「奪還! クカタバーウ砦」(後)
押し返され、紫の巨人が後ろに蹌踉めいた所を、今度はミトラが棍棒で袈裟懸けに殴り掛かった。
光の盾の再発現はなく、
「棍棒ごとき!」
と、弾くべく突き出される前腕部。
ミトラは、すかさず棍棒に斧刃を出し、見事にギューフの腕を刃が裂いた。
初見殺しのトリックプレーだ。
骨まで断たれ、
「ぎゃっ!」
と叫んで前にのめるギューフ。
斬り落とされずに、ぶらぶら揺れている前腕部。
紫紺の鮮血を噴く裂かれた傷口。
袈裟に振り下ろした刃を返し、今度は逆袈裟に振り上げるミトラ。
その刃が自分の顎に届く前に、大斧で受ける巨漢ギューフ。
片手なのに大したパワーだ。
ミトラは棍棒を捻って大斧をねじり取った。
空に舞う巨大な斧。
「ひゃあ」
と言って、炎の外縁に居たジュテリアンが大斧の落下から逃げた。
斧を取られ、前屈みになり、
「がっ!」
と呻くギューフの顔面に、再び斧刃を叩き込もうとするミトラ。
得物を失ったギューフは、その手の先に大火球を生んだ。
大火球は諸にミトラとその刃を捕らえ、爆発の圧力でドワーフの娘を押し返した。
空振りして地面を打つミトラ。
自らも爆風によろけ、体勢を立て直すギューフの顔面に、輝く短剣が飛んできて深々と刺さった。
噴き出す紫の血潮。
叫び声を上げ、顔面を押さえてのけ反る爆炎の巨人。
頬に刺さった短剣を抜き、投げ捨てるギューフ。
「ギューフ。あなたの周りは敵だらけなのよ」
短剣を投げた僧侶、ジュテリアンが叫んだ。
後方に押された距離を利用して、ミトラはスーパーダッシュした。
「緊急の時は疾走する呪い」だ。
加速は破壊力を増幅させる。
ミトラは縦に一回転してギューフの脳天に棍棒の斧刃を叩き込んだ。
破裂した水道管のように、頭頂部から盛大に紫紺の血を噴き上げる魔族、ギューフ。
炎の地面に倒れ、髪の毛や皮膚、衣服を燃やし始める爆炎のギューフ。
推測だが、死んで炎を弾く術が解けたのだろう。
即死だったはずだ。その点は、運が良かったと思う。
身体が燃える苦痛を感じずに済んだからだ。
「ごめん。ヤバっしな奴だったんで、殺しちゃった」
「どんまい」
地面の炎を消しながら、ジュテリアン。
短剣なしで、紫煙を手の先から噴かせている。
紫煙は地面に低く、泥のようにぬるりと広がってゆく。
屋根に登って炎を消していたフーコツさんが、ミトラの頭上にジャンプして、白い泡を地上に降らせた。
ミトラの周囲に広がる、燃える地面が気になったのだろう。
ギューフの身体も燃え始めたし。
たちどころにして鎮火する地面の炎。
泡だらけになった猫型仮面を押さえて咳き込むミトラ。
「ごめんごめん」
と言いながら、水流を放ってミトラを洗うフーコツさん。
「炎は平気だけど、消火泡は苦手なのね」
弱点を知って、ゴーグルの奥で、きらりと光るフーコツさんの瞳。怖い。
フーコツさんの泡はやはり、酸素遮断系の魔法だ。
「呼吸を三十 分止められる呪い」は必要ないと思い、ミトラは普通に呼吸していたのだろう。
ギューフの出て来た建物の扉から、今度は大剣使いのオーガ、ゴルポンドさんが左肩を押さえ、のっそりと現われた。
顔色が悪い。
大剣は右手に引きずっている。
「あれ? ゴルポンドさん、もう大丈夫?」
と、ミトラ。
「んな訳あるか」
と吐き捨てるゴルポンドさん。
「左肩を、そこの転がってる魔族に砕かれた。診てくれないか、ジュテリアンさん」
走り寄り傷を診たジュテリアンは、
「魔力に余力がないので、今の私には治せないわ」
と言った。
「でも、治せない傷ではないので、砦の回復院にお願いしましょう」
「畜生。相手が強すぎたよ」
ゴルポンドさんがボヤいた。
「でも、ゴルポンドさんが弱らせてくれたから、なんとか倒せたのよ」
ミトラがそう言ったが、
「慰めはいらん。身に過ぎた対戦だった」
と、ゴルポンドさんは苦笑した。
「でも、そいつが首領でしょう? 仲間も助けずに何をやってたの?」
と、ジュテリアン。
「その建物で奥の部屋を」
ゴルポンドさんは顎をシャクった。
「守っているようにも思えたので、今しがた行ってみたが、誰もいなかったけどな」
ジュテリアンとぼくが、ゴルポンドさんの顎に釣られて建物に視線を移した時、二階の窓が開いて、尻尾の長いずんぐりとした鳥が二羽、空中に飛び出した。
その鳥を見るなりジュテリアンが、
「撃ち落として!」
と叫んだ。
血相が変わっていた。
「伝達鳥! 情報を持って行かれる!」
「ホーー、ホーー」
と鳴きながら、高度を上げる伝達鳥。
鳥に向けて、フーコツさんが小さな火球を打ち、ぼくは収納庫から二つ、V字盾を出して投げた。
一羽は炎に包まれ大きく軌道を変え、石壁に当たって落下した。
もう一羽は、盾と衝突し、
「ホウ!」
と高く鳴いて落ちた。
空振りし、戻って来た盾をひとつ受け止めるぼく。
「ありがとう。フーコツさん、パレルレ。魔族が伝達に使う鳥なのよ」
それから、ひと呼吸置いてジュテリアンは大声を出した。
「飛ばした奴を捕まえて! 探して! 逃がさないで!」
次回「こんにちは! 伝説の棍棒」(前)に続く
次回、第十八話「こんにちは! 伝説の棍棒」
前編は、木曜日に、
後編は、金曜日に投稿します。
第十九話「引っこ抜け! 伝説の棍棒」
前編は、土曜日に、
後編は、日曜日に投稿します。
同時連載中の回文ショートショート童話「続・のほほん」も、
よかったら、読んでみて下さい。
内緒ですが、面白いと良いですね。




