「双六とアンオーラ」(後)
「じゃあ、ミトラの言った『春秋双六は使えるの?」
と、ジュテリアン。
「グラオ時代に仕えた愚王に掛けた。じゃからとっくに死んでおろうよ」
平然と答えるフーコツ。
「ああ……、人間だったら、半年も飲まず食わずで生きるのは無理よね」
ミトラも、案外平然と答えた。
「しかし、双六を上がったわけではないので、春秋双六は今も稼働中じゃ。故に、もはや永劫に使えぬのじゃ」
「プレイヤーが死んでも解けないのね、双六は」
「上がるまで解けないそうじゃ。屍のまま、全宇宙が終わるまで、双六世界に居続けるそうじゃ」
「ザミールさん、カメラートさん。今の双六の話は内緒よ」
口紅を引いたピンクの唇に指を立てて、ジュテリアンが言った。
「秘匿の呪いだから」
「承知です。墓場まで持って行きやす!」
「誰にも喋りませんとも」
「魔族が消えちゃったのは、どうすんのよ」
と、不服そうに言うミトラ。
呪術を自慢したいのか?
「転移魔法で、不毛の大地に飛ばした事にしましょう」
と、ジュテリアン。
双六は、そういう「罰」に使う呪術なのだろう。
「ほぼそのままじゃ。それで良かろう」
と、うなずくフーコツ。
「よくない。ただの魔法に成り下がってるじゃん」
と、ミトラ。
やはり呪術にこだわっていたようだ。
「転移魔法で消えた」
「承知しやした」
モヒカンコンビに否やはなかった。
三人娘はモヒカンコンビと軽く打ち合わせをして、果実店を出た。
そして、
「魔族はこの世界から消滅した」事を、店を取り囲む野次馬と警備隊員に伝えた。
「黒騎士様の活躍も見たかったですが、まあ、仕方ありませんな」
と、スコウト隊員。
「事の顛末は、この手紙に書いたので、黒騎士様がこの街を訪れたら、渡して下さい」
と、店の中で顛末を書いた手紙を渡すジュテリアン。
「魔族の一匹くらいで、黒騎士様のお手をわずらわすまでもありませんわ」
「それもそうですな」
スコウトさんと野次馬は笑顔を見せ、店の周囲は明るい笑い顔で満たされた。
それからぼくたちは、借りた服を店に返し、早々に街を出た。
「ノンキな住民たちで助かったわ」
と、ジュテリアンはつぶやいていた。
蛮行の三人娘は住民たちの、
「お礼に宿代をロハにしますので、我が街にお泊り下さい」
という好条件を断り、街道を急ぐ事にしたのだ。
黒騎士が追い付いて来たり、荒れ地に行った警備隊が帰って来たりしたら、厄介事になるような気がしたからだ。
「モヒカンコンビは、街に残っちゃったね」
「宿代ロハは魅力だからのう。仕方なかろうて」
「あのコンビも頑張ってるものね。少しは報われないと」
そして日は落ち、蛮行の三人娘は野宿をした。
「アンオーラには、ウンオーラって言う双子の兄だか弟だかが居るって、バンガウアさんが言ってたわね」
焚き火を囲んで、仕留めた小魔獣を食べている三人娘。
辺りは闇に包まれている。
「ウンオーラの方は、槍の二本流だとか言っておったのう」
「アンオーラと同じ身長なんでしょ? リーチがあって槍使いって、かなりの射程距離じゃん」
「『寝技に持ち込めば、間合いもクソもない』って、バンガウアさんは言ってたわね」
「どうやって相手を寝かせるのじゃ?」
「そこまでは教えてもらわなかったかも」
そんなたわいもない雑談をして、三人娘は眠りについた。
ぼくは眠らないので、火を絶やさぬように気をつけながら、ずっと起きて見張った。
さいわい夜風はなく、飛び火は起きなかった。
深夜、ミトラが、
「そこは、お乳持たれつつ」と突如つぶやいたが、寝言であろう。
「そこは、持ちつ持たれつ」の言い間違いである。たぶん。
起こして訂正するほどの事ではないので、捨て置いた。
そして、魔獣が接近して来る事もなく、夜は明けようとしている。
薄明のうちに三人娘は起き出し、朝日が空に昇る前に、テントを畳んでぼくたちはまた街道を歩いた。
それから、特段、事件らしい事件もなく、野盗、山賊を倒したりしながら、街や村の宿屋で無事に休んだ。
ご飯を食べ風呂に入り、夜はあっふんあっふんに勤しむ平穏な時間が幾日も過ぎた。
次回「ウンオーラの撤退」(前)に続く
次回、第百八十話「ウンオーラの撤退」前編は、来週の木曜日に投稿予定です。




