「ウンオーラの撤退」(前)
そよ風に追い越され、荷車にも追い越されながら、表街道を歩む蛮行の三人娘。
「こんなノンキな日が続くと、ムラムラと不安が湧き上がってくるよね」
「ミトラよ、そういう言葉が一番イカん! その思念が不穏な事件を呼び寄せるのじゃ」
「今までがだいたい、そうだったでしょ? いい加減にパターンを覚えてよね、ミトラ!」
フーコツとジュテリアンが、ドワーフの小娘を叱った。
「そうだったっけえ? あたしがムーブ的に首を突っ込むパターンが多くなかった?」
ムクれて言い返すミトラ。
「そおゆうのも、あったわね」
無論、否定しないジュテリアン。
やがて、お昼前にビッタントンという街に到着した。
検問所に向かいながら、
「今日も何もないと良いねえ」
「じゃから、そおいう事を言うでないわ!」
などと、おっ始めるミトラとフーコツ。
乙女たちの口論にビクビクしながら、通行手形を検める検問官。
「どちらから来られましたか?」
「アルファンテから来ました。あの街で、勇者団『蛮行の雨』を登録しました」
と、ジュテリアン。
彼女のお陰で、馬鹿高い勇者団の登録料が払えたのだ。
「今は、パルウーガの遺跡を見物しようと思い、旅をしています」
「パルウーガの遺跡?!」
手形を返しながら、声を裏返す検問官。
「あそこは止めた方がいいですよ」
と、横に立つ警備隊員。
「魔族の侵入が確認されたとかで、今は立ち入り禁止になっているそうですから」
「あーー、遺跡の見学、出来ないんだ」
とミトラ。
「魔族とは、どんな奴らであろうか? 数はどのくらいであろうか?」
と、フーコツ。
「さあ。数や容姿の情報はないなあ」
と、警備隊員。
「まあ、遠いからねえ。この街なら安全だよ。貴女たちも観光の行き先を変えた方がいいよ」
と、検問官。
「ありがとうございます。そうします」
と言って、受け取った手形をぼくに渡すジュテリアン。
貴重品収納庫に仕舞うぼく。
街に入り宿を探しながら、やはり三人娘の話題はパルウーガになった。
「魔族の侵入。って、やっぱり伝説の小手を狙っての事かしら?」
「遺跡そのものを出城とする計画かも知れんぞ」
「久々の魔族じゃん。腕が鳴る!」
「久々ではないぞ、ミトラ。このところドラグザンとか、ツアツアエとか、アンオーラとか、変に強靭な魔族と戦い続けておるぞ」
「3日過ぎた事は、『おひさ』って言わない? 『男子、三日会わざればオヒサ』よ」
「それはミトラの部族の感覚ではないのか?」
「アンオーラ、たわいなかったし」
「それは戦う前にワシが異世界に飛ばしたからじゃろうが!」
そうやって、密かに騒いでいると、路傍の岩が、
「ああっ、蛮行の皆さん!」
と叫んで脱皮した。細身の黒装束になった。
「お久しゅうございます。ランランカ六人衆がひとり、岩隠れのコタローめにございます」
頭部の目の部分だけが隠されておらず、ギラギラとした眼光を放っていた。
「お、おう。岩隠れのコタロー殿」
思わず飛び退きながらもフーコツが応じた。
「覚えておるとも。以前に会うた時も、本物の岩と寸分違わず、随分と驚かされた」
「お褒めのお言葉、恐れ入ります。あのう、我らがマスター、ランランカ様が魔族の狂刃に倒れ、難儀をしております。どうかお助け下さい!」
深々と頭を下げるコタローさん。
「あっ、向こうから災難が来た」
「ランランカ殿は伝説の回復杖を手に入れたではないか。狂刃に倒れ難儀するとは、どういう事か?」
「ランランカ様は我らを庇って白刃を受けたものの、魔族は無事に撃退したのですが……」
「ですが?」と、ぼく。
「伝説の回復杖をもってしても、傷がなかなか治りませぬ」
「少しは治っているんだ」
「はい。しかし少し動くとまた傷が開き……」
「ああ。ちょっと治ったから、起きてオヤツを食べようとしてまた傷が開く、とか」
「慧眼恐れ入ります」
「むう。治癒を遅らせる呪いが、武器に付与されていたのかも知れんな」
「単なる毒刃如きに遅れを取る伝説じゃないもんね」
「伝説の治癒力に勝る呪術ですか? そんなものが……」
伝説の回復杖でなんでも治してきたジュテリアンが驚きの声を上げた。
「あるわね。わが闇呪術には」
「我が光呪術にもあるぞ」
ミトラとフーコツの張り合いには付き合わず、コタローさんは、
「そちらにも伝説の回復杖がございましょう? 是非ともマスターに試して頂きたい!」
と、言った。
「頑張るけど。でも、伝説とは言え同じ回復杖よ」
「いえ、ジュテリアンさんは、バリバリの生粋の、まごうことなき僧侶様。ええ、我がマスターは、たまたま伝説を手に入れたニワカのなんちゃって僧侶かと」
「ああ、はい、分かりました」
コタローさんの正直な言葉に、うなずくしかないジュテリアンだった。
「で、まさか、あたしたちが来るのを待っていたの?」
と、コタローさんを見るミトラ。
「まさか。治癒の得意そうな僧侶が通らないかと、見張っておったのです」
気の長い話ではあった。
ともあれぼくたちは、ランランカさんが入院しているという、街の回復院に向かった。
その途中、蔵の壁に成り切っていた壁隠れのハンゾーさんとも合流した。
ハンゾーさんにも痛く感謝された。
「責任重大……」
豊かな己が胸を押さえるジュテリアン。
僧侶って、大変だ。
次回「ウンオーラの撤退」(後)に続く
次回、第百八十話「ウンオーラの撤退」後編は、明日の金曜日に投稿予定です。
朝夕、ひどく冷え込むようになって、もうビックリです。
十一月もまだ夏っぽい、とか天気予報で言ってませんでした?!




