「オークスとベホラフ」(前)
プラウン副市長をふくむ数体の遺体は、
「また後で、馬車で回収に来る」
と、館の人々に伝え、警備隊とぼくたちは用心棒どもとカプアーノさんを引き立て、プラウン邸を出た。
征伐の魔狼は、ぼくたちと一緒に外に出たが、すぐに何処かに行ってしまった。
館の外は闇に包まれ、すっかり夜になっていた。
「青き魔狼め。義賊の誉れをまた高めおって、ますます手を出しにくくなった」
闇に消える魔狼を目で追っていた太眉隊員は、忌忌しげに言った。
「しかしグラルト隊長、我が街の人身売買組織を壊滅したのは魔狼の力も大きいかと」
と、隊員の一人。
「プラウン副市長は、我々がまったく想像していなかった人物ですしね」
などと言うこの人は、ベルベリイのシンパに違いない。
「魔狼の力が大きい」とは、脱衣場でのプラウンの頓死を、魔狼のお陰と考えているのだろう。
魔狼は、主犯を必ず噛み殺して来たからだ。
今回はミトラが知らずに殺してしまうと言う、まったくの珍事であったが、そうやって修正してくれるのであれば、ありがたい。
「う、うむ。それはそうだな……」
魔狼のこれまでの実績からであろう、グラルト隊長と呼ばれた太眉さんも、魔狼が珍しく人知れず殺したと考えているようだった。
「その『人身売買証明書』の束が、動かぬ証拠。筆跡を調べればプラウンのサインかどうかも、すぐに判別するでしょう」
シンパ隊員は、言った。
「我がロゼアルナ警備隊の大手柄じゃありませんか、隊長」
そうして、グラルト隊長は丸め込まれていった。
「征伐の魔狼のする事に間違いはない」
と言うような考えは危険な気がしたが、今はベルベリイさんの独善を信じるしかない。
そしてカプアーノさんの話によると、
「『征伐の魔狼』の征伐対象が人身売買組織だと分かってきたので、この所しばらくは、人身売買は開店休業状態だったのですよ」
だそうだ。
「ははあ。だから地下牢が空の上、生活感がまるでなかったのね」
合点顔になるミトラ。
「ち、地下牢だと?!」
声を荒らげるグラルト隊長。
「それはまた来た時に、じっくり見ると良いわ」
と、ジュテリアン。
「反吐が出そうになるから」
「ほら、開店休業! 征伐の魔狼様効果ですよ」
と、ベルベリイ推しのシンパ隊員。
「そして、お気に入りの宿屋の娘、ギフィアを誘拐して、人身売買のフィナーレとしようと、プラウン副市長は考えていたのですよ」
とは、カプアーノさん。
「ひい!」
と、「叫び」のポーズのギフィアちゃん。
「じゃあ、あたしと特捜官はなんなの?」
とミトラ。
「『行き掛けの駄賃』です。『どうせならもっと誘拐しちまえ』と言うスケベ心ですね」
と、カプアーノさんは答え、ミトラにジャンプアタックで頭を叩かれた。
「あたたたた。黒騎士近衛団とも知らず、我ながら愚かな事をしたものです」
頭をさするカプアーノさん。
「『天網恢恢疎にして漏らさず』とは、この事ですかな」
と、大いに自嘲するのだった。
ぼくたち蛮行の雨は、ギフィアちゃんを宿に送り届けるために、用心棒どもを連れて屯所に帰る警備隊とは別れた。
ただし、グラルト隊長には付いて来てもらった。
流れの冒険者が宿屋の人々に事の顛末を話しても、信用されないと思ったからだ。
宿に帰り、運良く玄関ロビーで出会った女将さん。
ぼくたちと隊長の話を聞いて、したたかに叱られるギフィアちゃん。
仕方のないところではある。
「まあまあ、ここは結果オーライで」
と、いい加減な理屈で仲裁に入るグラルト隊長。
そして、ぼくとミトラにしきりと頭を下げ、礼を述べまくる女将と従業員たち。
グラルト隊長は、説明も終わったからだろう、
「では、わたしはこれで」と屯所に逃げ帰った。
ぼくたちも、
「たまたまです」
とか、
「疲れておりますので」
と言い訳をして、ぼくとミトラも逃げた。
ちなみに、ジュテリアンとフーコツはまだ帰って来ていないと言う事だった。
が、あの二人に心配は要るまいと、待たずに部屋に行った。
鎧のままベッドに大の字になり、
「ベルベリイさんのお陰で、解決したようなものね」
と、ミトラはつぶやいた。
傍らに立つぼく。
「まあ、そうだね」
「ベルベリイのやり方は強引だけど、正しい私刑人なのかしら?」
「ぼくには、この世界の正義は分かりにくいよ」
「この世界、普通に殺し合ってるから。驚いた?」
「ぼくの居た世界でも、広く巷の話を聞くに、殺人事件は日々、起きてたよ。でも……」
「でも?」
「自分の日常の外の出来事だったから……」
「同じね。オララ集落に住んでいた時は、魔獣の襲来があっても、守護者のゴーレムがいたから、日常が乱される事はなかったわ」
「うへえ。強いゴーレムなんだねえ」
「まあね。だから、『斬った張った』は、外の世界の出来事だったもん」
ぼくとミトラが、そんな尾頭もない話をしている所へ、フーコツとジュテリアンが帰って来た。
宿の女将さんが一緒だった。
次回「オークスとベホラフ」(後)へ続く。
次回、第百七十話「オークスとベホラフ」後編は、今週の木曜日に投稿予定です。




