「双六とアンオーラ」(前)
「スハイガーン軍五神将がひとり、剛拳のアンオーラ。お見知りおきを、妖しき美女よ」
フーコツを見下ろして首をひねるアンオーラ。
「以前に何処かで会ったと言うのか?」
「昔、『老骨のグラオ』と名乗っていた頃、人軍を率いて貴殿を攻めた事があった。お主がスハイガーンに取り込まれる前の話じゃ」
「老骨のグラオ? アレは小汚い老人であったぞ。詰めも甘く、この通り小生は今も健在だ。彼奴の血筋を引く者か?」
「小汚いのに飽きて、宗旨替えをしたのじゃ。貴殿の背中には、ワシの杖の痕があろう?」
「確かにグラオには、逃げ去る寸前に背中をひと刺しされた。小さな傷だか、今も治らん」
「ふん。逃げられそうなので、難治の呪いを掛けたからのう」
「妖しき美女よ。お主の言葉が誠ならば、人質にはできんな。」
握手をしたままフーコツを見下ろすアンオーラの表情が、みるみる険しくなった。
「あまりにも危険な存在だ。決闘を申し込む。そして殴り殺す」
「申し訳ないが、それはないのだ。貴殿はこの世界から姿を消すからのう」
「いや、小生は死なぬよ」
フーコツの手を握ったまま、自信満々に笑うアンオーラ。
「力の差は歴然としている。触れ合ったこの手から、お主の力量が伝わってくるからな。中々のものではあるが、小生には遠く及ばぬぞ」
「死ぬのではない。お主は消えるのだよ、この世界から」
フーコツのその言葉と同時に、三メートルもあるアンオーラの巨大が瞬時に消えた。
「あっ、逃げた!」
ミトラは思わず叫ぶが、
「んじゃないよね?」
と、言葉を続けた。
「んむ。やむを得ず、出し惜しみをしていた大呪術を使って、双六の世界に飛ばしたのじゃ」
少し残念そうな様子でフーコツが言った。
まだ使いたくなかったのかも知れない。
「ええっと、この世界からあの魔族が消えたんなら、オッケよ」
ジュテリアンは、そこいらの棚の引き出しを開け、果物ナイフを見つけると、モヒカンコンビを縛っている縄を切った。
「ありがとうございます、蛮行の皆さん」
解放され、両肩を回すザミールさん。
「不意を突いて襲ったつもりだったんですが、このザマです」
「あの野郎、何処に行ったんでやんすか?」
手首を揉むカメラートさん。
「双六の世界に行ったのじゃ。見てみるか?」
フーコツはそう言って、魔法杖で空中に大きな輪を描いた。
すると輪の中に、別世界が現れた。
「うお。店内に青空とちぎれ雲が」
後退り、見入るザミールさん。
「地上は何処までも、白と黒のタイル模様が続いていますぜ」
輪の中を覗き込むカメラートさん。
大きな市松模様が、地平の果てまで続く大地であった。
「ほうれ。あそこにアンオーラが歩いておる」
と、指を指すフーコツ。
少し奥をスキンヘッドに黒マントの魔族が、白と黒の模様を大股で交互に踏みながら歩いていた。
「ほう。早くも双六を理解したようじゃな」
顎をしごくフーコツ。
「えっ? えっ? 大丈夫なの、双六」
不安そうな顔を見せるミトラ。
「大丈夫じゃ。春秋双六の超強化版じゃからな」
「あっ。春に始めて秋に終わるという、精霊たちの双六。気が長いよね」
闇呪術師のミトラが、怪しげな事を言った。
「その春秋を超強化した万年双六じゃ。上がるのに早くても一万年かかるらしい」
「らしい?」
「ワシは体験したわけではないからのう」
「ああ、そっか……」
「ををっ?! パンチとキックを出し始めましたぜ。あそこに何かいるんですかい?」
「何もおらんはずじゃ。退屈したかイラついたかで、シャドウを始めたのじゃろう」
「凄い。パンチの拳もキックの足も、速すぎて見えないじゃん」
物理攻撃を得意とするミトラが唸った。
「あんなのと戦わなくて良かったわねえ」
そう言って胸を撫でおろすジュテリアン。
「時々、規則的に右手を振っているのは何ですかい?」
「サイコロを振っているのじゃ。双六じゃからのう」
「ああーー」
と、納得顔になるモヒカンコンビ。
「あっ、急に素早く移動しましたよ。ヤバいんじゃないですか、あんなに速く動けるんじゃ」
不安丸出しな顔で振り返るザミールさん。
「今のは『フリダシに戻る』じゃ。背後にワープしたであろう?」
「ああ。双六だから……」
「あっ、今度は急に座り込みましたぜ? 秘密の抜け穴を見つけたんじゃありやせんか?!」
と、カメラートさん。心配性か?
「『一回休む』を踏んだのじゃ。『遠回り』も『この先、行き止まり』もあるぞ」
「飲まず食わずで一万年でやすか?」
「うむ。見ての通り、食べ物も飲み物もない世界じゃからのう」
「アッチに飛ばされた時点で詰んでんじゃん。無敵の呪いじゃん」
ミトラが興奮気味に言った。
「なんでこんな魔王でもない奴に使っちゃうのよ、フーコツ。勿体無い!」
「借金の残っているこの果実店を潰さずに、魔族を倒すためじゃ。仕方なかろう」
フーコツはそう言って、異世界への丸窓を閉じた。
次回「双六とアンオーラ」(後)へ続く
次回、第百七十九話「双六とアンオーラ」後編は、明日の日曜日に投稿予定です。




