白していたのだ。
「しかし、これを持てば誰でも卍が射てる、とも思えぬが」
「偉そうに吐かしますが、そこは研鑽になりますね。私は五百才のエルフですから。他種族とは、積み重ねの差が大きいと自負しています」
「で、では、ワシも正体を明かさねばなるまい。大変な秘匿を教えてくれたのだから」
胡座を掻いた足の上の浴衣を、ぎゅぎゅっと握るフーコツ。
「実はワシは厳密に言うと、人間……」
「人間ではない!」
ミトラとジュテリアンが声を揃えた。
「それ以上、言わなくて良いから、フーコツ」
と、手を突き出すミトラ。
「そうよ。誰しも人に話せない秘密のひとつや十はあると思うわ」
と、ジュテリアン。
「ええっ? いつから暴露ていたんじゃろうか?!」
「クカタバーウ砦で最初に会った時から。『人でないナニか』と、ピンときた」
と、ぼく。
正しくは、サブブレインが教えてくれたんだけど。
「それをパレルレから教えてもらった」
と、また声を揃えるミトラとジュテリアン。
「じゃあそろそろ、『蛮行の雨』の洗礼を受けてもらいましょうかね」
と言って、ミトラが部屋の隅に置いてあった背もたれ椅子を出して来た。
えっ? これで終わり? フーコツさんの正体は? 聞かなくていいの?
「はい、ここに座って、フーコツさん」
と、ミトラは話を進めてゆく。
フーコツさんの正体は知らなくて良いらしい。
ジュテリアンも黙っている。
じゃあ、まあ、良いか。もう仲間なんだし。
「おう? 入団テストがあるのか?」
言いつつ、素直に座るフーコツさん。
「ただの揉みほぐしよ。次の日、気分爽快、活力全開になるのよ」
「じゃあ、パレルレお願い」
と、ジュテリアン。
「おう。お主がやってくれるのか。なるほど、揉むのに適した大きな太い指をしておるのう」
ミトラがこっそりと、
「お風呂で見たわよ。フーコツさん、歴戦の勇士。凄い傷痕だらけ」
と教えてくれたが、なるほど、浴衣の上からも、わずかに透けて、その傷の痕が、身体のあちこちに見えた。
特に、お腹にある、そのままぐるりと胴体を一周する傷痕は凄いと思った。
一体、どういう戦い方をすれば、そんな傷が残るのか。
質問はしなかった。
怖気づいたからである。
「恐れ入ります。では」
ぼくはそう言い、フーコツさんの両肩と両上腕部に手を置き、揉み始めた。
開始数秒で、フーコツさんは、
「ひっ!」
と言ってのけ反った。
次回「魔法使いフーコツの目的」(前)に続く
お読みくださった方、ありがとうございました。
次回、第二十三話。
「魔法使いフーコツの目的」前編は、木曜日に投稿します。
後編は、金曜日に投稿予定です。
同時連載中の「続・のほほん」は、回文をオチとした、ショートショートです。
よかったら、読んでみて下さい。
時間つぶしには、なります。




